4 オイラーの公式を用いない積の公式の証明

次は、(10), (11) の積の公式の 証明について考える。 本節では、まず、オイラーの公式を用いない証明法を検討する。

(10) と (11) は、一方を示せば、 他方はその $x$ の代わりに $x\pm\pi/2$ を代入すれば得られるので、 まずは積和の計算が楽そうな (11) の方を考える。 すなわち、

\begin{eqnarray*}\cos\alpha\cos\beta
&=&
\frac{1}{2}\{\cos(\alpha+\beta)+\cos(...
...\alpha+\beta-\gamma)
\\ &&
\mbox{ }+\cos(\alpha-\beta-\gamma)\}\end{eqnarray*}


のように、和だけでかつ $\cos$ だけで変形ができ、よって一般に
\begin{displaymath}
\prod_{k=1}^n\cos\alpha_j
=
\frac{1}{2^{n-1}}\sum_{\epsilon_j}\cos(\alpha_1+\epsilon_2\alpha_2
+\cdots+\epsilon_n\alpha_n)
\end{displaymath}

と書けることが容易にわかるからである。ここで、 $\epsilon_j=\pm 1$ であり、 $\sum_{\epsilon_j}$ は、$\epsilon_j$ の値のすべての組み合わせに対する $2^{n-1}$ 項の和である。 対称性を高めるために、これはさらに
\begin{displaymath}
\prod_{k=1}^n\cos\alpha_j
=
\frac{1}{2^n}\sum_{\epsilon_j...
...silon_1\alpha_1+\epsilon_2\alpha_2
+\cdots+\epsilon_n\alpha_n)\end{displaymath} (16)

と書き換えることもできる ($2^n$ 項の和)。

(11) の左辺を $G_n(x)$ と書くことにすると、 (16) により

\begin{eqnarray*}\lefteqn{G_n(x)\ = \ \prod_{k=1}^n\cos\left(x+\frac{2\pi}{n}\,k...
...t.
+\cos\left(-nx-\frac{2\pi}{n}(0+1+\cdots+(n-1))\right)\right]\end{eqnarray*}


のような積のない形に変形できることがわかる。 これを、$\cos$ の中に含まれる $(n-2k)x$ 毎に分類すると、 $0<k<n/2$ に対する $\cos((n-2k)x+\alpha)$ の形の和は消えるはずなので、 当初それは丁度 (8) の形、あるいはその定数倍 になっているのではないかと期待していた。 実際、例えば $n=5$ の場合、$G_5(x)$ には
$\cos(5x+\alpha)$ (1 項)、 $\cos(3x+\alpha)$ (5 項)、 $\cos(x+\alpha)$ (10 項)、
$\cos(-x+\alpha)$ (10 項)、 $\cos(-3x+\alpha)$ (10 項)、 $\cos(-5x+\alpha)$ (1 項)
の形の項が現れるが、 $\cos(3x+\alpha)$ の項は、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{%
\cos\left(3x+\frac{2\pi}{5}\times 10\right)
+\cos\...
...}{5}\right)
\\ &&
\mbox{ }
+\cos\left(3x+\frac{4\pi}{5}\right)\end{eqnarray*}


となり、確かに (8) により 0 になるし、 $\cos(x+\alpha)$ の形の項も、項数は 2 倍になるが、 (8) の形の項が 2 つずつでるのでやはり 0 になる。

なお、 $\cos(-x+\alpha)$ の形の項は $\cos(x+\alpha)$ の形の項と全く 同じ和になり、$-3x$, $-5x$ も同様である。

しかし、すべての $n$ に対してこうはならず、 $n$ によっては、 $\cos((n-2k)x+2j\pi/n)$ の項が、 $j$ に対して均等に現れない場合もあることがわかった。 例えば $n=8, 9$ でそうなるが、$n=9$, $k=3$ ( $\cos(3x+\alpha)$) の ときは、項数は全部で ${}_{9}\!C_{3}=84$ 個あり、 $j=1,2,4,5,7,8$ に対するものが 9 個ずつ、 $j=0,3,6$ に対するものは 10 個ずつあって $j$ に関して同数にはならない。 ただし、それによって確かにその和は

\begin{displaymath}
9\times g_9(3x)+(10-9)\times g_3(3x)
\end{displaymath}

となるので、やはり 0 になるのではあるが、 個数が $j$ に関して均等ではないとなると、 その証明は難しいと思われるので、 すべての $n$ に対して (16) を 用いて (11) を証明することは断念した。

しかし上の例から、このような不均衡は $n$ が合成数のために 起きていることが予想されたので、 次に考えたのは、まず奇素数の $n$ に対して、 (16) を用いて (11) を 証明することである。 この場合は $n=9$ の場合などとは違い、 $\cos((n-2k)x+2j\pi/n)$ の項が $j$ に対して均等に現れることを 示すことができるので (が、あまり易しくはない)、 $n$ が奇素数の場合は確かに (11) が成り立つことを 示すことができる。 しかもこの場合は $n$ が奇数なので右辺は一つの $\cos$ のみになる:

\begin{displaymath}
\prod_{k=0}^{n-1}\cos\left(x + \frac{2\pi}{n}\,k\right)
=
\frac{\cos nx}{2^{n-1}}
=
\frac{\cos nx}{(-2)^{n-1}}\end{displaymath} (17)

次に一般の $n$ の場合は、$n$ が奇素数 $p$ を因数に持てば、 $G_n(x)$

\begin{eqnarray*}G_n(x)
&=&
\prod_{k=0}^{pq-1}\cos\left(x + \frac{2\pi}{pq}\,...
...right)
\times\cdots\times
G_p\left(x+\frac{2\pi}{n}(q-1)\right)\end{eqnarray*}


のように、$p$ おきの角のグループに分けて考えると、 (17) により
$\displaystyle G_n(x)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{\cos px}{(-2)^{p-1}}
\cdot
\frac{\cos p(x+2\pi/n)}{(-2)^{p-1}}
\cdots
\frac{\cos p(x+2\pi(q-1)/n)}{(-2)^{p-1}}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{1}{(-2)^{pq-q}}\prod_{k=0}^{q-1}
\cos \left(px+\frac{2\pi}{q}\,k\right)
=
\frac{1}{(-2)^{n-q}}G_q(px)$ (18)

と直すことができ、$G_q$ に帰着させることができる。 このようにして、$n$ のすべての奇素数の素因数に対して同じことを 行えば、最後には奇素数 $q$ に対する $G_q$ か、 $q=2^m$ の形に対する $G_q$ が残ることになり、 前者の場合には (17) によって (11) が 示されることになる。

よってあとは $q=2^m$ の場合であるが、 この場合は、 まず $n=2^m$ に対して (10) が成り立つことを示し、 そこから $n=2^m$ に対して (11) が成り立つことを示して、 それを用いればよい。

今、(10) の左辺を $F_n(x)$ とすると、 $n=4j$ に対して $F_{4j}(x)$$\pi/2$ 毎に 4 つに分けて考えると、 倍角の公式により、

\begin{eqnarray*}F_{4j}(x)
&=&
\prod_{k=0}^{4j-1}\sin\left(x + \frac{2\pi}{4j}...
...k\pi}{4j}+\pi\right) \right\}
\\ &=&
\frac{1}{(-4)^j}F_{2j}(2x)\end{eqnarray*}


と変形できるので、これを繰り返せば、$n=2^m$ ($m\geq 2$) に対して
\begin{eqnarray*}F_{2^m}(x)
&=&
\frac{1}{(-4)^{2^{m-2}}}F_{2^{m-1}}(2x)
\ =\...
...}}(2^2x)
\ =\
\cdots
\\ &=&
\frac{1}{(-4)^{L}}F_{2}(2^{m-2}x)\end{eqnarray*}


とできる。ここで、$L$
\begin{displaymath}
L
= 2^{m-2} + 2^{m-3} + \cdots + 1
= 2^{m-1} - 1
= \frac{n}{2}-1
\end{displaymath}

なので $(-4)^L = -2^{n-2}$ だから、
\begin{displaymath}
F_{n}(x) = F_{2^m}(x) = \frac{-1}{2^{n-2}}F_2\left(\frac{n}{2}\,x\right)
\end{displaymath}

となる ($m\geq 2$)。ここで、
\begin{displaymath}
F_2(x) = \sin x\sin(x+\pi) = -\sin^2 x = \frac{1}{2}(\cos 2x - 1)
\end{displaymath}

なので、$n=2^m$ $(m\geq 1)$ に対して、
\begin{displaymath}
F_{n}(x) = F_{2^m}(x) = \left\{\begin{array}{ll}
\displayst...
...{n-1}}(1 - \cos nx) & (n\geq 4\mbox{ のとき})\end{array}\right.\end{displaymath}

となる。よって、$n=2^m\geq 4$ のときは
\begin{eqnarray*}G_{n}(x)
&=&
G_{2^m}(x)
\ =\
F_{2^m}\left(x+\frac{\pi}{2...
...n\pi}{2}\right)\right\}
\\ &=&
\frac{1}{2^{n-1}}(1 - \cos nx), \end{eqnarray*}


$n=2$ のときは
\begin{displaymath}
G_2(x) = -\cos^2 x = -\,\frac{1+\cos 2x}{2}
\end{displaymath}

となるので、よっていずれも
\begin{displaymath}
G_{n}(x) = G_{2^m}(x)
= \frac{1}{2^{n-1}}\left(\cos\frac{n\pi}{2} - \cos nx\right)
\end{displaymath}

と書けて、これにより $n=2^m$ の場合も (11) が 成り立つことがわかる。 そして、これと (18) を組み合わせれば、 すべての自然数 $n$ に対して (11) が成り立つことが示される。

あとは、奇素数に対して (11) が成り立つこと、 すなわち積を和の形に直したときに、 $\cos((n-2k)x+2\pi j/n)$ の項が $j$ に対して均等に現れることを 示すことであるが、 $n$ が素数であることを使えば一応それを示すことは可能ではあるが、 議論がかなり煩雑になる (ので、ここでは紹介しない)。

それに、ここまでの流れもかなり大変で、 この方向、すなわち $\cos$, $\sin$ だけを使い、 積和の公式などを用いて示す方法はかなり難しいことがわかる (が、単に私が易しい方法を思いつかないだけかもしれない)。

竹野茂治@新潟工科大学
2017年12月8日