4 具体例

定理 1 を利用して、 いくつかの有理関数 ($F_j(s)$) のラプラス逆変換 ($f_j(t)$) を計算してみる。 また、通常の計算との優位性についても考えてみる。

なお、$F(s)$ の極 $s=\alpha$ の位数が $k$ ($\geq 1$) である場合、 そこでの留数 $\mathop{\rm Res}\nolimits [F(s),\alpha]$ は、

  $\displaystyle
\mathop{\rm Res}\nolimits [F(s),\alpha] = \lim_{s\rightarrow \alpha}{\frac{1}{(k-1)!}
\left(\frac{d}{ds}\right)^{k-1}\{(s-\alpha)^k F(s)\}}$ (12)
で計算でき、位数が 1 の場合は易しい。

1

まずは分母が 1 次式の積に因数分解される場合。

  $\displaystyle
F_1(s) = \frac{s^2-2s+5}{(s-3)(s^2-1)}
$ (13)
この場合、$e^{st}F_1(s)$ の極は $s=3,-1,1$ で、いずれも 1 位なので、
\begin{eqnarray*}\mathop{\rm Res}\nolimits [e^{st}F_1(s),3]
&=&
\lim_{s\righta...
...-1)}}
\\ &=&
e^{-t}\frac{1+2+5}{(-4)\cdot(-2)}
\ =\
e^{-t}
\end{eqnarray*}
となるので、よってラプラス逆変換 $f_1(t)$ は、定理 1 より
$\displaystyle f_1(t)
= \mathop{\rm Res}\nolimits [e^{st}F_1(s),3] + \mathop{\r...
..._1(s),-1] + \mathop{\rm Res}\nolimits [e^{st}F_1(s),1]
= e^{3t}-e^{t}+e^{-t}
$
となる。

通常は、$F_1(s)$ を部分分数分解して $1/(s-3)$, $1/(s-1)$, $1/(s+1)$ の 線形結合にしてから求めるが、この場合はこの留数計算の方が 部分分数分解より少し易しいかもしれない。

2

次は、分母が実数の範囲では 1 次式に因数分解できない 2 次式の場合。

  $\displaystyle
F_2(s) = \frac{s+2}{s^2+2s+2} = \frac{s+2}{(s+1)^2+1}
$ (14)
これも、極 $s=-1\pm i$ は 1 位なので極限は易しいが、 複素数の計算が必要になる。
\begin{eqnarray*}\mathop{\rm Res}\nolimits [e^{st}F_2(s), -1+i]
&=&
\lim_{s\ri...
...i}
\ =\ e^{-t}e^{-it}\left(\frac{1}{2}\,-\,\frac{1}{2i}\right)
\end{eqnarray*}
よって、逆変換 $f_2(t)$ は、
$\displaystyle f_2(t)
= e^{-t}\left\{e^{it}\left(\frac{1}{2}\,+\,\frac{1}{2i}\...
...it}\left(\frac{1}{2}\,-\,\frac{1}{2i}\right)\right\}
= e^{-t}(\cos t+\sin t)
$
となる。 なお、これはむしろ、ラプラス変換の性質、公式を利用して、$s+1=y$ として
\begin{eqnarray*}F_2(s)
&=&
\frac{s+2}{(s+1)^2+1}
\ =\
\frac{y+1}{y^2+1}
...
... + \sin t](s+1)
\ =\
\mathcal{L}[e^{-t}(\cos t + \sin t)](s)
\end{eqnarray*}
とする方が早いように思う。

3

次は、分母が 1 次式の累乗の形の場合。

  $\displaystyle
F_3(s) = \frac{3s^2-2s+4}{(s+2)^4}
$ (15)
この場合、極 $s=-2$ は位数が 4 となる。 なお、そこでの $F_3(s)$ の留数は 0 だが、 $e^{st}F_3(s)$ の留数は 0 ではない。 (12) を用いると、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{\mathop{\rm Res}\nolimits [e^{st}F_3(s),-2]
\ =\
\l...
...2-2)+18t\}}
\ =\
e^{-2t}\left(\frac{10}{3}t^3-7t^2+3t\right)
\end{eqnarray*}
となる。

この $F_3(s)$ の場合、微分する関数の分母がなくなるので ライプニッツの公式を使えば微分はそれほど面倒ではないが、 さらに分母に $(s-3)^2$ などがついていると微分の計算も だいぶ面倒になる。

留数を使わなければ、通常は $s+2=y$ として、

\begin{eqnarray*}F_3(s)
&=&
\frac{3s^2-2s+4}{(s+2)^4}
\ =\
\frac{3(y-2)^2...
...l{L}\left[e^{-2t}\left(3t-7t^2+\frac{10t^3}{3}\right)\right](s)
\end{eqnarray*}
とやるだろう。 分母に $(s-3)^2$ などが別にあれば部分分数分解が厄介になるが、 この $F_3(s)$ ならそれは難しくないので、 この例では通常の方法と留数の計算はそれほど計算量は違わない気がする。

なお、上では微分を利用して留数を求めたが、$s+2=y$ を利用して ローラン展開を直接考えることもできる。

\begin{eqnarray*}e^{st}F_3(s)
&=&
e^{(y-2)t}\frac{3(y-2)^2-2(y-2)+4}{y^4}
\ =...
...+\frac{a_{-2}}{y^2}
+\frac{10t^3/3-7t^2+3t}{y} + \cdots\right)
\end{eqnarray*}
この $y^{-1}$ の係数が留数なので、
$\displaystyle f_3(t) = e^{-2t}\left(\frac{10}{3}t^3-7t^2+3t\right)
$
となる。

4

最後は、部分分数分解後、および標準変形後に残る一番厄介な形。

  $\displaystyle
F_4(s) = \frac{as+b}{(s^2+1)^k}\hspace{1zw}(k=2)
$ (16)
とりあえず $k=2$ の場合を考えるが、この場合極 $s=\pm i$ は 2 位なので、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{\mathop{\rm Res}\nolimits [e^{st}F_4(s),i]
\ =\
\li...
...i)\}
\ =\
-\,\frac{e^{-it}}{4}\left(bt+\frac{at+b}{i}\right)
\end{eqnarray*}
よって、
$\displaystyle f_4(t)
= -\,\frac{bt}{4}(e^{it}+e^{-it})+\frac{at+b}{4i}(e^{it}-e^{-it})
= -\,\frac{bt}{2}\cos t+\frac{at+b}{2}\sin t
$
となる。

通常は多分、

\begin{eqnarray*}\mathcal{L}[t\cos t]
&=&
-\,\frac{d}{ds}\mathcal{L}[\cos t]
...
...}{(s^2+1)^2}
\ =\
\mathcal{L}[\sin t] -\,\frac{2}{(s^2+1)^2}
\end{eqnarray*}
より
$\displaystyle \frac{1}{(s^2+1)^2} = \frac{1}{2}\mathcal{L}[\sin t-t\cos t],
$
また、
$\displaystyle \mathcal{L}[t\sin t]
= -\,\frac{d}{ds}\mathcal{L}[\sin t]
= -\left(\frac{1}{s^2+1}\right)'
= \frac{2s}{(s^2+1)^2}
$
より
$\displaystyle \frac{s}{(s^2+1)^2} = \frac{1}{2}\mathcal{L}[t\sin t],
$
よって、
$\displaystyle F_4(s)
= \frac{a}{2}\mathcal{L}[t\sin t] + \frac{b}{2}\mathcal{...
...-t\cos t]
= \mathcal{L}\left[\frac{at+b}{2}\sin t -\frac{bt}{2}\cos t\right]
$
となる、といったところだと思う。 これは留数計算よりも少し早いような気がする。

また、分母の次数の $k$ が増えた場合は、極の位数があがるので、 微分しなければいけない階数も上がり、 留数計算はだいぶ面倒になりそうな気がする。

通常の方法でも、$k>1$ の場合は $t^j\cos t$, $t^j\sin t$ ($0\leq j<k$) の ラプラス変換が必要になるので、上のように漸化式なしで一からやろうとすると かなり大変だが、漸化式を使えば比較的楽に計算できるはずである。

竹野茂治@新潟工科大学
2023-07-20