9 懸垂線

最後に、$y=\cosh x$ のグラフと懸垂線の関係を紹介しよう。 懸垂線とは、 一様な重さを持つ細長い線を張ったときに 自分の重みによって自然にたわんでできる曲線の形を言い、 電線や首のネックレスなどがこの曲線の形になる。

その線の単位長さ当たりの質量 (線密度) を $\rho$ とし、 これは場所によらず一定であるとする。 線を両端を点 $A$$B$ に固定したときにできる曲線を $y=y(x)$ とする (図 6)。

図 6: 懸垂線 $y=y(x)$
\includegraphics[height=6cm]{graph6.eps}

まず、各点 $(x,y(x))$ には、接線方向に左右に張力が働くが、 一点の線の質量は 0 であるから重力は働かないので、 その一点には左右の張力しか働かない。 よって釣り合って静止している線では左右の張力も釣り合っているはずである。 よってその右向きの張力を $\mbox{\boldmath$T$}(x)$ とすると、 左向きの張力は $-\mbox{\boldmath$T$}(x)$ となる。 張力は、曲線 $y=y(x)$ に接するので、接線方向のベクトル $(1,y'(x))$ に平行で、 よって、正のあるスカラー関数 $\alpha(x)$ を用いて

\begin{displaymath}
\mbox{\boldmath$T$}(x)=\alpha(x)(1,y'(x))\end{displaymath} (54)

と書ける。

次に、$x$ から $x+\Delta x$ の、 短い幅の線の一部分にかかる力の釣り合いを考えると、 この部分には、

の 3 つの力がかかることになるが、 釣り合って静止している線ではもちろんこれらが釣り合うので、
\begin{displaymath}
\mbox{\boldmath$T$}(x+\Delta x)-\mbox{\boldmath$T$}(x)+\rho g\Delta\ell(0,-1)=\mbox{\boldmath$0$}\end{displaymath} (55)

が成り立つことになる。ここで、$\Delta\ell$ はこの部分の線の長さで、 $\rho$ の定義より $m=\rho\Delta\ell$ となる。

(55) の両辺を $\Delta x$ で割って、 $\Delta x\rightarrow 0$ の極限を考えると、

\begin{displaymath}
\frac{\Delta\ell}{\Delta x}
\approx\frac{\sqrt{(\Delta x)^2+...
...}{\Delta x}
=\sqrt{1+\left(\frac{\Delta y}{\Delta x}\right)^2}
\end{displaymath}

なので、 $\Delta x\rightarrow 0$ のときに
\begin{displaymath}
\frac{\Delta\ell}{\Delta x}\rightarrow\sqrt{1+(y'(x))^2}
\end{displaymath}

となる。一方、(54) より
\begin{eqnarray*}\lefteqn{\frac{1}{\Delta x} (\mbox{\boldmath$T$}(x+\Delta x)-\...
...alpha(x)y'(x))')
=
(\alpha'(x),\alpha'(x)y'(x)+\alpha(x)y''(x))\end{eqnarray*}


となるから、結局次の式が成り立つことになる。
\begin{displaymath}
(\alpha'(x),\alpha'(x)y'(x)+\alpha(x)y''(x))
+ \rho g\sqrt{1+(y'(x))^2} (0,-1) = (0,0)\end{displaymath} (56)

この式 (56) の $x$ 成分は、
\begin{displaymath}
\alpha'(x)=0
\end{displaymath}

を意味するので結局 $\alpha(x)$ は定数であることになり、 それを $\alpha_0 (>0)$ とおけば、(56) の $y$ 成分は
\begin{displaymath}
\alpha_0 y''(x)-\rho g\sqrt{1+(y'(x))^2}=0
\end{displaymath}

となり、よって懸垂線 $y=y(x)$ の満たすべき常微分方程式
\begin{displaymath}
y'' = k\sqrt{1+(y')^2}\hspace{1zw}\left(k=\frac{\rho g}{\alpha_0}>0\right)\end{displaymath} (57)

が得られることになる。

方程式 (57) は 2 階の微分方程式であるから、 その一般解は 2 つの任意定数を持つことになるが、 それは実は次の式で与えられることが知られている ($C_1$, $C_2$ が任意定数)。

\begin{displaymath}
y=\frac{1}{k} \cosh(kx+C_1)+C_2\end{displaymath} (58)

方程式 (57) から解 (58) を導くのは容易ではないが2、 関数 (58) が方程式 (57) を満たすことを確認するのは容易であるので、その計算をしてみよう。

合成関数の微分と (11) を用いて (58) を微分すれば、容易に

\begin{displaymath}
y' = \sinh(kx+C_1),\hspace{1zw}
y'' = k\cosh(kx+C_1)
\end{displaymath}

が得られる。よって (5) より、
\begin{displaymath}
\sqrt{1+(y')^2}
= \sqrt{1+\{\sinh(kx+C_1)\}^2}
= \cosh(kx+C_1)
\end{displaymath}

となるので、この $y$ が (57) を満たすことがわかる。

(58) は、$y=\cosh x$ のグラフを $x$ 方向、 $y$ 方向ともに $1/k$ 倍して平行移動したものであり、 よって $y=\cosh x$ も懸垂線の一つであることになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2010年3月19日