6 N 次の場合

5 節の方法は、$N$ 次の正方行列にも拡張できるが、 固有方程式に重解があるとかなり煩雑になる。 本節では、まず固有方程式に重解がない場合の一般的な結果を紹介し、 重解がある場合も簡単な場合に限って説明をする。

まず、固有方程式の解を $\alpha_j$ ( $j=1,2,\ldots,N$) とし、 これらはすべて互いに異なるとする。 このとき、固有多項式 $f_A(x)$

$\displaystyle f_A(x) = \prod_{j=1}^N(x-\alpha_j)
= (x-\alpha_1)(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_N)
$
と因数分解されることになるが、 そこから $x-\alpha_j$ を抜いた $(N-1)$ 次式を $p_j(x)$ と書くことにする。
  $\displaystyle
p_j(x) = \frac{f_A(x)}{x-\alpha_j}\hspace{1zw}(j=1,2,\ldots,N)$ (19)
これに対し、次の恒等式が成り立つことに注意する。
  $\displaystyle
x^{N-1}=\sum_{j=1}^N \frac{p_j(x)}{p_j(\alpha_j)}\alpha_j^{N-1}$ (20)
これは、形式的には、
$\displaystyle x^{N-1}= \sum_{j=1}^N \beta_j p_j(x)
$
と置いて、$x=\alpha_j$ とすると、$p_j(\alpha_j)$ 以外の右辺の項は 0 に なるので、
$\displaystyle \alpha_j^{N-1}=\beta_jp_j(\alpha_j)
$
となり、そこから (20) が得られる。 一方、(20) の両辺はいずれも $(N-1)$ 次式で、 $N$ 個の異なる値 $x=\alpha_j$ ($1\leq j\leq N$) で両辺の値は一致するので、 等号が恒等的に成り立つことが保証される。

さて、$f_A(x)$ は、 $f_A(x)=(x-\alpha_j)p_j(x)$ と書けるので、 ケイリー・ハミルトンの公式より、

$\displaystyle f_A(A)=(A-\alpha_jE)p_j(A)=O
$
となるから、
  $\displaystyle
Ap_j(A) = \alpha_jp_j(A)$ (21)
が成り立つ。 これが前節の (12), (13) に対応する。 よってここから、$m\geq 1$ に対して
  $\displaystyle
A^mp_j(A) = \alpha_j^mp_j(A)$ (22)
が得られ、これがすべての $j$ に対して成立する。

(20) は恒等式なので、 当然 $x$$A$ にした式も成立し、よって、

  $\displaystyle
A^{N-1}=\sum_{j=1}^N \frac{\alpha_j^{N-1}}{p_j(\alpha_j)}p_j(A)$ (23)
となるが、両辺に $A^m$ をかけると (22) により、
$\displaystyle A^{m+N-1}
=\sum_{j=1}^N \frac{\alpha_j^{N-1}}{p_j(\alpha_j)}A^mp_j(A)
=\sum_{j=1}^N \frac{\alpha_j^{m+N-1}}{p_j(\alpha_j)}p_j(A)
$
となり、よって任意の $m\geq N$ に対して、
  $\displaystyle
A^m = \sum_{j=1}^N \frac{\alpha_j^m}{p_j(\alpha_j)}p_j(A)$ (24)
が成立することになる。 右辺の $p_j(A)$$A$$(N-1)$ 次式なので、 これで $A^m$$A$$(N-1)$ 次式として表されたことになる。 なお、これは $N=2$ では (16) の最後の式に対応している。

次は、$N=3$ の場合で、固有方程式に重解が含まれる場合を考える。 その場合の考察には、

などがあるが、ここでは、少し面倒だが上と同様の手法で考えてみる。

まずは、固有方程式の解が $x=\alpha,\alpha,\beta$ ( $\alpha\neq\beta$) の 場合を考える。

この場合、 $(A-\alpha E)^2(A-\beta E)=O$ となるので、 (22) と同様にして、

$\displaystyle \begin{array}{l}
A(A-\alpha E)(A-\beta E) = \alpha(A-\alpha E)(A-\beta E)\\
A(A-\alpha E)^2 = \beta(A-\alpha E)^2
\end{array}$
から、$m\geq 0$ に対して
  $\displaystyle
\begin{array}{l}
A^{m-1}(A-\alpha E)(A-\beta E) = \alpha^{m-1}(...
...)(A-\beta E)\\
A^{m-1}(A-\alpha E)^2 = \beta^{m-1}(A-\alpha E)^2
\end{array}$ (25)
が得られる。1 本目の $\alpha$ 倍から 2 本目の $\beta$ 倍を引くと、
$\displaystyle A^{m-1}(A-\alpha E)(\alpha-\beta)A
=\{\alpha^m(A-\beta E)-\beta^m(A-\alpha E)\}(A-\alpha E)
$
より、
  $\displaystyle
A^m(A-\alpha E)
=\frac{(A-\alpha E)}{\alpha-\beta}
\{\alpha^m(A-\beta E)-\beta^m(A-\alpha E)\}$ (26)
$m\geq 1$ に対し得られるが、これは $m=0$ でも成立する。

ここで、もし $\alpha=0$ ならば、少し戻って (25) の 2 本目の式から、 $A^{m+1}=\beta^{m-1}A^2$ となり、 よって $A^n=\beta^{n-2}A^2$ ($n\geq 2$) となることがわかる。

$\alpha\neq 0$ の場合は、 (26) の左辺を展開して $\alpha^{m+1}$ で両辺割ると、

$\displaystyle \frac{A^{m+1}}{\alpha^{m+1}}-\frac{A^m}{\alpha^m}
=\frac{(A-\alph...
...)}
\left\{(A-\beta E)-\left(\frac{\beta}{\alpha}\right)^m(A-\alpha E)\right\}
$
となり、これを $m=0$ から $m=n-1$ まで加えると、
$\displaystyle \frac{A^n}{\alpha^n}-E
=
\frac{(A-\alpha E)}{\alpha(\alpha-\beta)...
...\{n(A-\beta E)
-\frac{(\beta/\alpha)^n-1}{\beta/\alpha-1}(A-\alpha E)\right\}
$
となり、よって
$\displaystyle A^n$ $\textstyle =$ $\displaystyle \alpha^n E+
\frac{(A-\alpha E)}{\alpha-\beta}
\left\{n\alpha^{n-1}(A-\beta E)
-\frac{\beta^n-\alpha^n}{\beta-\alpha}(A-\alpha E)\right\}$ 
  $\textstyle =$ $\displaystyle \alpha^n E+
\frac{n\alpha^{n-1}}{\alpha-\beta}(A-\alpha E)(A-\beta E)
-\frac{\alpha^n-\beta^n}{(\alpha-\beta)^2}(A-\alpha E)^2$(27)
となる。これが、$\alpha$ が重解の場合の式となる。

さらに、$\alpha$$f_A(x)=0$ の三重解、すなわち $f_A(x)=(x-\alpha)^3$ の 場合は、

$\displaystyle A(A-\alpha E)^2 = \alpha(A-\alpha E)^2
$
より、
$\displaystyle A^m(A-\alpha E)^2 = \alpha^m(A-\alpha E)^2
$
しか得られないが、左辺を一つ展開して $\alpha^{m+1}$ で割ると、
$\displaystyle \left(\frac{A^{m+1}}{\alpha^{m+1}}-\frac{A^m}{\alpha^m}\right)(A-\alpha E)
= \frac{1}{\alpha}(A-\alpha E)^2
$
となるので、これを $m=0$ から $m=n-1$ まで加えると、
$\displaystyle \left(\frac{A^{n}}{\alpha^{n}}-E\right)(A-\alpha E)
= \frac{n}{\alpha}(A-\alpha E)^2
$
が得られる。さらにこの $n$$m$ として、 両辺を $\alpha$ で割って左辺を展開すると、
$\displaystyle \frac{A^{m+1}}{\alpha^{m+1}}-\frac{A^m}{\alpha^m}
-\frac{A}{\alpha}+E
= \frac{m}{\alpha^2}(A-\alpha E)^2
$
となるので、再び $m=0$ から $m=n-1$ まで加えると、
$\displaystyle \frac{A^{n}}{\alpha^{n}}-E-n\left(\frac{A}{\alpha}-E\right)
=\frac{n(n-1)}{2\alpha^2}(A-\alpha E)^2
$
となり、結局
  $\displaystyle
A^n = \alpha^n E+n\alpha^{n-1}(A-\alpha E)
+\frac{n(n-1)}{2}\alpha^{n-2}(A-\alpha E)^2$ (28)
が成り立つ。 なお、これは $n\geq 3$ で成り立つが、$n=0,1,2$ でも成立する。

竹野茂治@新潟工科大学
2023-11-27