5 補償コンパクト性理論

本節では、補償コンパクト性理論を紹介し、 それを用いてエントロピー対に対する Tartar 関係式を導き出す。

まず、汎弱収束列の非線形関数の極限を「ある測度による積分」ととらえる Young 測度から説明する。


定理 4 (Young 測度)

$R^N$ の開集合 $\Omega$、 関数列 $\{v_n(x)\}_n\subset L^\infty(\Omega;R^M)$ に対して $R^M$ の有界集合 $K$$v_n(x)\in K$ a.e. $x\in\Omega$ となるものとすると、 次を満たすような $\{v_n\}_n$ のある部分列 $\{v_{n_j}\}_j$ と、 a.e. $x\in\Omega$ に対して決定する $R^M$ 上の確率測度、 すなわち非負で全測度 1 の Borel 測度の族 $\{\nu_x; \mbox{a.e.} x\in\Omega\}$ が存在する。


この $\{\nu_x\}$$\{v_{n_j}\}$ に対する Young 測度 と呼ぶ。

4 節の性質 1. より $U^\varepsilon (t,x)$ は一様有界、よって $U^\varepsilon (t,x)\in\Sigma(A,B)$ となる $A$, $B$ が取れるから、 この定理 4 によりある部分列 $\varepsilon _n\rightarrow +0$ ( $n\rightarrow\infty$) と Young 測度 $\{\nu_{(t,x)}(U)\}_{\mathrm{a.e.} (t,x)}$ が存在して、 $\mathop{\mathrm{supp}}\nolimits \nu_{(t,x)}(U)\subset\Sigma(A,B)$ で、 $\rho\geq 0$ 上の任意の連続関数 $H(U)$ に対して

\begin{displaymath}
H(U^{\varepsilon _n}(t,x))\rightarrow\langle \nu_{(t,x)}(U)...
...ngle \hspace{1zw}L^\infty(]0,\infty[\times R) \mbox{weak}\ast \end{displaymath} (36)

となる。

しかし、 $L^\infty \mbox{weak}\ast$ は弱い収束であるから、 $v_n(x)\rightarrow v(x)$, $w_n(x)\rightarrow w(x)$ であっても、 そのスカラー積

\begin{displaymath}
v_n(x)\cdot w_n(x)=v^1_n(x)w^1_n(x)+\cdots+v^M_n(x)w^M_n(x)
\end{displaymath}

$v(x)\cdot w(x)$ に収束するとは限らない。 例えば $\phi(x)\in L^1(R)$ に対して、Riemann-Lebesgue の定理により
\begin{displaymath}
\int_R\phi(x)\cos nx dx\rightarrow 0\hspace{1zw}(n\rightarrow\infty)
\end{displaymath}

および
\begin{displaymath}
\int_R\phi(x)\cos^2 nx dx
=\int_R\phi(x) \frac{1+\cos 2nx}...
...ow \frac{1}{2} \int_R\phi dx\hspace{1zw}(n\rightarrow\infty)
\end{displaymath}

が成り立つが、これは、
\begin{displaymath}
\cos nx\rightarrow 0,\hspace{1zw}\cos^2 nx\rightarrow\frac{1}{2}\hspace{1zw}L^\infty(R) \mbox{weak}\ast
\end{displaymath}

となることを意味している。

しかし、1 階微分の弱いコンパクト性があれば、積の収束が保証される。


定理 5 (div-curl 補題)

$\Omega$$R^N$ の有界な開集合で、 $v_n,w_n,v,w\in L^\infty(\Omega;R^N)$

\begin{displaymath}
v_n(x)\rightarrow v(x),\hspace{1zw}w_n(x)\rightarrow w(x)\hspace{1zw}L^\infty(\Omega) \mbox{weak}\ast
\end{displaymath}

を満たし、かつ $\{\mathop{\mathrm{div}}\nolimits v_n\}_n$, および $\{\mathop{\mathrm{curl}}\nolimits w_n\}_n$ のすべての成分が $H^{-1}_{\mathrm{loc}}(\Omega)$ のあるコンパクト集合に含まれるならば、 $N$ 次元内積の収束
\begin{displaymath}
v_{n_j}(x)\cdot w_{n_j}(x)\rightarrow v(x)\cdot w(x)\hspace{1zw}L^\infty(\Omega) \mbox{weak}\ast
\end{displaymath}

が成り立つような部分列 $\{n_j\}_j$ が取れる。


(36) より、 Darboux の公式 (14), (15) で得られる弱エントロピー対 ($\eta,q$) に対しては

\begin{displaymath}
\eta(U^{\varepsilon _n}(t,x))\rightarrow\langle \nu_{(t,x)},...
...gle \hspace{1zw}L^\infty(]0,\infty[\times R) \mbox{weak}\ast
\end{displaymath}

が言えるが、$N=2$ では
\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{div}}\nolimits _{(t,x)}(\eta,q)=\eta_t+q_x,\...
...\nolimits _{(t,x)}(-\hat{q},\hat{\eta})=\hat{\eta}_t+\hat{q}_x
\end{displaymath}

であるから、 4 節の性質 3. と定理 5 により、 有界集合 $\Omega_j=]0,j[\times ]-j,j[$ 上ではある部分列 $\{\varepsilon _{n_k}\}_k$ ($j$ に依存する) に対して
$\displaystyle {(\eta(U^{\varepsilon _{n_k}}),q(U^{\varepsilon _{n_k}}))\cdot
...
...(U^{\varepsilon _{n_k}}))
= (\hat{\eta}q-\eta\hat{q})(U^{\varepsilon _{n_k}})}$
  $\textstyle \rightarrow$ $\displaystyle \langle \nu_{(t,x)},\hat{\eta}\rangle \langle \nu_{(t,x)},q\rangl...
...le \nu_{(t,x)},\hat{q}\rangle
\hspace{1zw}L^\infty(\Omega_j) \mbox{weak}\ast$ (37)

が成り立つ。 一方で、再び (36) より、
\begin{displaymath}
(\hat{\eta}q-\eta\hat{q})(U^{\varepsilon _n})
\rightarrow ...
...le
\hspace{1zw}L^\infty(]0,\infty[\times R) \mbox{weak}\ast \end{displaymath} (38)

であるから、(37), (38) より、
\begin{displaymath}
\langle \nu_{(t,x)},\hat{\eta}q-\eta\hat{q}\rangle
=\langle...
...,x)},\hat{q}\rangle
\hspace{1zw}\mbox{a.e.} (t,x)\in\Omega_j
\end{displaymath}

が言える。$j$ は任意であるから、結局、 $]0,\infty[\times R$ 内の a.e. $(t,x)$、 および Darboux の公式 (14), (15) で得られる任意の弱エントロピー対 ($\eta,q$), ( $\hat{\eta},\hat{q}$) に対して Tartar の関係式
\begin{displaymath}
\langle \nu_{(t,x)},\hat{\eta}q-\eta\hat{q}\rangle
=
\la...
...gle \nu_{(t,x)},\eta\rangle \langle \nu_{(t,x)},\hat{q}\rangle \end{displaymath} (39)

が成り立つことがわかる。

ところで、この関係式 (39) から $\nu_{(t,x)}(U)$ を決定する段階 (6 節以降) では、 $(t,x)$ を固定した上でこの関係式 (39) の ($\eta,q$), ( $\hat{\eta},\hat{q}$) を色々に取り替えて考察するが、 そこには注意が必要である。

(39) は、 2 つのエントロピー対 ($\eta,q$), ( $\hat{\eta},\hat{q}$) に対して a.e. 成立する式であるが、それが成立する $(t,x)$ の集合、 すなわち $]0,\infty[\times R$ からある零集合を除いた集合 $Q$ は、 上の論法からわかるように ($\eta,q$), ( $\hat{\eta},\hat{q}$) に依存する。 よって、Tartar の関係式を使用するエントロピー対が高々可算個 $\{(\eta_n,q_n)\}_n$ であれば、それらに対しては共通の $Q$ が取れて、

となることが言えて、各 $(t,x)\in Q$ に対し可算個の $(\eta_n,q_n)$ を (39) に代入して考察することができるが、 可算個より多いエントロピー対に対しては、 Tartar 関係式が成り立つ $(t,x)$ を、 $]0,\infty[\times R$ の中の「共通の」零集合を除いた集合から取れる保証はないことになる。 極端な話、連続濃度のエントロピー対に対しては、 (39) が共通に成り立つ $(t,x)$ は一つも存在しないという可能性もある。

しかし、$\nu$ は Borel 測度であるから、この可算個のエントロピー対 $(\eta_n(U),q_n(U))$ が一様有界で、各 $U$ に対して各点収束する極限 $(\bar{\eta}(U),\bar{q}(U))$ を持つならば、 Lebesgue 有界収束定理により

\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow\infty}\langle \nu_{(t,x)},\eta_n\rangle =...
...le \nu_{(t,x)},q_n\rangle =\langle \nu_{(t,x)},\bar{q}\rangle
\end{displaymath}

が成り立つので、同じ $Q$ で Tartar 関係式が成り立つエントロピー群の中に $(\bar{\eta},\bar{q})$ を加えることができる。

例えば 3 節で見たエントロピーで言えば、 (16), (18) によるエントロピー、 および (19), (20) のエントロピーは、パラメータ $a$ を有理数と取ることにすれば、 その全体は可算個であるからそれらに対して共通の $Q$ が取れ、 よってその極限として得られる $(\eta^{(0)}(a),q^{(0)}(a))$, $(\eta^{(1)}(a),q^{(1)}(a))$ も同じ $Q$ で Tartar 関係式が成り立つエントロピー群に入れることができる。 さらに、有理数 $a$ を動かした極限を考えれば、 その $a$ を実数全体に広げたものも同じエントロピー群に入れることができる。

以上をまとめると、次が言えたことになる。


命題 6

ある $]0,\infty[\times R$ の部分集合 $Q$ が存在して、次を満たす。


竹野茂治@新潟工科大学
2010年1月6日