講義に関するアンケートについて (応用数理 A: 2006 年度)


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はじめに

ここ数年新潟大学工学部では、学期末の最後の講義の時間に 講義に関するアンケートを行なっていて授業改善に役立てているようですが、 それに習って、今回第 8 回目の講義時間に 「講義に対する意見、質問、不満等」を自由に書いてもらいました。

ただし、授業改善のためのものとしたかったので、 学籍番号と氏名を併記してもらい (出席と数えたり、 点数に影響を与えることはしません)、 さらに「無責任な意見は書かないこと」と注意をした上で 書いてもらいました。 備忘録も兼ねて、それを以下にまとめておきます。
(06/13 2006)

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私的に行ったアンケート


概要

回答は、小さい紙を講義の最初に配って、 それに「講義に対する意見、質問、不満等」を自由に書いてもらって 講義の最後に提出してもらいました。 回答総数は 32 枚 、その内訳は、

となりました。 今年も不満を上げている学生はそれほどいませんでしたが、 それにはいくつかの理由があると考えられます。 よって、講義の後半では意見が変わる可能性はありますし、 あるいは履修登録者全体に対象を広げると意見も変わるでしょう。 ただし「授業改善」ということに関しては 講義に出て来ている学生の意見を考えれば良いだろうと考えています。

最近の学生の意見を取り入れた講義方法、というのは、 実は以前は現在とはかなり違う講義方法を行なっていました。 それは

のような形式で、そのような講義が大学では一般的であり (それなりの理由もあります)、 むしろ学生はその形式に慣れるべきである、という立場を取っていました。 今でも、現在の私の講義の形式よりも以前の形の方が 大学の講義としてはふさわしいと思っています。

しかし、アンケートを取ってみると毎回大多数の学生に同じことを指摘され、 最初はそれは単に 高校までの受身の勉強方法が抜けていないんだろうと考えていたのですが、 あまりにその意見が多いので、

と考え、進度や例題等に関してはある程度の譲歩を行なっているわけです。

しかし、講義内容は本来教員にやらされて理解するのではなく、 自分で考え、自分で問題を解き、自分で理解するものだと思います。 そろそろ高校までのような受身の学習法から脱却し 能動的な学習法に変え、講義やノートはむしろ自分の勉強を補佐するもの、 位に考えてもらいたいと思っています。

また、例年ある意見として「出席点を」「レポートを」「中間テストを」 といったものがありますが、今年もそれに関連した意見が少し見られました。 これらについては後で個々に理由をあげますが、 改変をおこなうつもりはありません。 これらはいずれも

ということを意味しているように思います。 そろそろテストや単位のための勉強、という考え方は捨てて、 大学の勉強は自分の実力をつけるための勉強なんだということを 認識してもらいたいと思います。
(06/13 2006)

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書かれていたこと

書かれていたことに対する私からの回答を上げておきますが、 肯定的な意見は昨年や一昨年とほぼ同じなので、回答はここには書きません。 以前のアンケートに対する回答のページ (answer1.html) を参照してください。 不満等に関する回答も、以前と同じものになる場合はそちらを引用します (カッコ内は人数)。


(06/13 2006)

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回答


試験の過去の問題を配って欲しい

試験対策とは私がやるものではなく、あなたがたがやるものでしょう。 よって、そんなことをするつもりはありませんし、 必要性も感じません。

過去の問題を解いて、 そのパターンに当てはまる問題だけ解けるようになっても、 それは内容を理解したことにはならないと思います。 中学生に機械的な計算方法だけ教えて、 それで解けるようになっても意味がないのと同じです。
(06/13 2006)

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宿題の解説はプリントでいいのでは

「プリントがいい」とは書いてなくて「プリントでいいのでは」 と書いてあったのですが、プリントで宿題の解説を配ることはしない予定です。

確かにプリントだと解説にかかる時間が短くできますが、 その解説の時間はそれなりに意味があると思っています。 人間は、「単に話を聞いているだけ」の場合よりも、 「それをノートに書く」という作業を合わせた方が より記憶が深くなりますし、頭に入りやすくなります。

宿題をやってきた人も、プリントだけ見るよりも、 私の話を聞きながら板書するペースで解答を見る方が わかりやすいのではないかと思います。 よって、今後もこのスタイルは続けたいと思います。
(06/13 2006)

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自分で問題を解いても合ってるかどうかわからない

すべての問題に対して、 自分のやったやりかたが合っているか合っていないかを チェックしてもらえる機会というのは、 社会に出れば多分ほとんどないだろうと思います。 つまり、ある程度自分で「これで正しいんだ」と進めていかなければ いけなくなってくるだろうと思いますから、 今のうちからそのような要求をしないですませるようにした方が いいだろうと思います。

そのためには、「問題を解くこと」よりも「理論を正しく理解すること」 の方が重要であることを認識すべきです。 「理論を正しく理解」すれば、 それが正しいことなのか正しくないことなのかはわかってきます。 逆にわからない、ということは理論が理解できてない証拠です。 「問題を解く」ために「理論を知る」、という立場もありますが、 むしろ「理論を理解する」ために「問題を例題として解いてみる」 と考えたらどうでしょうか。

私だって、今みなさんに講義している内容は、 誰かにそれが正しいかチェックしてもらって教えているわけではありません。 教科書を読んで、それを私なりに理解したことをお話ししているのです (そもそも私はベクトル解析なんて講義を受けたこともない)。
(06/13 2006)

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作成日: 06/27 2011
竹野茂治@新潟工科大学 (shige@iee.niit.ac.jp)