C.2 反省: リーマン不変量の存在について

次に、3.4 節の 命題 3.1 で 保証するリーマン不変量の存在であるが、 これも本稿の旧版では「$\Omega $ で存在する」と書いていたのであるが、 $r(U)$$\Omega $ の形状などによっては 必ずしも自明ではないことがわかったので、 現在は局所的な形に書いている。 まずはそれを証明し、最後に大域的な場合についても考察する。

まず次の補題を示す。


補題 C.1

$N\times N$ 行列 $A$, $X=[X_1\ \cdots \ X_N]$ に対し、

\begin{displaymath}
\sum_{j=1}^N\vert X_1\ \cdots\ AX_j\ \cdots\ X_N\vert=\mathrm{tr}(A)\vert X\vert
\end{displaymath} (C.143)

(左辺の和の項は $j$ 列目のみが $A$ 倍、されている形、 $\mathrm{tr}(A)=a_{11}+a_{22}+\cdots+a_{NN}$)


証明

行列 $A$

\begin{displaymath}
A
=
\left[\begin{array}{c}\alpha_1\\ \alpha_2\\ \vdots \\...
... \vdots \\ \alpha_N\end{array}\right]
=
A_1+A_2+\cdots +A_N
\end{displaymath}

と分けると、(C.14) の左辺、 右辺は共に行列 $A$ に関して線形な式であるから、 各 $A_k$ に対して (C.14) を示せば、 $A$ に対しても (C.14) が 成り立つことになる。

\begin{displaymath}
A_kX_j = \left[\begin{array}{c}0\\ \vdots \\ \alpha_k X_j \...
...= \left(\sum_{m=1}^N a_{km}x_{mj}\right)\mbox{\boldmath$e$}_k
\end{displaymath}

より、$A_k$ に対して (C.14) の左辺は

\begin{displaymath}
\sum_{j=1}^N\vert X_1\ \cdots\ A_kX_j\ \cdots\ X_N\vert
=
...
...\boldmath$e$}_k \ \cdots\ X_N\vert
\sum_{m=1}^N a_{km}x_{mj}
\end{displaymath}

となるが、右辺の行列式を $j$ 列目で展開すれば

\begin{displaymath}
\vert X_1\ \cdots\ \mbox{\boldmath$e$}_k \ \cdots\ X_N\vert=(-1)^{k+j}\Delta_{kj}(X)
\end{displaymath}

となるので、行列式の良く知られた性質より、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{\sum_{j=1}^N\vert X_1\ \cdots\ A_kX_j\ \cdots\ X_N\ver...
...ert
=
a_{kk}\vert X\vert
\ =\
\mathrm{tr}(A_k)\vert X\vert
\end{eqnarray*}

となる。



補題 C.2

$r(U)$$\Omega $ 内で滑らかで、かつ 0 ではないベクトルであるとき、 $\Omega $ 内の各点 $U_1$ に対して、そのある近傍 $\Omega_1$ ( $U_1\in\Omega_1\subset\Omega$)、 および $R^{N-1}$ の原点のある近傍 $(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})\in W$ と その上のベクトル値関数 $U=V(t_1,t_2,\ldots,t_N):W\rightarrow\Omega_1$ を、

\begin{displaymath}
\frac{\partial\, V}{\partial\, t_1}, \frac{\partial\, V}{\partial\, t_2},\ldots, \frac{\partial\, V}{\partial\, t_N}
\end{displaymath}

が一次独立で、

\begin{displaymath}
\frac{\partial\, V}{\partial\, t_N}=r(V)
\end{displaymath}

を満たすように取ることができる。


証明

このような関数の存在は、通常の常微分方程式の理論から得られる。 まず、$\Omega $ 内に、$U_1$ を通り、 $U_1$ のある近傍 $\Omega_1$ ( $U_1\in\Omega_1\subset\Omega$) では $r(U)$ とは接しない $(N-1)$ 次元の滑らかな初期面

\begin{displaymath}
S:\ U=\eta(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})
\hspace{1zw}(\eta(0,0,\ldots,0)=U_1)
\end{displaymath} (C.144)

を取る ( $t_1,t_2,\ldots,t_{N-1}$ は、この初期面を表現するパラメータ)。 具体的には、例えば $U_1$ を通り、$r(U_1)$ に垂直な $(N-1)$ 次元超平面 を取ればよい。これは、少なくとも $U_1$ のある近傍では $r(U)$ に接しない から、その近傍を $\Omega_1$ とすればよい。 そして $S$ はその近傍 $\Omega_1$ 内の部分のみを考える。

(C.15) が $\Omega_1$$(N-1)$ 次元の 初期面を構成することから、$\eta$$(N-1)$ 次元空間の 原点を含むある開集合 $(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})\in W$ から $\Omega_1$ への滑らかな写像で、$S$$(N-1)$ 個の接ベクトル $\eta_{t_1},\eta_{t_2},\ldots,\eta_{t_{N-1}}$$W$ 上 一次独立でなくてはならない。 さらに、$S$$r(U)$ とは接しないので、 $(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})\in W$ に対して、

\begin{displaymath}
r(\eta)
\not\in\langle\eta_{t_1},\eta_{t_2},\ldots,\eta_{t_{N-1}}\rangle
\end{displaymath}

であり、 よって、$r(\eta)$, $\eta_{t_1},\eta_{t_2},\ldots,\eta_{t_{N-1}}$ は 一次独立で、その行列式は
\begin{displaymath}
\vert\eta_{t_1}\ \eta_{t_2}\ \cdots,\eta_{t_{N-1}}\ r(\eta)\vert\neq 0
\hspace{1zw}((t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})\in W)
\end{displaymath} (C.145)

となることが言える (そのような初期面である必要がある)。

例えば、上の超平面は、 $r(U_1)\cdot (U-U_1)=0$ より、 $r(U_1)$ の 0 でない成分で割ることで $S$$(N-1)$ 個の パラメータで表せる。簡単のため、$r(U_1)$$N$ 番目の成分が 0 でないとすると、

\begin{displaymath}
\eta = \left[\begin{array}{c} u^1_1+t_1\\ u^1_2+t_2\\ \vdot...
...\\ u^1_N\end{array}\right],
\hspace{0.5zw}a_N\neq 0
\right)
\end{displaymath}

となり、 $(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})=(0,0,\ldots,0)$ では、 $\eta=U_1$ より、(C.16) の行列式は

\begin{eqnarray*}\lefteqn{\vert\eta_{t_1}\ \eta_{t_2}\ \cdots,\eta_{t_{N-1}}\ r(...
...}^2}{a_N} + a_N
\ =\ \frac{1}{a_N}\vert r(U_1)\vert^2\ \neq\ 0
\end{eqnarray*}

となり、少なくとも $(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})=(0,0,\ldots,0)$ では、 0 ではなく、 確かにその近傍では (C.16) の行列式は 0 に はならないようにできる。

これに対して、常微分方程式の初期値問題

\begin{displaymath}
\frac{d U}{d t_N}=r(U),\hspace{1zw}U\vert _{t_N=0}=\eta(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})
\end{displaymath} (C.146)

の解を $U=V(t_1,t_2,\ldots,t_N)$ とする。 すなわち、各 $(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1})\in W$ に対する解曲線を すべて合わせたものを $U$ とする。これは相空間 $\Omega $ では、 初期面 $S$ を通る流管を構成する。

常微分方程式の一般論と $r(U)$, $\eta$ の滑らかさより、 $(t_1,t_2,\ldots,t_N)=(0,0,\ldots,0)$ のある近傍に対して この解 $U$ が存在し、 $(t_1,t_2,\ldots,t_N)$ に関して滑らかで あることが示され、

\begin{displaymath}
V_{t_k}(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1},0) = \eta_{t_k} \hspace{0.5z...
...),
\hspace{1zw}
V_{t_N}(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1},0) = r(\eta)
\end{displaymath}

であることが言える。よって、 (C.16) より
\begin{displaymath}
\vert V_{t_1}\ V_{t_2}\ \cdots\ V_{t_N}\vert(t_1,t_2,\ldots,t_{N-1},0) \neq 0
\end{displaymath} (C.147)

となるから、 $(t_1,t_2,\ldots,t_N)=(0,0,\ldots,0)$ のある近傍に対して
\begin{displaymath}
\vert V_{t_1}\ V_{t_2}\ \cdots\ V_{t_N}\vert \neq 0
\end{displaymath} (C.148)

となる。


なお、当初は、 この補題 C.2 の証明をさらに 以下のように続けて、 補題 C.1 を用いることで $\Omega $ 内で大域的に $V$ が存在することを示そうとしていた。

(当初証明の続きとしていたもの)

$t_N=0$ のときに $V$ のヤコビ行列式が (C.18) に より 0 ではないので、 $\vert t_N\vert$ が十分小さければ (C.19) となる。 さらにこの行列式は、微分方程式 (C.17) の解が 存在し続ける間の $t_N$ すべてに対して 0 ではないことを示す。 (C.19) の左辺のヤコビ行列式を $Y=Y(t_1,\ldots,t_N)$ とする:

\begin{displaymath}
Y(t_1,\ldots,t_N)=\vert V_{t_1}\ V_{t_2}\ \cdots \ V_{t_N}\vert
\end{displaymath}

仮定より $Y(t_1,\ldots,t_{N-1},0)\neq 0$ であり、 この $Y$$t_N$ で微分すると、

\begin{displaymath}
Y_{t_N}=\sum_{j=1}^N\vert V_{t_1}\ \cdots (V_{t_j})_{t_N}\ \cdots\ V_{t_N}\vert
\end{displaymath}

となり、

\begin{displaymath}
(V_{t_j})_{t_N} = (V_{t_N})_{t_j}
= r(U)_{t_j}
= \nabla_U r(V) V_{t_j}
\hspace{1zw}(1\leq j\leq N)
\end{displaymath}

より、補題 C.1 から

\begin{eqnarray*}Y_{t_N}
&=&
\sum_{j=1}^N\vert V_{t_1}\ \ldots \nabla_U r(V)V_...
...=\ \mathrm{tr}(\nabla_U r(V)) Y
\\ &=&
(\nabla_U\cdot r(V)) Y
\end{eqnarray*}

となる ($\nabla\cdot r$$r$ の発散)。 よって、これを $Y$ に関する微分方程式と見れば、その解は

$\displaystyle {Y(t_1,\ldots,t_N)
\ =\ Y(t_1,\ldots,t_{N-1},0)}$
    $\displaystyle \mbox{}\times
\exp\left(\int_0^{t_N}(\nabla_U\cdot r(V))
(t_1,\ldots,t_{N-1},\tau)d\tau\right)$ (C.149)

と書け、 $Y(t_1,\ldots,t_{N-1},0)\neq 0$ で、また $r$$\Omega $ 上で滑らかなので、 この式 (C.20) より 解 $V$ が存在している $t_N$ に対して $Y(t_1,\ldots,t_N)$ は 0 に なることはない。
これは、確かに $t_N$ に関して $V$ を延長しても $Y$ は 0 にはならない、 ということを示しているが、$\Omega $ 全体に渡る解が作れていることには なってはおらず、 あくまで初期面 $S$ を通る流管に対して示されているに過ぎない。

初期面 $S$ の取り方によってはその流管は $\Omega $ 全体を 渡らないこともあるし、どのような $\Omega $ に対しても、 流管が $\Omega $ 全体となり $r(U)$ に接しないような 初期面を取ることが可能かといえば、それは自明ではない。 だから、補題 C.2$\Omega $ 全体に渡るような解の存在という形で述べることは難しい。

次は、命題 3.11. の証明を行う。 これも、当初の大域的な形から、現在は局所的な形に直してある。

証明

補題 C.2 $U=V(t_1,\ldots,t_N)$ と近傍 $W$, $\Omega_1$ は、 $W$ の上でヤコビ行列式 $Y$ が 0 ではないので、 必要ならばさらに小さい近傍を取ることで、 逆関数定理より $(t_1,\ldots,t_N)\in W$$U\in\Omega_1$ が 1 対 1 に対応するようにでき、 各 $t_j$$U$ の滑らかな関数 $t_j=t_j(U)$ と表せる。

この $t_j(U)$ は、 $t_j(V(t_1,\ldots,t_N))\equiv t_j$ を満たすので、

\begin{displaymath}
\frac{\partial\, t_j}{\partial\, t_k}=\nabla_U t_j(V) \frac{\partial\, V}{\partial\, t_k}=\delta_{jk}
\end{displaymath}

であり、よって、

\begin{displaymath}
\left[\begin{array}{c}\nabla_U t_1(V)\\ \vdots\\ \nabla_U t...
... t_1}\ \cdots\ \frac{\partial\, V}{\partial\, t_N}\right] = E
\end{displaymath}

となるから $\nabla_U t_1(U)$,..., $\nabla_U t_N(U)$ は一次独立で、 そして $j<N$ に対して、

\begin{displaymath}
0=\frac{\partial\, t_j}{\partial\, t_N}=\nabla_U t_j(V) \frac{\partial\, V}{\partial\, t_N}=\nabla_U t_j(V)r(V)
\end{displaymath}

であるから、この $t_1(U)$,...,$t_{N-1}(U)$ を この命題の $w_j(U)$ の組と取ればよい。


また、この証明の逆関数定理を使用する部分も、 当初は「ヤコビ行列式が 0 でない範囲で逆関数が求まる」 ように書いていたが、それは正しくなく、 「ある点でヤコビ行列式が 0 でない場合その近傍で逆関数が求まる」 と、あくまで局所的な形でなければいけない。

次は、命題 3.12. の証明。

証明

上の証明にあるように、$w_j(U)$ として $t_j(U)$ ($j<N$) を取れば もちろんであるが、命題 3.1 の 条件を満たす一般の $w_j(U)$ に対しても、 それに対して上の証明の $t_N(U)$$w_N(U)$ とすると、 $\nabla_U w_N(U)$

\begin{displaymath}
1=\frac{\partial\, t_N}{\partial\, t_N}=\nabla_U t_N(V) \frac{\partial\, V}{\partial\, t_N}=\nabla_U w_N(V)r(V)
\end{displaymath}

を満たすので、

\begin{displaymath}
\nabla_U w_N(U)\not\in
\langle\nabla_U w_1(U),\ldots,\nabla_U w_{N-1}(U)\rangle
\end{displaymath}

となる。よって、 $\nabla_U w_1(U)$,..., $\nabla_U w_N(U)$ は 一次独立となり、$U_1$ のある近傍で $U$ $(w_1,\ldots,w_N)$ が 1 対 1 に対応することになる。 これを逆に解いて $U=W(w_1,\ldots,w_N)$ と見ることができる。

今、命題 3.12. の条件を満たす $\tilde{w}$ $U=W(w_1,\ldots,w_N)$ を代入すれば、 $\tilde{w}$$w_1$,...,$w_N$ の関数と見ることができるが、

\begin{eqnarray*}0
&=&
\nabla_U\tilde{w}(U) r(U)
=
\sum_{j=1}^N \frac{\parti...
..._N(U)r(U)
\\ &=&
\frac{\partial\, \tilde{w}}{\partial\, w_N}
\end{eqnarray*}

となる。よって、 $\partial\tilde{w}/\partial w_N=0$ より $\tilde{w}$$w_N$ によらないので、 $w_1$,...,$w_{N-1}$ の関数として表されることになる。


この証明も、前の証明同様逆関数の定理を使用している部分は、 局所的にしか言えないので、その範囲に制限して成り立つことになる。 つまり、命題 3.1 の最初の $\Omega_1$ は、 1. と 2. の証明の両方の「近傍」の 共通部分として得られる小さい近傍ということになる。

もちろん、個々の保存則方程式の具体例に関しては、 リーマン不変量が $F(U)$ の定義域全体で存在することも多いし、 この命題 3.1 の証明でも $r(U)$ が「保存則方程式の固有ベクトル」であることは 特に使用していないので、 もしかしたら $r(U)$ が保存則方程式の固有ベクトルの場合には もう少し大域的な結果が成立する可能性はなくはない。 しかしそれは当然自明ではないので、 とりあえず一般論としては局所的なものに留めておくべきであろう。

竹野茂治@新潟工科大学
2018-08-01