7 応用
行列乗は、定数係数線形微分方程式への応用が有名である。
その基礎から少し紹介する。
定数係数の線形微分方程式には、例えば
(16)
のように単独の方程式 (2 階単独) や、
(17)
のように連立 (2 階 2 未知連立) の方程式もあるが、
未知関数の数を増やせば、すべて 1 階の連立微分方程式
(18)
に変形できるし、
逆に未知関数を減らすことで 1 未知関数 1 本の 階
微分方程式
(19)
の形に帰着させることもできる。
例えば、(16) は、 (: 未知) とすれば、
より
(20)
の 1 階連立になるし、(17) は , と
すれば
(21)
の 1 階連立となる。
逆に、(17) から (または ) を
消去して の 4 階微分方程式を作ることもできる。
それには、演算子法を利用すると便利だが、その詳しい説明は
微分方程式の本を参照してもらうことにして、
その計算だけを紹介する。
(17) は微分演算子 を用いて
と書けるので、 を消去すれば、
となるので、
より、
(22)
が得られる。
よって、1 階連立方程式 (18) を
解くことと 階単独方程式 (19) を解くことは
実質的に同じで、
微分方程式の本では通常どちらかの解法のみを紹介し、
他方の方程式はそちらに変換する方法を紹介する、というのが普通である。
一般的には、より解法を重視する工学系の教科書では
単独方程式 (19) の方で解法を紹介し、
理論を重視する理学系の教科書では
連立方程式 (18) の方で解法を紹介することが
多いように思う。
それは、連立方程式 (18) の解法には行列の理論、
特に の話が必要になるからだと思われる。
単独方程式 (19) の場合は、
行列を使用せずに特性方程式 (連立方程式 (18) の
場合の固有方程式に対応する) を解くことで、代入法や定数変化法、演算子法、
ラプラス変換などにより行列を用いずに解を求めることができる。
なお、(18) や (19) の
係数 が定数でない場合、すなわち の既知関数である場合は、
方程式の解法は特殊な場合にしか存在せず、問題はかなり難しい。
本節では定数係数の場合のみ扱う。
方程式に現れる既知関数 がすべて 0 である場合の方程式を斉次形、
一つでも 0 でないものがある場合は非斉次形と呼ぶ。
とすると、(18) は
(23)
と書けるが、その初期値問題、すなわち初期条件
(すなわち
) を満たす解を考える。
の斉次方程式の場合、 の初期値問題の解は、
一意的に
(24)
と書ける。それは、斉次方程式 の両辺に を左からかけると、
定理 5.3 により、
となり、
となるので は
定数行列であることになる。よって
となるので、
両辺に をかければ (24) が得られる。
より一般の非斉次方程式の場合は、
となるので、 に関して から まで両辺を積分すると
となり、両辺 倍して移項すれば、
(25)
が得られる。
いずれも、 の計算によって解がシンプルな形で表現されることになる。
さて、これらを用いて、実際に (20) の
初期値問題
(26)
および (21) の初期値問題
(27)
の解を求めてみる。
(20) は、
と書けるので、初期値問題の解は、
(28)
となる。 の固有値は、
より , 、固有ベクトルは
となる。よって は対角化可能で、
により
となる。よって、
となる。これにより
であり、また、積分の項は、
となるが、この最後の項を
とし、
, と略して書くと、
となるので、結局、
となる。よって、初期値問題 (20), (26) の解は、(28) より
となることがわかる。この最後の式から となること、 のとき
, となることが容易に確認できる。
しかし、ここまでの手順はかなり長く、(16) を
単独方程式のまま特性方程式と代入法などで解く方がはるかに
短く容易である。
次は、(21) を考える。
こちらは最後までは計算しないが、
ジョルダン標準形位までは求めてみる。
この場合は、
となる。まずは の固有値から。
より、固有値は 、 (重複度 3) となる。
の固有空間は 1 次元で、固有ベクトル 1 つを求めればよい。
固有ベクトルの方程式は、
なので、行を入れかえてから逆順に消去法を行うと、
となるので、 とすれば , , より
固有ベクトル
が求まる。 は と取ればよい。
次は の固有ベクトルを考える。この場合は、
固有空間の次元は 3 以下だが、
なので、 に対する固有ベクトルは、
であり、固有空間の次元は 1 となる。これも とすればよい。
固有値 の重複度は 3 なので、この場合、
となる広義固有ベクトル
を取る必要がある。
なお、当然これらも一意に決定するわけではなく、例えば
は、
の の自由度を持つ解が求まり、
はその に対してさらに
の の自由度を持つ解が求まるはずである。
これらもとりあえずは のように適当に固定してよい。
まずは
を求める。
方程式
の解を求めるには、
拡大係数行列
の
消去法を行う。実際には の部分の変形なので、その手順は
の
計算と同じで、違うのは一番右側の列のみとなる。
となるので、 に対して , , となり、
となる。ここで としたものを
とする。
最後は
を求める。分数を消すために、方程式を 2 倍して、
と考え、
を求める計算を行う。
なので、
は
となる。これも とすれば
は
となり、ジョルダン標準形は、
となる。次は を求める。これも消去法で計算するが、
() の両辺を 2 倍して、 に対する拡大係数行列の
消去法を行い、なるべく分数計算を避けて計算する。
よって、
となる。定理 6.1 より、
となり、よって
となる。
あとは前と同様にして
で が求まり、
(25) を使えば が求まる、
ということになる。
しかし、この先もかなり大変な計算が待っていることが想像できる。
公式 (24), (25) は
一見シンプルな形であり、理論展開には便利で重要だが、
具体的な計算に向くかといえばそうでもなく、
特に大きな ではあまり実用的ではないことが
これらの例からもわかる。
具体的な計算目的なら、むしろ単独方程式の方を特性方程式と代入法や
定数変化法 (やラプラス変換) などで解く方が易しい場合が多いだろう。
竹野茂治@新潟工科大学
2022-05-02