9 最速であることの証明

変分法は、汎関数の最小を与える関数の候補を導くだけで、 実際にそれが本当に最小を与えているのかについては、 別の考察が必要となる。 汎関数の凸性を利用する方法などもあるようだが、 本節では、実際に逆さサイクロイドが最小値を与えることの 証明を紹介する。

本来、変分問題の最小性の証明は易しくはないが、 最速降下線問題については、初等的な証明も知られている。

[2], [11] でも紹介されている [6] の証明は シュワルツの不等式を利用した非常にシンプルなものであるが、 これは A と B が水平な位置にある場合、 すなわち $0\leq\theta\leq 2\pi$ の逆さサイクロイド全体が解になる 場合にしか適用できない。

一方、[7] はわずか 2 ページの論文だが、 その証明は A, B の一般の位置に対するもので、 シュワルツの不等式に少し追加した不等式を用いることで、 初等的で非常に鮮やかな証明を行っている。

本節では、[7] に習い、 しかしその証明の流れを少し変えた証明を紹介する。 目標は、

\begin{displaymath}
\sqrt{2g}\,T = \int_0^L\sqrt{\frac{1+(f'(x))^2}{H-f(x)}}\,dx\end{displaymath} (52)

を最小化する関数 $f$ が逆さサイクロイドであることを示すことである。 $f$ は、$f(0)=H$, $f(L)=0$ で、$0<x<L$ では $f(x)<H$ を満たす、 滑らかな関数とする。

$H-f(x)=h(x)$ と書けば、(52) は、

\begin{displaymath}
J_1(h) = \int_0^L\sqrt{\frac{1+(h')^2}{h}}\,dx,
\hspace{1zw}(h(0)=0,\hspace{0.5zw}h(L)=H,\hspace{0.5zw}h(x)>0\ (0<x<L)) \end{displaymath} (53)

と書くことができ、そしてこれを最小化するのがサイクロイド関数
\begin{displaymath}
\hat{h}(x) = \alpha_0\mathrm{cyc}\left(\frac{x}{\alpha_0}\right)
\end{displaymath}

であることを示す。 ここで $\alpha _0$ は、7 節で見たように、
\begin{displaymath}
L = \alpha_0(\theta_0-\sin\theta_0),
\hspace{1zw}H = \alpha_...
...eta_0)
\hspace{1zw}(\alpha_0>0,\hspace{0.5zw}0<\theta_0< 2\pi)
\end{displaymath}

によって $\theta_0$ とともに一意に決まるものである。

シュワルツの不等式

\begin{displaymath}
\sqrt{\xi^2+\eta^2}\sqrt{a^2+b^2}\geq a\xi+b\eta\end{displaymath} (54)

は、良く知られているように $(a,b)//(\xi,\eta)$ のときに等号が成立する。 これを用いると、
\begin{displaymath}
\sqrt{\frac{1+(h')^2}{h}}\sqrt{\frac{1+(\hat{h}')^2}{\hat{h}}}
\geq \frac{1+h'\hat{h}'}{\sqrt{h\hat{h}}}\end{displaymath} (55)

となる。これをさらに、以下のように変形する。
\begin{displaymath}
\sqrt{\frac{1+(h')^2}{h}}
\geq \sqrt{\frac{1+(\hat{h}')^2}...
...at{h}')^2}{\hat{h}}}}
- \sqrt{\frac{1+(\hat{h}')^2}{\hat{h}}}\end{displaymath} (56)

そして、右辺の後の方の 2 項の和を $I_2$ とする。
\begin{displaymath}
I_2 = \frac{1}{\sqrt{1+(\hat{h}')^2}}
\left(\frac{1}{\sqrt...
...t{h}}\,\hat{h}'\right)
- \sqrt{\frac{1+(\hat{h}')^2}{\hat{h}}}\end{displaymath} (57)

ここからの証明の方針は以下の通り。 (56) より、
\begin{displaymath}
J_1(h)
= \int_0^L\sqrt{\frac{1+(h')^2}{h}}\,dx
\geq
\int_0...
...h}}}\,dx
+ \int_0^L I_2\,dx
=
J_1(\hat{h}) + \int_0^L I_2\,dx
\end{displaymath}

となるが、$I_2$ $I_3(0)=I_3(L)=0$, $I_4(x)\geq 0$ と なる $I_3(x)$, $I_4(x)$ により、
$I_2=I_3'(x) + I_4(x)$ の形に分けることができて、よって、
\begin{displaymath}
\int_0^L I_2\, dx
= \int_0^L I_3'\, dx + \int_0^L I_4\, dx
= I_3(L)-I_3(0) + \int_0^L I_4\, dx
\geq 0
\end{displaymath}

となり、よって $J_1(h)\geq J_1(\hat{h})$ が成り立つことになるので、 $h=\hat{h}$ のときに $J_1$ が最小となることが示される。 さらに、その等号成立の条件を検討すると、 $h=\hat{h}$ 以外にはその最小を与える関数がないことも示される。

以下では $I_2$ を上の形に分けることを考える。 まず、$\hat{h}$ をパラメータ $\theta$ で表せば、

\begin{displaymath}
\hat{h}=\alpha_0(1-\cos\theta),
\hspace{1zw}x = \alpha_0(\theta-\sin\theta)
\end{displaymath}

で、5 節で計算したように、
\begin{displaymath}
\hat{h}' = \frac{\sin\theta}{1-\cos\theta},
\hspace{1zw}
1+(\hat{h}')^2 = \frac{2}{1-\cos\theta}
\end{displaymath}

となり、よって、
\begin{eqnarray*}I_2
&=&
\sqrt{\frac{1-\cos\theta}{2}}\left(\frac{1}{\sqrt{h}}...
...c{\theta}{2}
- \sqrt{\frac{2}{\alpha_0}}\,\frac{1}{1-\cos\theta}\end{eqnarray*}


となる。 よって、$I_3$ を作るために、
\begin{displaymath}
I_2
= 2\left(\sqrt{h}-\sqrt{\hat{h}}\right)'\cos\frac{\thet...
...\theta}{2}
- \sqrt{\frac{2}{\alpha_0}}\,\frac{1}{1-\cos\theta}
\end{displaymath}

と変形すると、
\begin{eqnarray*}\left(\sqrt{\hat{h}}\right)'
&=&
\frac{\hat{h}'}{2\sqrt{\hat{...
...isplaystyle \cos\frac{\theta}{2}}{\sqrt{2\alpha_0}(1-\cos\theta)}\end{eqnarray*}


より、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{2\left(\sqrt{\hat{h}}\right)'\cos\frac{\theta}{2}
- \...
...\sqrt{2\alpha_0}(1-\cos\theta)}
=
-\,\frac{1}{\sqrt{2\alpha_0}}\end{eqnarray*}


となるので、
\begin{displaymath}
I_2
= 2\left(\sqrt{h}-\sqrt{\hat{h}}\right)'\cos\frac{\thet...
...{\sqrt{h}}\,\sin\frac{\theta}{2}
-\,\frac{1}{\sqrt{2\alpha_0}}
\end{displaymath}

となる。よって、$I_3$
\begin{displaymath}
I_3 = 2\left(\sqrt{h}-\sqrt{\hat{h}}\right)\cos\frac{\theta}{2}\end{displaymath} (58)

とすると、
\begin{displaymath}
I_2
= I_3'
- 2\left(\sqrt{h}-\sqrt{\hat{h}}\right)
\left(\...
...{\sqrt{h}}\,\sin\frac{\theta}{2}
-\,\frac{1}{\sqrt{2\alpha_0}}
\end{displaymath}

となるが、
\begin{displaymath}
\left(\cos\frac{\theta}{2}\right)'
= \frac{d}{dx}\left(\cos\...
...tyle -\frac{1}{2}\sin\frac{\theta}{2}}{\alpha_0(1-\cos\theta)}
\end{displaymath}

なので、$I_4$ は、
\begin{displaymath}
I_4
= I_2 - I_3'
=
\frac{\sqrt{h}-\sqrt{\hat{h}}}{\alpha_0...
...{\sqrt{h}}\,\sin\frac{\theta}{2}
-\,\frac{1}{\sqrt{2\alpha_0}}
\end{displaymath}

とすることになる。ここで
\begin{displaymath}
\frac{\sqrt{\hat{h}}}{\alpha_0(1-\cos\theta)}\,\sin\frac{\th...
...s\theta)}
\,\sin\frac{\theta}{2}
=
\frac{1}{\sqrt{2\alpha_0}}
\end{displaymath}

より、結局 $I_4$
\begin{displaymath}
I_4
=
\frac{\sqrt{h}}{\displaystyle 2\alpha_0\sin\frac{\th...
... \sin\frac{\theta}{2}}{\sqrt{h}}
-\,\frac{2}{\sqrt{2\alpha_0}}
\end{displaymath}

と書ける。この最初の 2 項に相乗・相加平均の不等式を用いると、
\begin{displaymath}
I_4
\geq
2\sqrt{\frac{\sqrt{h}}{\displaystyle 2\alpha_0...
...frac{2}{\sqrt{2\alpha_0}}
\,-\,\frac{2}{\sqrt{2\alpha_0}}
= 0\end{displaymath} (59)

が得られる。 $I_3(0)=I_3(L)=0$ も、 (58) の形と $h$ が 満たすべき境界条件により成り立つので、 これで上の方針通り、 $J_1(h)\geq J_1(\hat{h})$ が示されたことになり、 サイクロイドが最小値を与えることが示された。

次に、この等号成立の条件であるが、 それはシュワルツの不等式 (55) と、 相乗・相加平均の不等式 (59) の両方の等号が 積分範囲のすべての $x$、すなわち $0<x<L$ で成り立つこと、となるが、 シュワルツの不等式の方の等号は、 $(1,h)//(1,\hat{h})$ を意味するので、 これは $0<x<L$$h=\hat{h}$ でなければいけないことを意味する。 つまり、こちらの条件だけで $J_1(h)=J_1(\hat{h})$ となる $h$$h=\hat{h}$ 以外にないことがわかる。

ちなみに、相乗・相加平均の不等式

\begin{displaymath}
\frac{a+b}{2}\geq \sqrt{ab}
\end{displaymath}

の等号成立条件は $a=b$ なので、こちらは、
\begin{displaymath}
\frac{\sqrt{h}}{\displaystyle 2\alpha_0\sin\frac{\theta}{2}}
= \frac{\displaystyle \sin\frac{\theta}{2}}{\sqrt{h}}
\end{displaymath}

となるが、これは、
\begin{displaymath}
h
= 2\alpha_0\sin^2\frac{\theta}{2}
= \alpha_0(1-\cos\theta)
= \hat{h}
\end{displaymath}

となり、こちらも実は $h=\hat{h}$ のときにのみ 等号が成立することがわかる。

竹野茂治@新潟工科大学
2016年1月8日