7 境界条件を満たす解とその一意性

本節では、いよいよ元の問題の境界条件 (5) を 満たす解を考えることにする。
\begin{displaymath}
L=\pi\frac{H}{2}\end{displaymath} (36)

の場合は、これまでの考察から、
\begin{displaymath}
f(x)=H-\frac{H}{2}\,\mathrm{cyc}\left(\frac{2}{H}\,x\right)\end{displaymath} (37)

が丁度境界条件 (5) を満たす解 (のひとつ) となる。

では、(36) ではない場合はどうだろうか。 $f(x)=H-\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ が B を通る条件は、 $H-\alpha\mathrm{cyc}(L/\alpha)=0$, すなわち $y=\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ が 点 ($L,H$) を通ることと同じであるが、 もし、 $y=\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ の曲線が、 複数の $\alpha $ に対して交差することがあれば、 A, B を通る逆さサイクロイドが 2 つ存在してしまう可能性があるが、 $y=\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ ( $0<x<2\alpha\pi$) のグラフを 複数の $\alpha $ について書いてみると図 6 の ようになり、交差がないだろうことが予想できる。

図 6: 複数の $\alpha $ に対するサイクロイド関数のグラフ
\includegraphics[width=0.7\textwidth]{fig-unique-multi.eps}

これらの関数のグラフに交差がなく、第 1 象限を埋めつくしていることを 以下でちゃんと示してみる。 すなわち、任意の $x_0>0$, $h_0>0$ に対して、

\begin{displaymath}
h_0 = \alpha_0\mathrm{cyc}\left(\frac{x_0}{\alpha_0}\right)\end{displaymath} (38)

となる $\alpha_0>0$ が常に存在し、 かつそのような $\alpha _0$ はただ一つしかないことを示す。

(38) をパラメータで表せば、

\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{l}
x_0 = \alpha_0(\theta_0-\sin\theta...
...ight. \hspace{1zw}(\alpha_0>0,
\hspace{0.5zw}0<\theta_0<2\pi)\end{displaymath} (39)

となるので、$x_0$, $h_0$ に対し、 このような $\alpha _0$, $\theta_0$ がただ一組存在することを示せばよい。 (39) より、
\begin{displaymath}
\frac{x_0}{h_0} = \frac{\theta_0-\sin\theta_0}{1-\cos\theta_0}\end{displaymath} (40)

となるが、まずこれを満たす $\theta_0$ が一意に存在することを示す。 そのために、今
\begin{displaymath}
p_1(\theta) = \frac{\theta-\sin\theta}{1-\cos\theta}
\hspace{1zw}(0<\theta<2\pi)
\end{displaymath}

という関数を考える。 $\theta\rightarrow +0$ では、
\begin{displaymath}
p_1(\theta)
= \frac{\theta^3/6+O(\theta^5)}{\theta^2/2+O(\t...
...theta^3)\right)\{1+O(\theta^2)\}
=\frac{\theta}{3}+O(\theta^3)
\end{displaymath}

なので $p_1(+0)=0$ で、また $p_1(2\pi-0)=+\infty$ も容易にわかるので、 あとは $p_1'(\theta)>0$ ($0<\theta<2\pi$) を示せば、 $p_1$$(0,2\pi)$ から $(0,\infty)$ の 1 対 1 の関数であることになり、 よって (40) を満たす $\theta_0$ がただ一つ、 常に存在することがわかる。

\begin{displaymath}
p_1'
= \frac{(1-\cos\theta)^2-(\theta-\sin\theta)\sin\theta...
...)^2}
= \frac{2-2\cos\theta-\theta\sin\theta}{(1-\cos\theta)^2}
\end{displaymath}

となるが、この分子を $p_2(\theta)=2-2\cos\theta-\theta\sin\theta$ とすると、
\begin{eqnarray*}p_2'
&=&
2\sin\theta-\sin\theta-\theta\cos\theta
= \sin\the...
...'
&=&
\cos\theta-\cos\theta+\theta\sin\theta
=\theta\sin\theta\end{eqnarray*}


より、$p_2'$ の増減表は以下のようになる。
$\theta$ 0 $\cdots$ $\pi$ $\cdots$ $2\pi$
$p_2''$ 0 $+$ 0 $-$ 0
$p_2'$ 0 $\nearrow$ $\pi$ $\searrow$ $-2\pi$
よって、$p_2'(\beta)=0$, $\pi<\beta<2\pi$ となる $\beta$ があり、 それを境に $p_2'$ の符号が変わるので、$p_2$ の増減表は以下のようになる。
$\theta$ 0 $\cdots$ $\beta$ $\cdots$ $2\pi$
$p_2'$ 0 $+$ 0 $-$
$p_2$ 0 $\nearrow$   $\searrow$ 0
よって $p_2(\theta)>0$ ($0<\theta<2\pi$) となることがわかり、 $p_1'>0$、すなわち $p_1$$0<\theta<2\pi$ で単調なことが示され、 (40) となる $\theta_0$ の一意存在が示された。

$\alpha _0$ の方は、(39) により

\begin{displaymath}
\alpha_0 = \frac{h_0}{1-\cos\theta_0}
\end{displaymath}

と一意に決定する。よって、これにより (39) を 満たす $\alpha _0$, $\theta_0$ が、ただ一組、 そして常に存在することが示された。

結局、$L>0$, $H>0$ の場合、すべての A, B に対して、 それを通る逆さサイクロイド ($x$, $y$ 方向に同じ比率で拡大したもの) が、 ただ一つ存在することになる。

なお、与えられた $H$, $L$ からそのようなサイクロイドを書くための 車輪の半径 $\alpha _0$ を知ることは、あまり容易ではなく、

\begin{displaymath}
p_1(\theta_0) = \frac{\theta_0-\sin\theta_0}{1-\cos\theta_0}=\frac{L}{H}
\end{displaymath}

となる $\theta_0$ をまず取らなければいけないが、 これは超越方程式であり、コンピュータによる数値計算は可能だろうが、 式の上で値を求めるのは容易ではない。 しかし、図の上でそれを行うには、例えば次のようにすればよい。
  1. 高さ $H$, 横 $L$ の長方形 ACBD の左下 C から右上 D への対角線を引く。
  2. 左下角から適当に小さい半径 ($r$) の輪を使ってサイクロイドを書き、 そのサイクロイドと対角線との交点 P を取る。 輪の 1 点に目印をつけておいて、長方形の底辺に沿って輪を すべらないようにころがせば、実際にはサイクロイドの線を書かなくても P を見つけることは可能だと思われる。
  3. P の真下の高さ $r$ の点 Q を取り、 CQ を延長して長方形の右の辺との交点 R を取れば、 その R の高さが求める $\alpha _0$ となる (図 7)。
図 7: サイクロイドの半径 $\alpha _0$ の作図
\includegraphics[width=0.7\textwidth]{fig-unique-sakuzu.eps}

これで $\alpha _0$ が求まることは、以下のようにしてわかる。 まず、P($p,q)$ とすると、

\begin{displaymath}
p=r(\bar{\theta}-\sin\bar{\theta}),
\hspace{1zw}q = r(1-\cos\bar{\theta})
\end{displaymath}

となる $\bar{\theta}$ が存在するが、 $p:q = \mathrm{CS}:\mathrm{SP}=\mathrm{CB}:\mathrm{BD} = L:H$ なので、
\begin{displaymath}
\frac{p}{q} = \frac{L}{H} = p_1(\bar{\theta})
\end{displaymath}

となり、よって $\bar{\theta}=\theta_0$ となることがわかる。

また、

\begin{displaymath}
\mathrm{QS}:\mathrm{RB}
=\mathrm{CS}:\mathrm{CB}
= p:L
= r(...
..._0-\sin\theta_0): \alpha_0(\theta_0-\sin\theta_0)
= r:\alpha_0
\end{displaymath}

なので、$\mathrm{QS}=r$ より $\mathrm{RB}=\alpha_0$ となることがわかる。

サイクロイドを書く手順がやや面倒だろうが、 このようにして半径 $\alpha _0$ がある程度作図できれば、 逆さサイクロイドもある程度手動で作図できるかもしれない。

竹野茂治@新潟工科大学
2016年1月8日