12 ころがる場合
次は、すべらずにころがる場合を考える。
この場合も細かく考えると色々問題がある。
- 問題 1.
ころがる場合は、基本的には「摩擦力」が働いているが、
それは 10 節で考察した「動摩擦力」ではなく、
物体と斜面の接点がすべらない「静止摩擦力」が働く。
そして、すべらないためには、
その摩擦力が最大摩擦力である を越えてはいけないので、
ある程度垂直抗力が大きくなければいけない。
よって、初速度 0 ですべる場合の最速解のように
出発点の傾きが となることは許されず、
静止摩擦係数 による制限 (下限) がつく。
の場所では、斜面の傾きの変化による遠心力の反作用も
垂直抗力に加わるので、すべらないための条件はさらにややこしくなる。
- 問題 2.
ころがる場合は、モーメントのつりあいも考える必要があるが、
ころがる物体 (通常は円柱や球) の慣性モーメント は、
円柱 () にしても球 () にしても、
小さいながらも半径 を持つ物体であり、
運動方程式はその物体の重心、すなわち斜面 から
距離 だけ離れた点に対して考える必要があり、
そのため重心の移動は とは少し異なる軌跡となる。
このような曲線の等距離曲線は、一般にはかなり厄介で、
元の曲線が簡単な式であっても等距離曲線は
かなり難しい式になることが多い。
- 問題 3.
物体の半径 を無視せずに正の値と考える場合、
斜面の曲率 にも制限がつく。
物体が常に 1 点で接する状態でないと、
滑らかな運動にはならないし、運動が止まる可能性もあるので、
曲率半径 は より大きくなければならない。
以上の問題点を考慮に入れ、改めて運動方程式から検討し直す。
物体と斜面との接点は今まで通り (点 ) とし、
物体の重心を (点 ) と書くことにする (図 12)。
物体の回転半径を 、慣性モーメントを とする。
は円柱ならば 、球ならば なので の定数としておく。
初速度は 0 とし、境界条件は、 に対して成り立つとしておく。
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(85) |
まず、 は から見て斜面の垂直方向にあるので、
その関係は
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(86) |
となる。運動方程式は、重心に対して立てると、
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(87) |
であり、
は垂直抗力、
は に働く静止摩擦力で、
は斜面の垂直方向、
は接線方向なので、
,
とすれば
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(88) |
となり、問題 1 で述べたように静止摩擦力は、最大静止摩擦力 よりも
小さくなくてはならない。
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(89) |
一方、回転に対する運動方程式は、 を回転の角加速度とすれば
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(90) |
となる。これを少し細かく見てみる。
出発時からの回転角を とし (時計回り)、
をその角速度とすると、
となる。直線斜面ではないのでこの もやや複雑であるが、
それを求めるため、各 での斜面の仰角を (反時計回り) とする (
)。
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(91) |
少なくとも では となる。
出発点で
と接していた円周上の点を 、
での円周上の接点を と
すると (図 13)、
A から までの曲線路の長さ は
であり、これは円周上の
の弧長に等しい。
回転角 は、その弧の中心角から、
斜面の垂直方向の角度の差
を引いたものになるので、
となる。よって、角速度 は
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(93) |
となる。ここで、
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(94) |
は曲線 の曲率、 は曲率半径である。
本節冒頭の問題 3 より でないと
いけないから (93) の係数 は正となる。
次に、今までと同様に、(87) から を消去して
エネルギー保存の式を導くことを考える。
(87) を成分でみると、
なので、, を消去すると、それぞれ次の式が得られる。
この (95) をエネルギー保存則の形に変形する
ことを考えるが、そのためにまず
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(97) |
が成り立つことを示す。
(91) より
なので、
と書け、よって (86) より
となるから、
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(98) |
となり、これは に平行なので、
確かに (97) が成り立つことがわかる。
なお、
なので、(98) の
重心の移動速度
は、
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(99) |
となる。これと (93)、および より、
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(100) |
もわかる。
さて、(95) に戻るが、
この式を 倍すると、(97) より、
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(101) |
となるが、この右辺と回転エネルギー との関係を見てみる。
このエネルギーを で割ったものを で微分すると、
であり、(90) より
なので、(100) より
となる。
よって、結局 (101) は、
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(102) |
と変形できることがわかる。
これは運動エネルギーと位置エネルギーと回転エネルギー
の総和が保存されることを意味する (物理学なら、むしろここからスタートするだろう)。
これを積分すれば、
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(103) |
となる。ここで、
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(104) |
である。
(100) より、
なので、(103) は、
となり、これは
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(105) |
と変形できるが、(99) より
なので、
と書ける。よって、A から B までころがり落ちる時間 は
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(106) |
と表わされることになる。 は (94) の式で
と で与えられるため、
この右辺の被積分関数は の形をしていることがわかる。
よって、この積分の最小値を与える関数 がころがる場合の
最速降下線となる。
なお、ここまでは であるとして、重心が曲線上にないとして
方程式を考えてきたが、通常のように が十分小さいとして無視する、
すなわち
としてみると、(106) は
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(107) |
となり、これはすべる場合の時間 (11) と 倍
の違いしかないことがわかる。
よって、その場合の最速解はやはり逆さサイクロイドとなる。
しかし、それは出発点の傾きが になってしまい、
本節の最初に述べた問題 1 の条件を考えれば
その逆さサイクロイドの解は適切ではない。
この、 と見た場合に、
(89) の条件を満たす最速解があるかどうかは
よくわからない。
さて、 の場合に戻って、(106) の変分を考える。
が右辺の積分の最小値を与える解であるとき、
, の付近で 0 となる に対して、
は、 で極小となるから、
となる。よって部分積分をすれば、
となるので、この場合のオイラー方程式は、
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(108) |
となることがわかる。
やや複雑だが、(106) に対してこの式を計算してみる。
なお、 に定数倍として含まれている
の部分は
もちろん無視してよい。
(94) より は に
関して 1 次式なので
として計算を行う。ここで、
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(109) |
である。
(108) の左辺は に関して線形だから、
に関する式 (= とする) と に関する式 (= とする) の和に分けることができ、
まずそのそれぞれを計算してみる。 は
となるが、これは 4 節の (18) を
導くところで見たように、 倍すれば
と変形できる。一方 は、
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(110) |
となるが、
と変形すれば、
となるから、これを 倍すれば
|
(111) |
となることがわかる。
結局、(108) を 倍したものは、
と書けることになり、よって
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(112) |
と積分できる。今の場合、
なので、
となり、結局 (112) は、
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(113) |
だけが残る。
ここで、
とすれば、
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(114) |
と、(20) に対応した の 1 階変数分離形の方程式が得られることになる。
しかし、これを積分して を の式で表すのは容易ではない。
(114) を展開すれば、
となるが、, , ,
より、
となり、
となるので、
が得られる。しかし、見てわかるように、
この方程式の求積は容易ではない。
なお、 は (104) で与えられるので、
となるから、(114) を展開した
で
とすると
でなければいけないことがわかる。
つまり、この (114) の解による は
と
なり、やはり問題 1 の条件は満たさない。
すなわち、ころがりの問題を考えると、変分法で得られる関数は
問題 1 の条件に適する解にはならないので、
問題 1 を満たしながら (106) を最小にする解は
存在しない可能性もあるが、よくはわからない。
問題 1 の条件を満たすような解を存在させるためには、
例えば 11 節のように、
正の初速度を与える必要があるかもしれない。
また上では、斜面上の接点 の軌跡に
関する方程式を考えたが、
その解に対する重心 の軌跡をついでに
考えてみよう。
その軌跡が
で表されるとすると、
これを で微分すれば、
となるが、(97) より、
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(115) |
であることがわかる。また、(86) より
なので、これらを (113) に代入すると
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(116) |
となるので、よって
とすれば は (20) と同じ方程式を満たし、
はサイクロイド (の 倍) を
平行移動したものになることがわかる。
すなわち、ころがる場合のオイラー方程式の解は、
重心が逆さサイクロイドを平行移動した軌道を取り、
斜面はそこから距離 だけ下に離れた等距離曲線となる。
もちろん、問題 1 の条件を満たさない問題があるので、
これにより最速解が決定したとは言いづらいが、
問題 1、すなわち条件 (89) を
無視すればこれが解となる。
実は、重心の軌道がサイクロイドとなることは、
式 (105) からも示唆される。
なお、この等距離曲線、
すなわちサイクロイド
から だけ
上に離れた曲線を表す式 ( の方) を
以下で求めてみる (図 14)。
このサイクロイド
の、パラメータ に対応する点での傾きは
なので、その法線方向は
となる。よって、サイクロイドから だけ上に離れた関数は、
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(117) |
とパラメータ表示されることがわかる。
これを と書くことにする。
この が、実際に として方程式 (114) を
満たすことを示そう。
より、
となるので、
となり、よって
となるので、 の に対して は (114) を満たす解となる。
あとは境界条件を満たすよう適宜平行移動すれば、
問題 1 の条件を無視したものではあるが、
(106) を最小化する解が得られることになる。
竹野茂治@新潟工科大学
2016年1月8日