4 ロンスキー行列式と一次独立性

3 節で例として示した関数の一次独立性には、 定理 1 と、それが恒等式であることから、 方程式の本数を増やして係数 $c_j$ に対する連立方程式を 解くことで係数が 0 を導き、そこから一次独立性を得る、 という方法を用いた。

この、恒等式から方程式の本数を増やす、という手順には、 関数が微分可能である場合は、 「微分」によって増やすという方法もあり、 その場合の係数行列の行列式が、本節で考える「ロンスキー行列式」である。

区間 $I$ 上の関数 $f_1(x),\ldots,f_n(x)$$(n-1)$ 回 微分可能であるとき、行列式

$\displaystyle
W(x) = W(x;f_1(x),\ldots,f_n(x))
= \left\vert\begin{array}{ccc...
...s & & \vdots\\
f_1^{(n-1)}(x) & \cdots & f_n^{(n-1)}(x)\end{array}\right\vert$ (1)
$f_1(x),\ldots,f_n(x)$ロンスキー行列式、 または ロンスキアン と呼ぶ。 なお、数学者に関連する式に、その人名に接尾語 -ian をつけた名前を つけることは良く行われていて、他にもヤコビアン (ヤコビ)、 ラプラシアン (ラプラス)、ラグランジアン (ラグランジュ)、 ハミルトニアン (ハミルトン)、ガウシアン (ガウス) などがある。

$\displaystyle
c_1f_1(x)+\cdots+c_nf_n(x)=0$ (2)
とする。当然、(2) は定義域 $I$ 内のすべての $x$ で 成り立つとする。 これは恒等式なので、$I$ の境界以外のすべての $x$ に対して、 この両辺を微分した式も等号が成立する。
$\displaystyle
c_1f_1'(x)+\cdots+c_nf_n'(x)=0$ (3)
なお、注意しなければいけないが、 これは (2) が恒等式だからできることであり、 「方程式」の場合はそうはいかない。

例えば、「2 次方程式」$x^2-5x+4=0$ は、$x=1,4$ という 2 点でのみ 成立する式なので、この両辺を微分した $2x-5=0$ をその $x$ が 満たすことはない。

それは、導関数の定義には極限が用いられているためであり、 微分ができるためには、考えている $x$ 1 点だけ でなく、$x$ の周辺でも式が成立していなければいけないからである。 そのため、離散的な 2 点でしか成立しない 2 次方程式を微分する ことはできない。

$I$ の境界以外の $x$ には $I$ に含まれる $x$ の周囲の点もあり、 恒等式ならばその周囲の $I$ の点でも等式が成立するので、 両辺を微分しても等式がそのまま成立し、その式もまた恒等式となる、 ということになる。

より詳しく言えば、(2) で $x$$x+h$ ($h$ は十分小) と変えても $x+h\in I$ ならば (2) は成立し、

$\displaystyle
c_1f_1(x+h)+\cdots+c_nf_n(x+h)=0$ (4)
となり、そして (4) から (2) を 引いて $h$ で割ると
$\displaystyle
c_1\,\frac{f_1(x+h)-f_1(x)}{h}+\cdots+c_n\,\frac{f_n(x+h)-f_n(x)}{h}=0$ (5)
となり、 $h\rightarrow 0$ とすることで (3) が得られる ことになる。 それに対して、2 次方程式の方は、$x+h$ を代入する段階で等号が破綻して しまうので、微分することはできない。

そして $f_j(x)$$(n-1)$ 回まで微分可能であれば、(3) を 繰り返し微分することで以下の $n$ 本の連立方程式を得ることができる。

    $\displaystyle \left\{\begin{array}{ll}
c_1f_1(x)+\cdots+c_nf_n(x) &=0\\
c_1f_1...
...\\
\cdots\\
c_1f_1^{(n-1)}(x)+\cdots+c_nf_n^{(n-1)}(x) &=0
\end{array}\right.$ 
    $\displaystyle \left\kakul\begin{array}{ccc}f_1(x)&\cdots&f_n(x)\\
f_1'(x)&\cdo...
...kakur
=
\left\kakul\begin{array}{c}0\\  0\\  \vdots\\  0\end{array}\right\kakur$(6)
この係数行列 $A(x)$ の行列式 $\vert A(x)\vert$ が (1) の ロンスキー行列式 $W(x)$ である。 $W(x)$ が 0 でなければ、$A(x)$ の逆行列が存在し、 よって $c_1=c_2=\cdots=c_n=0$ となるので、 定理 1 より $f_1(x),\ldots,f_n(x)$ は 一次独立であることになる。

定理 5

ただ、この定理 5 についてネットでも見受けられた 誤解しやすい点を 2 点指摘する。

いずれも、ある状況の元では確かに成立するのであるが、 それが故に誤解しやすい点でもある。

まず [a] であるが、 (6) は、あくまで $c_1,c_2,\ldots,c_n$ の 方程式であり、それが 0 に等しくなるためには、方程式の $x$ はなんでもよく、 例えば、もし $x=0$ $W(0)=\vert A(0)\vert\neq 0$ であれば、それで $c_1=\cdots=c_n=0$ が言え、一次独立であることがいえる。 つまり、一次独立であるためには、$W(x)\neq 0$ となる $x$ が、 $I$ の境界以外にひとつでもあればよい。

ネットでは、「$W(x)$ を計算したら、$x=a$ 以外では 0 にならないから 一次独立だが、$x=a$ では $W(a)=0$ となってしまうが、そこでは 一次独立ではないのでは」などという質問が見受けられたが、 そういうことではない。すべての $x$$W(x)\neq 0$ である必要は 全くなく、一点でも $W(x)\neq 0$ となる点があれば、 それで一次独立であることがいえる。

次に [b] であるが、 「少なくとも一つの点で $W(x)\neq 0$」の否定は 「すべての $x$$W(x)=0$」、すなわち「$W(x)$ が恒等的に 0」 であるが、[b] はそれに関係する誤解と思われる。 言えるのはあくまで「少なくとも一つの点で $W(x)\neq 0$ ならば、一次独立」 であり、定理 5 の対偶も成立するがそれは、 「一次従属ならば、すべての $x$$W(x)=0$」であり、この逆の 「すべての $x$$W(x)=0$ ならば、一次従属」は一般には成立しない。 その反例も作れるが、それについては 6 節で紹介する。

なお、工学の教科書でこのロンスキー行列式が登場するのは、 主に高階線形の常微分方程式の一般論の箇所であり、 例えば一つの微分方程式の解が作るベクトル空間の解の 一次独立性の判定に、このロンスキー行列式が用いられる。 その「一つの高階線形斉次常微分方程式の解である関数群 $f_1(x),\ldots,f_n(x)$」という限定された条件下では、 ロンスキー行列式についても、一般的な性質よりもかなり 強いことが言えてしまうため、 その命題を一般的なロンスキー行列式の性質だと覚えてしまった場合も [a],[b] のような誤解が起きてしまうことになる。 ちなみに、常微分方程式の解に対して成立してしまう強い性質とは 以下のようなものである。

この性質からもわかるが、ロンスキー行列式の線形微分方程式での 役割はかなり重要で、さらにこの一次独立性の判定以外にも、 解の表現にも使われている。

竹野茂治@新潟工科大学
2026-02-17