3 実正規行列の標準形

本稿では、 $z=x+yi\in\mbox{\boldmath$C$}$ ( $x,y\in\mbox{\boldmath$R$}$) に対して、
  $\displaystyle
T(z)=T(x+yi)=\left[\begin{array}{rr}x & -y\\ y& x\end{array}\right]\in M_{2,2}(\mbox{\boldmath$R$})$ (4)
と書くことにする。 実正規行列 $A$ の固有値は、固有多項式 $f_A(\lambda)$ が 実数係数の $n$ 次式なので、
  $\displaystyle
\lambda = \mu_1\pm i\nu_1,\ldots,\mu_k\pm i\nu_k,
\xi_1,\ldots,\xi_{n-2k}
\hspace{1zw}(\mu_j,\nu_j,\xi_m\in\mbox{\boldmath$R$},\ \nu_j>0)$ (5)
の形となる。

これに対し、実正規行列の標準形とは、ある直交行列 $Q$ により変形できる

  $\displaystyle
Q^{-1}AQ = \,{}^t\!{Q}AQ
= \left[\begin{array}{cccccc}%
T(\mu_...
...2}{c}{\raisebox{0ex}{\smash{\Huge$0$}}}&&&& \xi_{n-2k}\end{array}\right]
= S_1$ (6)
の形のことである。

なお、[1] で紹介した交代行列の標準形 ([1] の 式 (1)) は、

$\displaystyle R(\mu) = \left[\begin{array}{rr}0 & -\mu \\ \mu & 0\end{array}\right] = T(\mu i)
$
より、上の (6) に含まれることがわかる。

さて、実正規行列を標準形 (6) に変形するとき、 交代行列の場合同様、固有ベクトルの実部、虚部の直交性等を示す必要があるが、 その際、次の補題が重要な役割を果たす。

補題 3.1

証明

$A\mbox{\boldmath$\alpha$}=\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$}$ より、

$\displaystyle 0$ $\textstyle =$ $\displaystyle \Vert A\mbox{\boldmath$\alpha$}-\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$}\V...
...ath$\alpha$},
A\mbox{\boldmath$\alpha$}-\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangle$ 
  $\textstyle =$ $\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},A\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rang...
...\langle{\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$},\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangle$(7)
となるが、$A$ は正規行列なので、
$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},A\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rang...
...le{A^{\ast}\mbox{\boldmath$\alpha$},A^{\ast}\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangle
$
となる。また、
\begin{eqnarray*}\langle{\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$},A\mbox{\boldmath$\alpha...
...th$\alpha$},\overline{\lambda}\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangle
\end{eqnarray*}
となるので、(7) は、
\begin{eqnarray*}0
&=&
\langle{A^{\ast}\mbox{\boldmath$\alpha$},A^{\ast}\mbox{...
...math$\alpha$}-\overline{\lambda}\mbox{\boldmath$\alpha$}\Vert^2
\end{eqnarray*}
に等しく、 よって $A^{\ast}\mbox{\boldmath$\alpha$}=\overline{\lambda}\mbox{\boldmath$\alpha$}$ が 得られる。


なお、$A$ がエルミート行列や歪エルミート行列の場合は、 $A^{\ast}\mbox{\boldmath$\alpha$}$ が何になるかを知ることは易しいが、 $A$ が正規行列というだけの場合それは簡単ではなく、 それをこの補題 3.1 では、 (7) のように $\Vert A\mbox{\boldmath$\alpha$}-\lambda\mbox{\boldmath$\alpha$}\Vert^2$ を考えることで、 正規行列の性質をうまく生かしてそれを求めるようにしているのが 重要な工夫だと思う。

竹野茂治@新潟工科大学
2024-04-03