6 S(k,r)

この節以降で、3 節で述べた方法での計算を行い、 それが 4 節での結果 (3) と一致することを確認する。 ただし、ここから先の話は元の問題からすれば本質的な話ではなく、 純粋に数学的な議論のみである。 また、この方針での計算はかなり大変であるので、 この後いくつかの節に分けて考察する。

3 節で考えたように、$k$ 回余計にかって $(m+k)$ 回で終わる確率は

\begin{eqnarray*}p_{m+k}
&=&
\frac{N-1}{N}\,\frac{N-2}{N}\cdots\frac{N-m+1}{N}...
... \end{array}\right)m!\frac{1}{N^k}S(k,m-1)\hspace{1zw}(1<m\leq N)\end{eqnarray*}


であるので、期待値 $\mu (N,m)$ は、
\begin{displaymath}
\mu(N,m)
=\sum_{k=0}^\infty (m+k)p_{m+k}
=\frac{m!}{N^m}\...
...\\ m \end{array}\right)\sum_{k=0}^\infty\frac{m+k}{N^k}S(k,m-1)\end{displaymath} (4)

となる。まずは、この $S(k,r)$$k$$r$ の式で表すところから始める。 なお、$m=1$ のときは明らかに $\mu(N,m)=1$ であるから、 以後 $1<m\leq N$ として考える。

3 節で見たように、$S(k,r)$ には、

$\displaystyle S(k,r)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \sum_{i=1}^r iS(k-1,i)$ (5)
$\displaystyle S(k,1)$ $\textstyle =$ $\displaystyle 1$ (6)

が成り立つ。 $S(1,r)=r(r+1)/2$ も言えていたが、これはむしろ (5) で
\begin{displaymath}
S(0,r)=1\end{displaymath} (7)

であるとすれば得られるので、(7) が成り立つとすればよい。 なお、(5) を この式の $r$$(r-1)$ とした式と比較してみればわかるが、
\begin{displaymath}
S(k,r)=S(k,r-1)+rS(k-1,r)\hspace{1zw}(k\geq 1,\ r\geq 2) \end{displaymath} (8)

が成り立つことに注意する。以後、この (6), (7), (8) から $S(k,r)$ を求めていくことにするが、 逆にこれを満たす $S(k,r)$ が一意に決定されることも容易にわかる。

さて、今 (8) で $r=2$ としてみると、 (6) より

\begin{displaymath}
S(k,2)
=S(k,1)+2S(k-1,2)
=2S(k-1,2)+1
\end{displaymath}

となるから、この両辺を $2^k$ で割れば、
\begin{displaymath}
\frac{S(k,2)}{2^k}=\frac{S(k-1,2)}{2^{k-1}}+\frac{1}{2^k}
\end{displaymath}

となるので、こ の式にこの式の $k$$(k-1)$ にしたものを代入する、 といったことを繰り返すことによって、
\begin{eqnarray*}\frac{S(k,2)}{2^k}
&=&
\frac{S(k-1,2)}{2^{k-1}}+\frac{1}{2^k}...
...+\frac{1}{2^k}
\\ &=&
\frac{1-1/2^{k+1}}{1-1/2}=2-\frac{1}{2^k}\end{eqnarray*}


となり、よって
\begin{displaymath}
S(k,2)=2\cdot 2^k-1\end{displaymath} (9)

が得られる。同様に、(8) で $r=3$ とすると
\begin{displaymath}
S(k,3)
=S(k,2)+3S(k-1,3)
=3S(k-1,3)+2\cdot 2^k-1
\end{displaymath}

となるので、$3^k$ で割れば
\begin{eqnarray*}\frac{S(k,3)}{3^k}
&=&
\frac{S(k-1,3)}{3^{k-1}}
+2\left(\fra...
...\left(\frac{2}{3}\right)^k-\frac{1}{2}+\frac{1}{2}\,\frac{1}{3^k}\end{eqnarray*}


より、
\begin{displaymath}
S(k,3)=\frac{9}{2}\cdot 3^k-4\cdot 2^k+\frac{1}{2}\end{displaymath} (10)

のようになる。この、(9), (10) より、
\begin{displaymath}
S(k,r)=\sum_{j=1}^r a_{r,j} j^k
=a_{r,1}\cdot 1^k+a_{r,2}\cdot 2^k+\cdots+a_{r,r}\cdot r^k\end{displaymath} (11)

の形であることが想像される。

もし、この (11) を (8) に代入して、 (6), (7), (8) を満たすように矛盾なく $a_{r,j}$ を決定できれば、 前に述べたようにそれを満たす $S(k,r)$ は一意であるから、 それで $S(k,r)$ が得られることになる。

(11) を (8) に代入すると、

\begin{displaymath}
\sum_{j=1}^r a_{r,j}j^k
=
\sum_{j=1}^{r-1} a_{r-1,j}j^k +r\...
...{r-1}\left(a_{r-1,j}+\frac{r}{j}a_{r,j}\right)j^k
+a_{r,r}r^k
\end{displaymath}

となる。よって、 $1\leq j\leq r-1$ に対して、
\begin{displaymath}
a_{r,j}=a_{r-1,j}+\frac{r}{j}\,a_{r,j}
\end{displaymath}

であればよく、これは、
\begin{displaymath}
a_{r,j}=\frac{-j}{r-j}\,a_{r-1,j}
\end{displaymath}

を意味するので、
\begin{eqnarray*}a_{r,j}
&=&
\frac{-j}{r-j}\,a_{r-1,j}
=
\frac{-j}{r-j}\,\f...
... &=&
\frac{-j}{r-j}\,\frac{-j}{r-1-j}\cdots\frac{-j}{1}\,a_{j,j}\end{eqnarray*}


となり、
\begin{displaymath}
a_{r,j} = \frac{(-j)^{r-j}}{(r-j)!}\,a_{j,j}\end{displaymath} (12)

となることになる。この $a_{j,j}$ は次のように決定できる。 (11) に $k=0$ を代入すると (7) より
\begin{displaymath}
S(0,r)=\sum_{j=1}^r a_{r,j}=1
\end{displaymath}

となるが、ここに (12) を代入して
\begin{displaymath}
\sum_{j=1}^r \frac{(-j)^{r-j}}{(r-j)!}a_{j,j}=1\hspace{1zw}(r\geq j)\end{displaymath} (13)

が得られるが、 この (13) から次々 $a_{j,j}$ を求めることができる。 例えば、(13) に $r=1$ を代入すれば
\begin{displaymath}
\frac{(-1)^0}{0!}a_{1,1}=1
\end{displaymath}

より $a_{1,1}=1$ となり、$r=2$ を代入すると、
\begin{displaymath}
\frac{(-1)^1}{1!}a_{1,1}+\frac{(-2)^0}{0!}a_{2,2}=1
\end{displaymath}

となるので、 $a_{2,2}=a_{1,1}+1=2$ と求まる。以下、計算すると、
\begin{displaymath}
a_{3,3}=\frac{9}{2}=\frac{3^2}{2},
\ a_{4,4}=\frac{32}{3}=\frac{4^3}{6},
\ a_{5,5}=\frac{625}{24}=\frac{5^4}{24}
\end{displaymath}

のようになるので、
\begin{displaymath}
a_{j,j}=\frac{j^{j-1}}{(j-1)!}=\frac{j^j}{j!}\end{displaymath} (14)

となることが予想される。 これは実際に、(13) と帰納法を用いれば証明できる。 $j<r$ まで (14) が成り立つとすれば、 (13) により $a_{r,r}$ は、
\begin{displaymath}
a_{r,r}
=
1-\sum_{j=1}^{r-1} \frac{(-j)^{r-j}}{(r-j)!}\,\fra...
...\left(\begin{array}{c} r \\ j \end{array}\right)\frac{j^r}{r!}
\end{displaymath}

となる。ここで、
\begin{displaymath}
\sum_{j=0}^r\left(\begin{array}{c} r \\ j \end{array}\right)(-1)^{r-j}j^r=r!\end{displaymath} (15)

であることを用いれば、
\begin{eqnarray*}a_{r,r}
&=&
1-\frac{1}{r!}\left\{\sum_{j=0}^r (-1)^{r-j}\left...
...ight)r^r-0\right\}
\\ &=&
1-\frac{1}{r!}(r!-r^r)=\frac{r^r}{r!}\end{eqnarray*}


となるので、帰納法により (14) が成り立つことになる。

(15) は、母関数の方法を用いて以下のように証明できる。 二項定理により、

\begin{displaymath}
f_1(x)
=\sum_{j=0}^r\left(\begin{array}{c} r \\ j \end{array}\right)(-1)^{r-j}e^{jx}
=(e^x-1)^r
\end{displaymath}

であるが、 $(e^{jx})^{(r)}=j^r e^{jx}$ なので (15) は $f_1^{(r)}(0)$ に等しいことになる。

一方、テイラー展開を考えると、

\begin{eqnarray*}f_1(x)
&=&
(e^x-1)^r
=
\left(x+\frac{x^2}{2!}+\frac{x^3}...
...lefteqn{(O(x^{r+1})\mbox{ は $(r+1)$\ 次以上の項の和を意味する})}\end{eqnarray*}


となるので $f_1^{(r)}(0)=r!$ となり、 これで (15) が示されたことになる。

結局、(11), (12), (14) により、

\begin{displaymath}
S(k,r)
=\sum_{j=1}^r\frac{(-j)^{r-j}}{(r-j)!}\,\frac{j^j}{...
...ft(\begin{array}{c} r \\ j \end{array}\right)\frac{j^{r+k}}{r!}\end{displaymath} (16)

となる。 これは、$r=1$ とすると
\begin{displaymath}
S(k,1)=(-1)^0\left(\begin{array}{c} 1 \\ 1 \end{array}\right)\frac{1^{1+k}}{1!}=1
\end{displaymath}

となり (6) も満たすので、 (6), (7), (8) を矛盾なく満たすことになり、 確かに (16) が成り立つことがわかる。

竹野茂治@新潟工科大学
2008年5月24日