A 弱解

ここからは本稿の補足として、少し細かい数学的な話、 厳密な証明や必要な数学理論、 そして旧版の本稿に対する数学的反省などを示していく。 まずは「弱解」の数学的意味の話から。

不連続性を持つような一般的な関数に対して、それが方程式

\begin{displaymath}
U_t+F(U)_x=0\end{displaymath} (A.118)

の解であることを定義する方法として、弱解という概念がある。 現在、保存則方程式の数学の研究レベルでの議論は、 通常この弱解を用いて行われている。 ここではそれを紹介する。

一般に、$Q\subset R^M$ に対し、関数の集合 $C^1(Q)$

$C^1(Q)$ $=$ $Q$ 上定義された関数で、 $Q$ 上連続かつ微分可能で、 そのすべての 1 階 (偏) 導関数も $Q$ 上連続あるもの全体の集合
とし、$C^1_0(Q)$
$C_0^1(Q)$ $=$ $C^1(Q)$ の関数で、その台が $Q$ 上コンパクトであるもの 全体の集合
と定める。ここで、$f\in C^1(Q)$ に対し、その (support) とは、

\begin{displaymath}
\{x\in Q; f(x)\neq 0\} \ (= Q\setminus f^{-1}(\{0\}))
\end{displaymath}

の、$Q$ における閉包 (それを含む最小の閉集合) のことを指し、 それを $\mathop{\mathrm{supp}}\nolimits f$ と書く。
図 A.1:
\includegraphics[height=0.2\textheight]{support.eps}
また、$K\subset Q$コンパクト (compact) であるとは、 $K$ 内の任意の点列が常に $Q$ 内のある点に収束するような部分列を持つ ことを意味する。

例えば、$M=1$, $Q=(0,1)=\{x;\ 0<x<1\}$ のとき、 $[a,b]=\{x;\ a\leq x\leq b\}$ は、$0<a<b<1$ であれば $Q$ 内でコンパクトである。 一方、 $(0,1/2]=\{x;\ 0<x\leq 1/2\}$ は、($Q$ の 相対位相に関して) $Q$ の 閉部分集合であるが、 この集合内の点列

\begin{displaymath}
\left\{\frac{1}{n+1};\ n=1,2,\ldots\right\}
=\left\{\frac{1}{2},\frac{1}{3},\frac{1}{4},\ldots\right\}
\end{displaymath}

は、$Q$ 内に収束する部分列を持たないので、コンパクトではない。

しかし、端が含まれてはいけない、というわけではなくて、例えば $Q=[0,1)=\{x;\ 0\leq x<1\}$ の場合には、$[0,1/2]$$Q$ のコンパクトな部分集合となる。

つまり荒く言えば、コンパクトとは、 「有界 (無限に伸びていない) な 閉集合で、それを $R^M$ 全体の部分集合と見たときの境界まで キッチリ $Q$ に含まれる部分集合」 となる。

よって、 $f\in C_0^1((0,1))$ の場合は、

\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{supp}}\nolimits f\subset [a,b]\hspace{1zw}(0<a<b<1)
\end{displaymath}

となるような $a$, $b$ が存在し、 $f$$0< x\leq a$, $b\leq x< 1$ では 0 となるが、 $g\in C_0^1([0,1))$ の場合は、

\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{supp}}\nolimits g\subset [0,b]\hspace{1zw}(0<b<1)
\end{displaymath}

となるような $b$ が存在するとしか言えず、 よって $g(0)\neq 0$ でも構わない。
図 A.2: $f$$g$ の台
\includegraphics[width=0.9\textwidth]{supp_fg.eps}

以下の命題 A.1 のように、 集合 $C_0^1(Q)$ には十分多くの関数が含まれていることが知られている。


命題 A.1

$Q$$R^M$ の開領域であるとき、 $f(x)\in L^1_{loc}(Q)$ が、任意の $\phi(x)\in C_0^1(Q)$ に対し、

\begin{displaymath}
\int_{Q} f(x)\phi(x)dx = 0
\end{displaymath}

となるならば、$f(x)$$Q$ 上ほとんどいたるところで 0 となる。


なお、 $f\in L^1_{loc}(Q)$ であるとは、 $f$$Q$ 上ルベーグ可測な関数で、 $Q$ 内の任意のコンパクト集合 $K$ に対して

\begin{displaymath}
\int_K\vert f(x)\vert dx<\infty
\end{displaymath}

となることを言う。

もし、$\phi$$C_0^1(Q)$ でなく、どんな関数でもいいという条件ならば、

\begin{displaymath}
\phi(x)=
\left\{\begin{array}{ll}
\displaystyle \frac{f(x)}...
...eq 0$\ のとき})\\ [.5zh]
0 & (\mbox{その他})\end{array}\right.\end{displaymath}

とすれば、

\begin{displaymath}
0=\int_{Q} f(x)\phi(x)dx = \int_K \vert f(x)\vert dx
\end{displaymath}

となるので、 確かに $Q$ 上ほとんどいたるところ $f(x)=0$ となることが簡単に言えるが、 こんな不連続な $\phi(x)$ を許さずに $C_0^1(Q)$ だけに制限しても 命題 A.1 が言える、ということは、 それに相当するような関数 (それを近似するような関数列) が $C_0^1(Q)$ にも含まれている、 それ位 $C_0^1(Q)$ には色んな関数が入っている、ということを意味する。 弱解においては、$C_0^1(Q)$ の関数は テスト関数 (test function) とも呼ばれる。

なお、命題 A.1 の証明には ルベーグ積分等の知識を必要とするので、ここではその証明は行わない。

さて、$Q$$(t,x)$ 平面 $R^2$ の開領域であるとき、 $U=U(t,x)\in L^1_{loc}(Q)$ が、$Q$ 上で 方程式 (A.1) の 弱解 (weak solution) であるとは、任意の $\phi(t,x)\in C_0^1(Q)$ に対して、

\begin{displaymath}
\int\!\!\!\int _Q\{U(t,x)\phi_t(t,x)+F(U(t,x))\phi_x(t,x)\}dxdt=0\end{displaymath} (A.119)

を満たすこと、と定義される。

これは、少なくとも形式的には、 方程式 (A.1) に $\phi(t,x)$ をかけて、 $Q$ 上で部分積分して得られる式である。 この式 (A.2) には、 $U$$F(U)$ の微分は含まれていないので、 $U$ が微分可能でない関数でも構わなくて、弱解にはなりうる。

又、もし $U(t,x)$$Q$ 上滑らかな (A.2) の解であれば、 $Q$ 上で

\begin{displaymath}
U\phi_t+F(U)\phi_x
= (U\phi)_t+\{F(U)\phi\}_x-\phi\{U_t+F(U)_x\}
= (U\phi)_t+\{F(U)\phi\}_x
\end{displaymath}

となり、また $\phi\in C_0^1(Q)$ より $\phi$$Q$ の境界 $\partial Q$ 上 0 となるから、 Green の公式 (4.6) により、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{\int\!\!\!\int _Q\{U(t,x)\phi_t(t,x)+F(U(t,x))\phi_x(t...
...ce{-1.25em}\int _{\partial Q}(-U\phi dx +F\phi dt)
%\\ &=&
=
0\end{eqnarray*}

となって (A.2) を満たす。 よって、滑らかな (A.2) の解は弱解となるので、 弱解は通常の解を含むより広い概念であることがわかる。

逆に、$U$ が滑らかな関数で、かつ弱解、すなわち任意の $\phi\in C_0^1(Q)$ に対し (A.2) を満たせば、

\begin{eqnarray*}0
&=&
\int\!\!\!\int _Q(U\phi_t+F\phi_x)dxdt
\\ &=&
\int\!...
... _Q\phi(U_t+F_x)dxdt
\\ &=&
-\int\!\!\!\int _Q\phi(U_t+F_x)dxdt\end{eqnarray*}

となり、よって任意の $\phi\in C_0^1(Q)$ に対して

\begin{displaymath}
\int\!\!\!\int _Q\phi(U_t+F_x)dxdt=0
\end{displaymath}

となるので、命題 A.1 により $U$ は方程式 (A.1) を満たすことがわかる。 つまり、滑らかな関数に対しては、(A.1) を満たす 通常の解と弱解は同値であることがわかる。

しかもこの議論は局所化ができ、 もし $U$ が弱解で、その一部分が滑らかであるならば、 その部分にだけ台を持つテスト関数に対して今の計算を行えばわかるが、 結局、その滑らかな部分ではやはり (A.1) を 満たすことになる。 つまり、弱解は滑らかな部分では必ず (A.1) を 満たす必要があることがわかる。

又、上の計算と 4.2 節の計算を 見比べるとわかるが、 $U$ が弱解であり、不連続線 $x=d(t)$ の両側で滑らかで (よって (A.1) を満たし)、 $x=d(t)$ では第一種不連続であるならば、

図 A.3: $Q$$x=d(t)$
\includegraphics[height=0.2\textheight]{Q1Q2.eps}

\begin{eqnarray*}0
&=&
\int\!\!\!\int _Q(U\phi_t+F\phi_x)dxdt
\\ &=&
\left(\...
...rrowleft\hspace{-1.25em}\int _{\partial Q_2}(-U\phi dx +F\phi dt)\end{eqnarray*}

となるが、$\partial Q_1$, $\partial Q_2$ のうち $Q$ の境界である 部分では $\phi=0$ で、 よって $x=d(t)$ 上での積分だけが残ることになり、

\begin{eqnarray*}0
&=&
\int_{x=d(t)}(-U\phi d'(t)+F\phi dt)\Big\vert _{x=d(t)-...
...{x=d(t)+0}dt
\\ &=&
\int_{x=d(t)}\phi(t,d(t))\{[U]d'(t)-[F]\}dt\end{eqnarray*}

となるので、$\phi$ の任意性により

\begin{displaymath}[U]d'(t)=[F]
\end{displaymath}

すなわち、ランキン-ユゴニオ条件が導かれることになる。 逆に、$U$ が不連続線の両側で滑らかで (A.1) を満たし、 不連続線ではランキン-ユゴニオ条件を満たせば、 そこで弱解となることも上の計算よりわかる。

つまり、弱解は、

ということが言える便利な定義であることになる。

また、初期値問題

\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{ll}
U_t+F(U)_x=0 & (0<t<T,\ x\in R)\\
U(0,x)=U_0(x) & (x\in R)
\end{array}\right.\end{displaymath}

( $U_0(x)\in L^1_{loc}(R)$ は与えられた初期値) に対する弱解は、 次のように定義される。

任意の $\phi(t,x)\in C_0^1([0,T)\times R)$ に対し、

\begin{displaymath}
\int\!\!\!\int _Q\{U\phi_t+F(U)\phi_x\}dxdt
+\int_R\phi(0,x)U_0(x)dx = 0\end{displaymath} (A.120)

を満たすこと。

なお、$\phi$ $C_0^1([0,T)\times R)$ の関数となっているので、 $t=0$ での値 $\phi(0,x)$ は一般には (恒等的には) 0 ではない。

この定義も (A.2) の場合と同様の性質を持ち、 滑らかで $U(+0,x)=\lim_{t\rightarrow +0}U(t,x)$ を持つ $U(t,x)$ がこの弱解の定義を満たすことは、 (A.1)、およびほとんどすべての $x$ に対して $U(+0,x)=U_0(x)$ を満たすことと同値であることが容易にわかる。

本稿でこれまでに述べた膨張波や衝撃波、接触不連続、 およびそれらから構成されたリーマン問題の解は、 いずれも (A.3) を満たす弱解になっている。

ただし、これらの弱解の定義には 4.7 節で述べた ラックス条件のようなものは含まれないので、 物理的に認められない膨張衝撃波のようなものまで含まれてしまうし、 解の一意性が保証されない。 しかし、ラックス条件は、不連続性が第一種不連続な衝撃波として 明確に現われる部分でしか設定できないので、 一般の弱解に対してその条件を設定することは困難である。

よって、一般の弱解から物理的に意味のある弱解のみを選択するために、 ラックス条件に代わる何らかの条件を課す必要があるが、 それが B 節で与える エントロピー条件と呼ばれるものである。

竹野茂治@新潟工科大学
2018-08-01