10 積分

最後に、$e^{At}$ の積分について紹介する。 簡単なものは既に計算しているが、本稿ではより一般の $A$ について考える。

通常の関数からの類推で、

  $\displaystyle
\int e^{At}dt = A^{-1}e^{At}+C = e^{At}A^{-1}+C
\hspace{1zw}(\mbox{$C$\ は任意の定数行列})$ (38)
となることが容易に予想されると思う。実際、$A$ が正則であれば、
$\displaystyle (A^{-1}e^{At})'=A^{-1}Ae^{At}=e^{At},
\hspace{1zw}(e^{At}A^{-1})'=e^{At}AA^{-1}=e^{At}
$
となるので、確かに (38) が成り立つ。 しかし、$e^{At}$$A$ が正則ではない場合も存在し、 そして積分もできるので、その場合どうなるかも考えてみる。

ジョルダン標準形による表現 (15) より、

$\displaystyle \int e^{At}dt = Q\int e^{Jt}dt Q^{-1}
=Q\left[\begin{array}{ccc}\...
...isebox{0ex}{\LARGE$0$}} & \int e^{J(\lambda_s,k_s)t}dt\end{array}\right]Q^{-1}
$
となるので、個々のジョルダン細胞に対して考えればよい。

$\vert J(\lambda,k)\vert=\lambda^k$ なので、 ジョルダン細胞 $J(\lambda,k)$ が正則であることは $\lambda\neq0$ と 同値であり、その場合は $J(\lambda,k)^{-1}$ が存在し、 (38) により

$\displaystyle \int e^{J(\lambda,k)t} dt
= J(\lambda,k)^{-1}e^{J(\lambda,k)t}+C
= e^{J(\lambda,k)t}J(\lambda,k)^{-1}+C
$
となる。この $J(\lambda,k)^{-1}$ をここで求めておく。

定理 10.1 $\lambda\neq0$ のとき、

  $\displaystyle
J(\lambda,k)^{-1}
= \sum_{j=0}^{k-1}\frac{(-1)^j}{\lambda^{j+1}}\,J(0,k)^j
$ (39)

証明

(39) の右辺を $D$ とすると、$J(0,k)^k=O$ より、

\begin{eqnarray*}J(\lambda,k)D
&=& (\lambda E+J(0,k))D
\ =\
\sum_{j=0}^{k-1...
...ambda^0}\,J(0,k)^0-\,\frac{(-1)^k}{\lambda^k}\,J(0,k)^k
\ =\ E
\end{eqnarray*}


よって、$\lambda\neq0$ のときは、 $e^{J(\lambda,k)t}$ の積分は、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{J(\lambda,k)^{-1}e^{J(\lambda,k)t}
\ =\
\sum_{j=0}^...
...}^m\frac{(-1)^{m-\ell}}{\lambda^{m-\ell+1}}\,\frac{t^\ell}{\ell!}\end{eqnarray*}
となる。例えば、
\begin{eqnarray*}J(\lambda,1)^{-1}e^{J(\lambda,1)t}
&=&
\frac{1}{\lambda}\,e^{...
...\frac{t}{\lambda^2}
+\frac{t^2}{2\lambda}\right)J(0,3)^2\right\}\end{eqnarray*}
等となる。

一方 $\lambda=0$ の場合は、

$\displaystyle e^{J(0,k)t}=\sum_{j=0}^{k-1}\frac{t^j}{j!}\,J(0,k)^j
$
と単純な $t$ の多項式になるのでむしろ積分は容易で、
$\displaystyle \int e^{J(0,k)t}dt
= \sum_{j=0}^{k-1}\frac{t^{j+1}}{(j+1)!}\,J(0,k)^j + C
=L_1(k,t)+C
$
となる。これは当然 $J(0,k)$ の逆行列では表現できないが、 これをあえて $\lambda\neq0$ の場合の形に近い、
$\displaystyle L_1(k,t)=L_2(k,t)e^{J(0,k)t}
$
の形に表すとすると、$L_2(k,t)$
\begin{eqnarray*}L_2(k,t)
&=&
L_1(k,t)e^{-J(0,k)t}
\\ &=&
\sum_{j=0}^{k-1}\f...
...(0,k)^mt^{m+1}
\sum_{\ell=0}^m\frac{(-1)^\ell}{\ell!(m-\ell+1)!}\end{eqnarray*}
となるが、ここで最後の内側の和の部分を $\alpha_m$ とすると、
\begin{eqnarray*}\alpha_m
&=&
\sum_{\ell=0}^m\frac{(-1)^\ell}{\ell!(m-\ell+1)!...
...ac{1}{(m+1)!}\{(1-1)^{m+1}+(-1)^m\}
\ =\
\frac{(-1)^m}{(m+1)!}\end{eqnarray*}
となるので、よって
$\displaystyle L_2(k,t)=\sum_{m=0}^{k-1}J(0,k)^m\frac{(-1)^mt^{m+1}}{(m+1)!}
=-L_1(k,-t)
$
となる。

実際は、 $L_2(k,t)=-L_1(k,-t)$ を求めてからそれを $e^{J(0,k)t}$ に かけることは、むしろ直接積分を計算するより面倒なので特に意味はないが、 これを使えば一応統一的に $e^{Jt}$ とある行列の積の形にすることができる。

例えば、$\lambda\neq0$ として、$A$ のジョルダン標準形が、

$\displaystyle J
=\left[\begin{array}{cc}J(\lambda,k_1)&\raisebox{-.5ex}{\Large$0$}\\ [.7ex]
\raisebox{0ex}{\Large$0$}& J(0,k_2)\end{array}\right]
$
である場合、
\begin{eqnarray*}\int e^{Jt}dt
&=&
\left[\begin{array}{cc}J(\lambda,k_1)^{-1}...
...\raisebox{0ex}{\Large$0$}& -L_1(k_2,-t)\end{array}\right]e^{Jt}+C\end{eqnarray*}
となり、
\begin{eqnarray*}\int e^{At}dt
&=&
Q\left[\begin{array}{cc}J(\lambda,k_1)^{-1}...
..._2,-t)\end{array}\right]Q^{-1}e^{At}+C
\ =\
\hat{A}(t)e^{At}+C\end{eqnarray*}
と、(38) に近い形で書けることになる。 ただし、$\hat{A}(t)$ は定数ではなく、 0 の固有値の部分は $t$ の多項式を含むところが異なる。 より一般のジョルダン標準形の場合も同様である。
竹野茂治@新潟工科大学
2022-05-02