5 一般項の決定

ここまで、ケイリー・ハミルトンの公式を利用して、 $A^n$ の次数を下げて計算する逐次計算を見てきたが、 2 次の正方行列の場合には、その係数 $p_n$, $q_n$ の一般項を 初等的に求めることもできる。

それは、$p_n$, $q_n$ に関する漸化式を解く方法でも求めることは できるが、ここではケイリー・ハミルトンの公式から 考えてみることにする。

固有多項式のゼロ点を求める方程式

  $\displaystyle
f_A(x)=x^2-(a+d)x+(ad-bc) = 0$ (10)
を固有方程式と呼ぶ。この固有方程式の解によって場合分けして考える。

まず、(10) が 2 つの実数解 $\alpha,\beta$ ( $\alpha\neq\beta$) を持つときを考える。 この場合、 $f_A(x)=(x-\alpha)(x-\beta)$ と因数分解され、 $f_A(A)=0$ であるから、

  $\displaystyle
(A-\alpha E)(A-\beta E)=O$ (11)
が成り立つことになる。 ただし、行列の場合には、ここから $A=\alpha E,\beta E$ が 言えるわけではない。 (11) を半分展開すると、
$\displaystyle A(A-\beta E)-\alpha E(A-\beta E)=O
$
となるから
  $\displaystyle
A(A-\beta E)=\alpha(A-\beta E)$ (12)
が得られる。同様に $A-\beta E$ の方を半分展開すると、
  $\displaystyle
A(A-\alpha E)=\beta(A-\alpha E)$ (13)
となる。 (12) の左から $A$ 倍すると、
$\displaystyle A^2(A-\beta E)=\alpha A(A-\beta E)
$
となるので、再び (12) を用いれば、
$\displaystyle A^2(A-\beta E)=\alpha^2(A-\beta E)
$
となる。これを繰り返すと、すべての $n\geq 1$ に対して
  $\displaystyle
A^{n-1}(A-\beta E)=\alpha^{n-1}(A-\beta E)$ (14)
となることがわかる。同様に、(13) を用いれば、
  $\displaystyle
A^{n-1}(A-\alpha E)=\beta^{n-1}(A-\alpha E)$ (15)
が得られる。 (14) の $\alpha$ 倍から (15) の $\beta$ 倍を引けば、
$\displaystyle (\alpha-\beta)A^n=(\alpha^n-\beta^n)A - (\alpha^n\beta-\alpha\beta^n)E
$
となるので、 $\alpha\neq\beta$ より、
  $\displaystyle
A^n = \frac{\alpha^n-\beta^n}{\alpha-\beta}A
-\frac{\alpha^n\be...
...\alpha^n\frac{A-\beta E}{\alpha-\beta}
+\beta^n\frac{A-\alpha E}{\beta-\alpha}$ (16)
のように書け、$p_n$, $q_n$ の一般項が得られることになる。

例えば、3 節の (3) の $A$ の場合、

$\displaystyle f_A(x) = x^2-(a+d)x+(ad-bc) = x^2+3x+2 = (x+1)(x+2)
$
なので、$\alpha=-1$, $\beta=-2$ で、よって (16) より
\begin{eqnarray*}A^n
&=&
\{(-1)^n-(-2)^n\}A-\{-2(-1)^n+(-2)^n\}E
\\ &=&
(-1)^{n+1}\{(2^n-1)A+(2^n-2)E\}\end{eqnarray*}
となり、3 節の計算結果にも一致する。

(10) が 2 つの虚数解を持つ場合も、 $\alpha\neq\beta$ であれば上と同じ議論が行えるので、 (16) が成立する。

最後に、(10) が重解 $\alpha$ を持つ場合を考える。 もし、$\alpha=0$ ならば、(11) より $A^2=O$ なので、この場合は $n\geq 2$ に対して $A^n=O$ となる。 よってあとは $\alpha$ が重解で $\alpha\neq 0$ の場合を考えればよい。

この場合は、(14) と同様にして、

$\displaystyle A^{n-1}(A-\alpha E)=\alpha^{n-1}(A-\alpha E)
$
が成立することはわかるので、これを展開して $\alpha^n$ で割ると
  $\displaystyle
\frac{A^n}{\alpha^n}-\frac{A^{n-1}}{\alpha^{n-1}}
=\frac{A}{\alpha}-E$ (17)
となる。これは、行列の「数列」として、 $\{A^n/\alpha^n\}$ が この右辺を公差とする等差数列であることを意味するので、その一般項は
$\displaystyle \frac{A^n}{\alpha^n}
= \frac{A}{\alpha} + (n-1)\left(\frac{A}{\alpha}-E\right)
= \frac{n}{\alpha}A-(n-1)E
$
となり、よって、
  $\displaystyle
A^n = n\alpha^{n-1}A-(n-1)\alpha^nE$ (18)
が得られることになる。例えば、
$\displaystyle A = \left[\begin{array}{rr}2&5\\ -5&-8\end{array}\right]
$
の場合、(10) は
$\displaystyle f_A(x)
= x^2-(-6)x + (-16+25)
= x^2+6x+9
= (x+3)^2 = 0
$
なので重解 $-3$ を持ち、よって (18) より
$\displaystyle A^n = n(-3)^{n-1}A-(n-1)(-3)^nE = (-3)^{n-1}\{nA+3(n-1)E\}
$
となる。実際、$A^2=-6A-9E$ より、
$\displaystyle A^3 = -6A^2-9A = -6(-6A-9E)-9A = 27A+54E = (-3)^2(3A+3\cdot 2E)
$
となる。

竹野茂治@新潟工科大学
2023-11-27