5 より小さい勾配への帰着

3 節で述べたように、 $H$ が 1 以下というだけではまだ不十分なので、 より小さな $H$ に帰着させることを考える。

4 節と同様にして、次は $\tan(\pi/4-\theta)$ を考える。 加法定理 (5) により、

\begin{displaymath}
\tan\left(\frac{\pi}{4}-\theta\right)
=\frac{\tan(\pi/4)-\tan\theta}{1+\tan(\pi/4)\tan\theta}
=\frac{1-H}{1+H}
\end{displaymath}

なので、
\begin{displaymath}
\frac{\pi}{4}-\theta
=\arctan\frac{1-H}{1+H}\end{displaymath} (7)

が得られる。 よって、今度は $H$$(1-H)/(1+H)$ の小さい方を使えることになる。

$(1-H)/(1+H)$$0\leq H\leq 1$ に対して 1 から 0 に単調減少し、

\begin{displaymath}
H=\frac{1-H}{1+H}
\end{displaymath}

となる $H$ はこの範囲では $H=\sqrt{2}-1$ のみである。よって、
\begin{displaymath}
\begin{array}{ll}
0\leq H<\sqrt{2}-1 & \displaystyle \Right...
...splaystyle \Rightarrow H>\sqrt{2}-1>\frac{1-H}{1+H}
\end{array}\end{displaymath}

となり、$H=\sqrt{2}-1$ を境に分かれることになる。 なお、丁度 $H=\sqrt{2}-1$ のときは、 $\pi/4-\theta=\theta$ であり、よって $\theta=\pi/8$ となる。

結局、 $\sqrt{2}-1<H\leq 1$ のときは、

\begin{displaymath}
H_3=\frac{1-H}{1+H}
\end{displaymath}

に対して
\begin{displaymath}
\theta_3=\arctan H_3
\end{displaymath}

とすれば $\theta=\pi/4-\theta_3$ と求めることができるので、 これで $\arctan H$ の計算は $0\leq H\leq\sqrt{2}-1\approx 0.414$ の場合に帰着されることになる。

なお、実際のプログラムでは、$H$$\sqrt{2}-1$ とを比較する代わりに $H$$(1-H)/(1+H)$ とを比較するようにすれば、 $\sqrt{2}$ のような無理数の値を保持しておく必要はなくなる。

ここまでの考察によって、$\arctan$ の展開式 (1) は $0\leq H\leq\sqrt{2}-1$ に対して使えばいいことになるので、 例えば (1) の最初の 4 項

\begin{displaymath}
\arctan x \approx x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}
\end{displaymath}

を使うのであれば、その誤差はその次の項 $x^9/9$ にほぼ等しく、 よってその最大誤差は
\begin{displaymath}
\frac{\tan^9(\pi/8)}{9}
=\frac{(\sqrt{2}-1)^9}{9}\approx 4.0\times 10^{-5}\end{displaymath} (8)

程度ということになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2009年1月18日