2 設定

まず「最速降下線」の問題の設定と定式化を行う。

「最速降下線の問題」とは、以下のような問題である。

図 1: 設定
\includegraphics[width=0.7\textwidth]{fig-form-def1.eps}
1 のように、点 A$(0,H)$ から点 B$(L,0)$ ($H>0$, $L>0$) への坂道の曲線路 $y=f(x)$ があり、 ある物体がその道を A から B へ摩擦なくすべり落ちるとき、 それにかかる時間 $T$ が最も短くなるのは、 $y=f(x)$ がどのような曲線のときか。

$f(x)$$x$ の1 価関数で、とりあえず $0<x<L$$C^2$ 級であると するが、単調性は仮定しない。 すべり落ちる物体は質量 $m$ で、非常に小さく、空気抵抗もないとする。

なお、摩擦や空気抵抗がある場合、あるいはすべるのではなく、 球などがころがり落ちる場合については後で別に考えることにする。 A での初速度はとりあえずは 0 とするが、0 ではない場合については、 後で別に考える。

初速 0 で自然に動き出すためには、もちろん $f'(+0)<0$ が必要であるが、 $f'(+0)=-\infty$ は排除しないこととする。

物体は小さいと見るので、その位置は $y=f(x)$ 上にあると考えてよい。 その物体に働く力は、重力と曲線路からの垂直抗力 $\mbox{\boldmath$N$}$ なので、 出発からの時間を $t$、物体の位置を $(x,y)=(x(t),y(t))$ とすると、 その運動方程式、初期条件、境界条件等は以下のようになる。

    $\displaystyle m(\ddot{x}(t),\ddot{y}(t)) = m(0,-g) + \mbox{\boldmath$N$}$ (1)
    $\displaystyle y(t)=f(x(t))$ (2)
    $\displaystyle \mbox{\boldmath$N$}\perp (1,f'(x(t)))$ (3)
    $\displaystyle (\dot{x}(0),\dot{y}(0))=(0,0)$ (4)
    $\displaystyle (x(0),y(0))=(0,H),\hspace{1zw}(x(T),y(T))=(L,0)$ (5)

なお、$g>0$ は重力加速度で、$\dot{ }=d/dt$ を意味するものとする。 また、物体が左方向に戻ることは考えず、 よって $\dot{x}$ は正であるとしてよい。 さらに、ある $x$ ($0<x<H$) で $f(x)\geq H$ と なることはないとしてよいだろう。 もし、$f(x)>H$ となる $x$ があれば、 エネルギー保存則からして、 当然そこには達しないし、 $f(x)=H$ となる $x$ が途中にあればそこでは速度が 0 になり その先には進まなくなるからである。
\begin{displaymath}
\dot{x}(t)>0\hspace{0.5zw}(0<t<T),
\hspace{1zw}f(x)< H\hspace{0.5zw}(0<x<L)\end{displaymath} (6)

今、 $\vert\mbox{\boldmath$N$}\vert=N(t)$ とすると、 (3) より $\mbox{\boldmath$N$}$ は、

\begin{displaymath}
\mbox{\boldmath$N$}=\frac{(-f'(x(t)), 1)}{\sqrt{1+\{f'(x(t))\}^2}}\,N(t)\end{displaymath} (7)

と表すことができるので、(1) より、
\begin{displaymath}
\ddot{x}=-\,\frac{f'(x)}{\sqrt{1+(f')^2}}\,\frac{N}{m},
\hspace{1zw}
\ddot{y} + g=\frac{1}{\sqrt{1+(f')^2}}\,\frac{N}{m}
\end{displaymath}

となり、ここから $N$ を消去すれば、
\begin{displaymath}
\ddot{x}+(\ddot{y}+g)f'(x) = 0\end{displaymath} (8)

が得られる。

(2) を $t$ で微分 すれば $\dot{y}=f'(x)\dot{x}$ となるので、 (8) を $\dot{x}$ 倍すると

\begin{displaymath}
\dot{x}\ddot{x}+(\ddot{y}+g)\dot{y} = 0
\end{displaymath}

となり、これは
\begin{displaymath}
\frac{d}{dt}\left(\frac{1}{2}\{(\dot{x})^2+(\dot{y})^2\}+gy\right)=0
\end{displaymath}

を意味し、よって
\begin{displaymath}
\frac{1}{2}\{(\dot{x})^2+(\dot{y})^2\}+gy=定数\end{displaymath} (9)

が成り立つことになる。 (9) を $m$ 倍した式は、 速度ベクトル $\mbox{\boldmath$v$}=(\dot{x},\dot{y})$ により、
\begin{displaymath}
\frac{m}{2}\vert\mbox{\boldmath$v$}\vert^2 + mgy = 定数
\end{displaymath}

と書けるが、これは運動エネルギーと位置エネルギーの和が 保存されることに対応する (物理学であれば、むしろこの式からスタートするだろう)。

初期条件 (4), (5) により (9) の右辺は

\begin{displaymath}
\frac{1}{2}\{(\dot{x})^2+(\dot{y})^2\}+gy=gH\end{displaymath} (10)

となる。(2) と $\dot{y}=f'(x)\dot{x}$$\dot{x}\geq 0$ より、 (10) から
\begin{displaymath}
\frac{1}{2}(\dot{x})^2(1+(f')^2)=g(H-f),
\hspace{1zw}
\dot{x} = \sqrt{\frac{2g(H-f)}{1+(f')^2}}
\end{displaymath}

が得られ、よって、
\begin{displaymath}
\frac{dt}{dx} = \sqrt{\frac{1+(f')^2}{2g(H-f)}}
\end{displaymath}

$0$ から $L$ まで $x$ で積分すれば、 A から B まですべり落ちる時間 $T$ を表す式
\begin{displaymath}
T = \int_0^L\sqrt{\frac{1+(f'(x))^2}{2g(H-f(x))}}\,dx\end{displaymath} (11)

が得られる。

この式 (11) の右辺は $x(t)$, $y(t)$ によらず $f(x)$ の形のみで決まるので、 よってこの (11) を最小にする $f(x)$ を見つければ よいことになる。

なお、上の考察より、$x_1$ から $x_2$ ( $0\leq x_1\leq x_2\leq L$) までの移動にかかる時間 $t$ は、

\begin{displaymath}
t = \int_{x_1}^{x_2}\sqrt{\frac{1+(f')^2}{2g(H-f)}}\,dx\end{displaymath} (12)

で計算できることもわかる。

竹野茂治@新潟工科大学
2016年1月8日