4.5 ランキン-ユゴニオ条件を満たすベクトルの構造

4.2, 4.3 節で見たように、 不連続線と左右の解の値はランキン-ユゴニオ条件を 満たす必要があることがわかる。 よって、(4.1) の一番単純な不連続解は、 ランキン-ユゴニオ条件
\begin{displaymath}
s(U_r-U_l)=F(U_r)-F(U_l)\end{displaymath} (4.74)

を満たす定数ベクトル $U_l$, $U_r$, と定数値 $s$ に対して、

\begin{displaymath}
U(t,x)=
\left\{\begin{array}{ll}
U_l & (\mbox{$x<st$\ のとき}),\\
U_r & (\mbox{$x>st$\ のとき})\\ \end{array}\right.\end{displaymath}

であることになる。 なお、この解は $U_0=U_l$, $U_1=U_r$ のときの初期条件 (3.9) を満たす解になっていて、 よってそのような初期値に対するリーマン問題の解になっている。

条件式 (4.25) は、一般には $N$ 本の式であり、 よって $U_l$ を任意に $\Omega $ 内のベクトルと固定し、 (4.25) から $(N+1)$ 個の未知数である $U_r$, $s$ を求めると考えると、 それらは一つのパラメータで表現されるものとなり、 $U_r$ は相空間 $\Omega $ 上の曲線 (曲線群) となるはずである。 この節では、それがどのようなものであるかを考えてみることにする。 ただし、一般の $F$ に対しては、 大域的な構造を知ることは無理なので、 ここでは $U_l$ の近くに限定した局所的な構造を調べることになるが、 後で具体例で大域的な構造についても考える。

以後 $U_r$ を、単に $U$ と書くことにする。 (4.25) の右辺を

\begin{displaymath}
F(U)-F(U_l)
=\Bigl[F(U_l+\tau(U-U_l)\Bigr]^{\tau=1}_{\tau=0}
=\int_0^1\nabla_UF(U_l+\tau(U-U_l))d\tau(U-U_l)
\end{displaymath}

と変形し、この行列を

\begin{displaymath}
G(U)=G(U;U_l)=\int_0^1\nabla_UF(U_l+\tau(U-U_l))d\tau
\end{displaymath}

とすると、(4.25) は
\begin{displaymath}
G(U)[U]=s[U]\end{displaymath} (4.75)

と書ける。不連続線では $[U]\neq 0$ なので、これは
$s$$G(U)$ の固有値で、$[U]$ はそれに対する固有ベクトル
であることを意味する。

\begin{displaymath}
\lim_{U\rightarrow U_l}G(U)=\nabla_UF(U_l)
\end{displaymath}

であるので、$U$$U_l$ の十分近くにあれば、 $G(U)$ の固有方程式は $\nabla_UF(U_l)$ の固有方程式と近いものになり、 よって、両者の固有値、固有ベクトルも近いものとなる (固有ベクトルの方は正確に言えば、近いものが取れる) ので、 $U$$U_l$ に十分近ければ、$G(U)$ の固有値はすべて異なる実数で、 その固有値 $\mu_j(U)$, およびそれに対する固有ベクトル $R_j(U)$ は、

\begin{displaymath}
\begin{array}{l}
\displaystyle \mu_1(U)<\cdots<\mu_N(U),
\...
...yle \lim_{U\rightarrow U_l}R_j(U)=R_j(U_l)=r_j(U_l)
\end{array}\end{displaymath}

を満たす (ものが取れる)。 このとき (4.26) は、ある $k$ に対して、
\begin{displaymath}
s=\mu_k(U),\hspace{1zw}[U]\mathrel{/\!/}R_k(U)\end{displaymath} (4.76)

を意味する。この後者の方程式
\begin{displaymath}
U-U_l=\delta R_k(U)\end{displaymath} (4.77)

によって相空間上の曲線 $U=U(\delta)=U_k(\delta)$ が得られ、 それによって $s$ $s=\mu_k(U(\delta))$ と 同じパラメータで表現されることになる。

詳しく述べれば、

\begin{displaymath}
\nabla_U(U-U_l-\delta R_k(U))\Big\vert _{\delta=0}=E
\end{displaymath}

なので、陰関数定理により $\vert\delta\vert$ が十分小さいところで $U=U(\delta)$ が一意に定まる。 よって、(4.28) は $\delta=0$ の近くで 確かに 1 本の相空間内の曲線 $U=U_k(\delta)$ を決定し、 (4.26) は、 少なくとも $U_l$ の近くでは $N$ 本の曲線 $U=U_1(\delta)$,...$U_N(\delta)$ を与えることになる。

今度はもう少し細かく、その曲線 $U=U_k(\delta)$ の向きや、 $s=s_k(\delta)=\mu_k(U_k(\delta))$ の変化について考えてみる。 まず (4.28) より、 $\delta=0$ のとき、

\begin{displaymath}
U_k(0)=U_l,\hspace{1zw}s_k(0)=\mu_k(U_l)=\lambda_k(U_l)\end{displaymath} (4.78)

となる。 また、(4.28) を $\delta$ で微分すれば、

\begin{displaymath}
U_k'(\delta)=R_k(U_k(\delta))+\delta\nabla_UR_k(U_k(\delta))U_k'(\delta)
\end{displaymath}

となるので、$\delta=0$ とすれば
\begin{displaymath}
U_k'(0)=R_k(U_k(0))=R_k(U_l)=r_k(U_l)\end{displaymath} (4.79)

が得られる。

次は $U_k''(0)$$s_k'(0)$ を求めるために、 (4.25) に戻って $U_r=U_k(\delta)$, $s=s_k(\delta)$ を代入して $\delta$ で 2 回微分する。

\begin{eqnarray*}&&
s_k(\delta)(U_k(\delta)-U_l)=F(U_k(\delta))-F(U_l)
\\ &&
...
...k]+2s_k'U_k'+s_kU_k''=\{\nabla_UF(U_k)\}'U_k'+\nabla_UF(U_k)U_k''\end{eqnarray*}

$\delta=0$ とすると、(4.29), (4.30) より、
\begin{displaymath}
2s_k'(0)r_k(U_l)+\lambda_k(U_l)U_k''(0)
=\{\nabla_UF(U_k)\}'(0)r_k(U_l)+\nabla_UF(U_l)U_k''(0)\end{displaymath} (4.80)

となる。 一方、

\begin{displaymath}
\nabla_UF(U)r_k(U)=\lambda_k(U)r_k(U)
\end{displaymath}

$U=U_k(\delta)$ を代入して $\delta$ で微分すれば、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{\{\nabla_UF(U_k)\}'r_k(U_k)+\nabla_UF(U_k)r_k(U_k)'
=...
..._U\lambda_k(U_k)U'_k\}r_k(U_k)+\lambda_k(U_k)\nabla_Ur_k(U_k)U_k'\end{eqnarray*}

となるので、$\delta=0$ とすると
$\displaystyle {\{\nabla_UF(U_k)\}'(0)r_k(U_l)+\nabla_UF(U_l)\nabla_Ur_k(U_l)r_k(U_l)}$
  $\textstyle =$ $\displaystyle \{\nabla_U\lambda_k(U_l)r_k(U_l)\}r_k(U_l)
+\lambda_k(U_l)\nabla_Ur_k(U_l)r_k(U_l)$ (4.81)

となる。よって、(4.31) と (4.32) の両辺を引き算して整理すると、
$\displaystyle {\{\nabla_UF(U_l)-\lambda_k(U_l)\}
\{U_k''(0)-\nabla_Ur_k(U_l)r_k(U_l)\}}$
  $\textstyle =$ $\displaystyle \{2s_k'(0)-\nabla_U\lambda_k(U_l)r_k(U_l)\}r_k(U_l)$ (4.82)

が得られる。 この (4.33) の両辺に、 左から左固有ベクトル $l_k(U_l)$ をかけると左辺が消え、

\begin{displaymath}
\{2s_k'(0)-\nabla_U\lambda_k(U_l)r_k(U_l)\}l_k(U_l)r_k(U_l)=0
\end{displaymath}

のみが残る。


補題 4.1


\begin{displaymath}
l_j(U)r_k(U)
\left\{\begin{array}{ll}
\neq 0 & (\mbox{$j=...
...\\
\equiv 0 & (\mbox{$j\neq k$\ のとき})
\end{array}\right. \end{displaymath}


証明


\begin{displaymath}
l_j(U)\nabla_UF(U)r_k(U)
= l_j(U)(\lambda_k(U)r_k(U))
= (\lambda_j(U)l_j(U))r_k(U)
\end{displaymath}

より、$j\neq k$ のときは $\lambda_j\neq\lambda_k$ より $l_jr_k=0$ となる。 また、もしある $U=U_0$ $l_k(U_0)r_k(U_0)=0$ ならば、 $l_k(U_0)$$r_1(U_0)$, ...$r_N(U_0)$ すべてと垂直であることになるが、 $r_1(U_0)$,...$r_N(U_0)$ は一次独立なので、 それは $l_k(U_0)=0$ を意味してしまうので不合理。 よって $l_k(U)r_k(U)$ は、すべての $U$ に対して 0 ではない。


よって、この補題 4.1 により

\begin{displaymath}
s_k'(0)=\frac{1}{2}(\nabla_U\lambda_k\cdot r_k)(U_l)\end{displaymath}

となる。また、これを (4.33) に代入すれば、

\begin{displaymath}
(\nabla_UF-\lambda_k)\{U_k''(0)-\nabla_Ur_k\cdot r_k\}=0
\end{displaymath}

より、この中括弧の部分は固有ベクトル、よって

\begin{displaymath}
U_k''(0)=\nabla_Ur_k(U_l)r_k(U_l)+\sigma_kr_k(U_l)\end{displaymath}

となる。

結局、$\delta=0$ での曲線 $U=U_k(\delta)$ の方向、 $s_k(\delta)$ の増減については、

\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{l}
U_k(0)=U_l,\\
U_k'(0)=r_k(U_l),\...
...)=\nabla_Ur_k(U_l)r_k(U_l)+\sigma_kr_k(U_l)
\end{array}\right.\end{displaymath} (4.83)


\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{l}
\displaystyle s_k(0)=\lambda_k(U_l...
...frac{1}{2}(\nabla_U\lambda_k\cdot r_k)(U_l)
\end{array}\right.\end{displaymath} (4.84)

が得られることになる。


補題 4.2

パラメータ $\delta$ をとりかえることで、 (4.34) の $\sigma_k$ を 0 とすることができる。


証明

$\eta'(0)\neq 0$ なる関数 $\eta$ に対し $\delta=\eta(\tau)$ とすれば、 $\vert\delta\vert$ の十分小さいところでは $\delta$$\tau$ は 1 対 1 に対応 するので、パラメータ $\delta$$\tau$ で置きかえることができる。 よって、そのようにとりえたものを $\bar{U}_k$, $\bar{s}_k$ と 書くことにする:

\begin{displaymath}
\bar{U}_k(\tau)=U_k(\eta(\tau)),
\hspace{1zw}
\bar{s}_k(\tau)=s_k(\eta(\tau))
\end{displaymath}

$\eta(0)=0$ であれば

\begin{displaymath}
\bar{U}_k(0)=U_k(0), \hspace{1zw}\bar{s}_k(0)=s_k(0)
\end{displaymath}

となる。また、

\begin{displaymath}
\bar{U}_k'(\tau)=U_k'(\eta(\tau))\eta'(\tau),
\hspace{1zw}
\bar{s}_k'(\tau)=s_k'(\eta(\tau))\eta'(\tau)
\end{displaymath}

より、$\eta'(0)=1$ であれば 1 階微分の $\tau=0$ での値も変わらない。

\begin{eqnarray*}\bar{U}_k''(\tau)
&=&
\{U_k'(\eta(\tau))\eta'(\tau)\}'
\\ &=&
U_k''(\eta(\tau))(\eta'(\tau))^2+U_k'(\eta(\tau))\eta''(\tau)
\end{eqnarray*}

であるから、

\begin{eqnarray*}\bar{U}_k''(0)
&=&
U_k''(0)(\eta'(0))^2+U_k'(0)\eta''(0)
\\ ...
...\nabla_U r_k\cdot r_k)(U_l)+\sigma_k r_k(U_l)+r_k(U_l)\eta''(0)
\end{eqnarray*}

なので、 $\eta''(0)=-\sigma_k$ であれば、右辺は最初のものだけが残る。 よって、

\begin{displaymath}
\eta(0)=0,\hspace{1zw}\eta'(0)=1,\hspace{1zw}\eta''(0)=-\sigma_k
\end{displaymath}

であれば、

\begin{displaymath}
\begin{array}{l}
\bar{U}_k(0)=U_l,\\
\bar{U}_k'(0)=r_k(U...
...'(0)=\frac{1}{2}(\nabla_U\lambda_k\cdot r_k)(U_l)
\end{array} \end{displaymath}

が成り立つ。このような $\eta(\tau)$ としては、例えば、

\begin{displaymath}
\eta(\tau)
=\eta(0)+\eta'(0)\tau+\frac{\eta''(0)}{2}\tau^2
=\tau-\frac{\sigma_k}{2}\tau^2
\end{displaymath}

ととればよい ($\vert\tau\vert$ は十分小のとき)。


竹野茂治@新潟工科大学
2018-08-01