2 定式化と問題点

まずあらためて [1] で示したこと、 および本稿で示すことなどについて説明する。

[1] では、二項分布 $B(n,p)$ ($n$ は自然数、$0<p<1$) に従う 確率変数 $x$ に対し、 その平均 $\mu_n=np$、標準偏差 $\sigma_n=\sqrt{npq}$ ($q=1-p$) に 対して $u=(x-\mu_n)/\sigma_n$$p$ を固定したときに、 その $n\rightarrow\infty$ のときの確率関数 $p_n(x)$$\sigma_n$ の積の 極限が、標準正規分布の密度関数 $f_0(u)$ に収束すること、すなわち

  $\displaystyle
\lim_{n\rightarrow \infty}{\sigma_np_n(x)}
= \lim_{n\rightarro...
...\ x\end{array}\right)p^xq^{n-x}}
= f_0(u)
= \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\,e^{-u^2/2}$ (1)
を、スターリングの公式を用いて説明した。 しかし、$x$ は本来 $0\leq x\leq n$ の整数の値のみを取る変数であるが、
  $\displaystyle
u=\frac{x-\mu_n}{\sigma_n}=\frac{x-np}{\sqrt{npq}}$ (2)
$p$ を固定した場合には一般には $x$ は整数にはならず、 厳密にはその議論に修正が必要である。それは 5 節で行う。

また、(1) は各点収束の意味での ド・モアブル=ラプラスの中心極限定理であるが、 分布関数の意味での中心極限定理は、任意の実数 $t$ に対して、

  $\displaystyle
\lim_{n\rightarrow \infty}{\mathrm{Prob}\left\{\frac{x-\mu_n}{\s...
...\begin{array}{c}n\\ k\end{array}\right)p^kq^{n-k}}
= \int_{-\infty}^t f_0(u)du$ (3)
が成り立つことである。(3) の右辺は、 標準正規分布の分布関数なので、 よって二項分布のある意味での標準化 ( $(x-\mu_n)/\sigma_n$) の分布関数の 極限が、 標準正規分布の分布関数に収束することを意味している。

この式は、形式的にはほぼ各点収束の極限の式 (1) を、 $(-\infty,t]$ の範囲で両辺積分した形になっているのであるが、 その積分は無限幅での広義積分なので、 その積分と $n$ に関する極限との順序交換ができるという保証を与えなければ その厳密な証明にはならない。$[s,t]$ のような有限な範囲での積分した形、 すなわち

$\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{\mathrm{Prob}\left\{s\leq\frac{x-\mu_n}{\sigma_n}\leq t\right\}}
=\int_s^t f_0(u)du
$
を示した上で $s\rightarrow -\infty$ とするのも同じで、 やはり $s$ の極限と $n$ の極限の順序交換可能の保証が必要となる。

例えば、 $g_0(x)=1/(1+x^2)$

$\displaystyle \int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}g_0(x)dx = \pi
$
なので、 $g_n(x) = g_0(x-n)$ に対し
  $\displaystyle
\lim_{n\rightarrow \infty}{\int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}g...
...lim_{n\rightarrow \infty}{\int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}g_0(x-n)dx} = \pi$ (4)
となるが、これは積分と $n$ の極限を入れ替えた式
  $\displaystyle
\int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}\lim_{n\rightarrow \infty}{g_n(x)}dx
= \int 0 dx = 0$ (5)
には一致しない。

積分範囲が有限であれば、関数が一様収束すれば積分の極限と 極限の積分は一致するが、積分範囲が無限である広義積分では それでは不十分である。

本稿では、それを保証するために以下のルベーグ収束定理を用いる。


定理 1

$g_n(x)$ が各 $x$ に対して

  $\displaystyle
\lim_{n\rightarrow \infty}{g_n(x)}=h_0(x)
$ (6)
に収束し、$n$ に無関係な $h_1(x)$ があって、
  $\displaystyle
0\leq g_n(x)\leq h_1(x)\hspace{0.5zw}(x\in\mbox{\boldmath R}, n\geq 1),
\hspace{1zw}\int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}h_1(x)dx<\infty
$ (7)
となるとき、$g_n(x)$$h_0(x)$ $\mbox{\boldmath R}$ 上可積分で、
  $\displaystyle
\lim_{n\rightarrow \infty}{\int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}g_n(x)dx}=\int_{\mbox{\boldmath\scriptsize R}}h_0(x)dx
$ (8)


本来ルベーグ収束定理は、 正でない値を取る関数にも適用できるのであるが、 本稿では正の関数だけ考えれば十分であるので、この形で紹介しておく。 また、上の $g_0(x)=1/(1+x^2)$ の例の場合は、 (6) は満たしているが、 (7) を満たすような $h_1(x)$ を 取ることができないため、(8) が 成り立たない。

よって、分布関数の収束性を示すためには、 (7) を満たすような $h_1(x)$ の 存在を示すことが必要となる。 それは 6 節で考える。

竹野茂治@新潟工科大学
2022-09-09