3.3 膨張波

[1] で膨張波に関する議論を行っているが、 この節では、それを連立方程式に関して展開する。 なお、この節の内容は、行列 $A(U)$ が必ずしも $\nabla_U F(U)$ の形とは限らない、すなわち保存形ではない一般の準線形双曲型の方程式 (3.3) の場合でも成立する。

方程式 (3.3) は、スケール変換 $(t,x)\mapsto (\lambda t,\lambda x)$ ($\lambda>0$: 定数) に関して不変、 すなわち $U(t,x)$ が (3.3) の解であるとき、 $U(\lambda t,\lambda x)$ も (3.3) の解であり、 そのスケール変換に関して不変な初期値を与えれば、 そしてもしその初期値問題の解が一意的ならば、

\begin{displaymath}
U(t,x)=U(\lambda t,\lambda x)
\end{displaymath}

が任意の $\lambda>0$ に成り立つことになり、$\lambda=1/t$ とすれば

\begin{displaymath}
U(t,x)=U\left(1,\frac{x}{t}\right)
\end{displaymath}

つまり、 そのスケール変換に関して不変な初期値に対する解 $U$$x/t$ の関数であることになる。 このような形の解を 中心波 (centered wave) と呼ぶ。

実際に、滑らかな中心波を求めてみることにする。 $V=V(\xi)\in R^N$ を 1 変数 $\xi$ の滑らかな関数で、 $U(t,x)=V(x/t)$ であるとすると、

\begin{displaymath}
U_t
= V'\left(\frac{x}{t}\right) \left(\frac{x}{t}\right)_t
...
...t(\frac{x}{t}\right)_x
= \frac{1}{t}V'\left(\frac{x}{t}\right)
\end{displaymath}

より、(3.3) にこれを代入すると、

\begin{displaymath}
-\frac{x}{t^2}V'\left(\frac{x}{t}\right)
+\frac{1}{t}A(V)V'\left(\frac{x}{t}\right)=0
\end{displaymath}

すなわち、
\begin{displaymath}
A(V(\xi))V'(\xi)=\xi V'(\xi)\end{displaymath} (3.23)

となる。 $V'\neq 0$ であれば (3.4) は、 $\xi$$A(V)$ の固有値で、$V'(\xi)$ がその右固有ベクトル であることを意味するので、ある $j$、およびあるスカラー値関数 $d(\xi)$ に対して、
    $\displaystyle \lambda_j(V(\xi)) = \xi$ (3.24)
    $\displaystyle V'(\xi) = d(\xi)r_j(V(\xi))$ (3.25)

が成り立つことになる。

この式 (3.5) は 1 本の式、 (3.6) は $n$ 本の式で、 合計 $(n+1)$ 本の式があることになるが、 未知関数はベクトル値関数 $V(\xi)$ とスカラー値関数 $d(\xi)$、 つまり $(n+1)$ 個の関数となるので、 この $(n+1)$ 本の式でこれらが決定されることとなる。

(3.6) の式は $V'(\xi)$$r_j(V(\xi))$ が平行であることを表しているが、 ベクトル $r_j(U)$$U\in\Omega$ 内のベクトル場と見れば、 (3.6) は $V(\xi)$ がそのベクトル場の積分曲線であることを意味している。 よって、(3.6) の式は $\Omega $ 内の $V(\xi)$ の軌道 ($d(\xi)$ にはよらない) を決定し、 その軌道上のパラメータに関する依存性 (移動速度) を決定するのが (3.5) であると見ることができる。

図 3.1: $\Omega $ 内のベクトル場 $r_j(U)$ と積分曲線 $U=V(\xi )$
\includegraphics[height=0.2\textheight]{vecfld.eps}

この、$r_j(U)$ の積分曲線 $U=V(\xi )$ 上での $\lambda_j(U)$ の変化を 考えてみる。 (3.6) より、

\begin{displaymath}
\frac{d}{d \xi}\lambda_j(V(\xi))=(\nabla_U\lambda_j)(V)\frac{d V}{d \xi}
=d(\xi) (\nabla_U\lambda_j)(V)r_j(V)
\end{displaymath}

となるので、もし $(\nabla_U\lambda_j)(V) r_j(V)\equiv 0$ であると $\lambda_j(V(\xi))$$\xi$ に関して定数となり その積分曲線上で変化できないので、 (3.5) が一つの $\xi=x/t$ でしか 満たされず、$(t,x)$ 平面のある領域での解とはなりえないことになる。

$\Omega $ $\nabla_U\lambda_j(U) r_j(U)\equiv 0$ である場合は、 $j$-特性方向は 線形退化 (linearly degenerate) しているといい、 $\Omega $ のすべての $U$ $\nabla_U\lambda_j(U) r_j(U)\neq 0$ である場合は、$j$-特性方向は 真性非線形 (genuinely nonlinear) であるという。 真性非線形の場合は、 必要ならば $r_j(U)$ の代わりに $-r_j(U)$ を考えることで、 $\nabla_U\lambda_j(U) r_j(U)>0$ と仮定することにする。 なお、$r_j$ をさらに正規化して、 $\nabla_U\lambda_j(U) r_j(U)\equiv 1$ とすることも多い (が、ここでは単に正であるとしておく)。

線形退化と真性非線形をごく特別な場合について説明する。 例えば $A(U)$ が対角行列

\begin{displaymath}
A(U)=\left[
\begin{array}{ccc}
\lambda_1(U) & & \smash{\lo...
...
\smash{\hbox{\Huge$0$}} && \lambda_N(U)
\end{array} \right]
\end{displaymath}

と対角化される場合、すなわち、方程式 (3.1) が
\begin{displaymath}
(u_j)_t + \lambda_j(u_1,\ldots,u_N)(u_j)_x=0
\hspace{1zw}(1\leq j\leq N)\end{displaymath} (3.26)

の形に書ける場合で考えれば、 $r_j(U)=\mbox{\boldmath$e$}_j$ (= $j$ 番目の成分が 1 で他はすべて 0 の単位ベクトル) となるので、線形退化は

\begin{displaymath}
\nabla_U\lambda_j(U)r_j(U) = \frac{\partial\, \lambda_j}{\partial\, u_j} \equiv 0
\end{displaymath}

すなわち、$\lambda_j$$u_j$ によらない、ということを意味し、 (3.7) が $u_j$ については線形の 方程式であることになる。 真性非線形は逆に、係数 $\lambda_j(U)$$u_j$ 自身の変化に 合わせて単調に変化することを意味する。

上に述べたように、$j$-特性方向が線形退化の場合は、この $j$ に対して (3.5), (3.6) を 満たす $V(x/t)$ の形の解はないことになるが、 真性非線形の場合はその形の解が作られることがわかる。 その形の解を $j$-膨張波 (j-rarefaction wave) と呼ぶ。

$j$-膨張波解 $U=V(x/t)$ は、 $x/t(=\xi)=c$ (定数) という直線上では定ベクトル $V(c)$ に等しく、 この直線は、(3.5) より $c=\xi=\lambda_j(V(c))$ であるので $x=\lambda_j(V(c))t$、 すなわち $j$-特性曲線になっている。 なお一般に、(3.3) の解 $U=U(t,x)$ に対して、 $(t,x)$ 平面上の曲線 $x=x(t)$$j$-特性曲線 ($j$-charcteristic curve) であるとは、

\begin{displaymath}
\frac{d x}{d t}=\lambda_j(U(t,x))
\end{displaymath}

を満たすことを意味する。

つまり、$j$-膨張波は、

$j$-特性曲線がすべて (一点を通るような) 直線になっていて、 その直線上で $U$ が一定であるような解であり、 それらの直線群の横断に対して、 $U$ は相空間 $\Omega $ 上でベクトル場 $r_j(U)$ の積分曲線上を動く
ことが言える。

$U_0\in\Omega$ を一つ指定すると、$U_0$ を通る $r_j(U)$ に対する 積分曲線が一つ決まる。 その曲線の、$U_0$ から始まって $\lambda_j(U)$ の増加する方向の 部分 (半曲線) を $j$-膨張波曲線 ($j$-rarefaction wave curve) と呼び、$R_j(U_0)$ と書く。

定数ベクトルは (3.3) の解であるから、 単純な $j$-膨張波解は、 $U_1\in R_j(U_0)$ に対して次の形の関数である:

\begin{displaymath}
U(t,x)=\left\{\begin{array}{ll}
U_0 & (x<\lambda_j(U_0)t),...
...(U_1)t)\\ [.5zh]
U_1 & (x>\lambda_j(U_1)t)
\end{array}\right.\end{displaymath} (3.27)

ここで、$V(\xi;U_0)$ は、 $V(\xi)\in R_j(U_0)$, $\lambda_j(V(\xi))=\xi$ を満たす関数である。

図 3.2: 膨張波 ($(t,x)$ 平面上での表現)
\includegraphics[height=0.2\textheight]{rare_tx.eps}
図 3.3: 膨張波 ($U$ 平面上での動き)
\includegraphics[height=0.2\textheight]{rare_U.eps}

この解 (3.8) は、 (3.3) のスケール変換不変な初期値

\begin{displaymath}
U(0,x)=\left\{\begin{array}{ll}
U_0 & (x<0)\\
U_1 & (x>0)
\end{array}\right.\end{displaymath} (3.28)

に対する初期値問題の解である。

一般に、 $U_0,U_1\in\Omega$ に対して、 (3.9) を初期値とする (3.2) の初期値問題を リーマン問題 (Riemann problem) という。 $U_1\in R_1(U_0)$ とは限らない一般の $U_0$, $U_1$ に対する リーマン問題の解は、膨張波と不連続な解と定数ベクトルによって構成される。

なお、上の膨張波解 (3.8) は、定数ベクトルや 膨張波自身は滑らかな関数 ($C^1$) であるし、 定数ベクトルと膨張波の接続部分 ( $x=\lambda_j(U_0)t$, $x=\lambda_j(U_1)t$ 上) では連続になっているが、 この接続部分では微分可能ではない。この微分可能性のない解や、 不連続な関数を解とみなすには、弱解という概念が必要となる。 これについては、4 章で説明する。

竹野茂治@新潟工科大学
2018-08-01