4 人口分布のモデル方程式

本節では、3 節で考察した 離散的な個体の年齢 (月齢) 分布モデルを、 連続的に拡張したものを紹介する。

通常年齢別の人口分布は、 図 1 にあるようなグラフで示される。

図 1: 年齢別人口分布 (棒グラフ)
\includegraphics[width=7cm]{fib1-box1.eps}
図 2: 人口分布密度 $f(x,t)$
\includegraphics[width=7cm]{fib1-f.eps}
これは 10 歳毎に区切った棒グラフであるが、 この階級幅を 5 歳毎、1 歳毎のように短くしていけば、 徐々に滑らかなグラフになっていく (図 2)。 ただし、単純に幅を減らすとそれに応じてその範囲の人数も減って しまって高さが 0 になってしまう。 よって、それを横幅で割って 1 歳幅 (10 歳でもよい) あたりの人数に直した 「分布密度」として考える。 これは、ちょうど連続的確率分布の密度関数と似た考え方である。

今、時刻 $t$ の単位を年として、整数値ではなく連続的な実数値を考え、 $N(a,b,t)$$t$ 年のときの、年齢 $a$ 歳以上 $b$ 歳未満の人口とし、 $t$ 年の $x$ 歳の人口分布密度 $f(x,t)$

\begin{displaymath}
f(x,t) = \lim_{\Delta x\rightarrow +0}\frac{N(x,x+\Delta x,t)}{\Delta x}\end{displaymath} (30)

と定める。

$N(a,b,t)$ はいわば図 1 の棒グラフ 1 本の人数の ようなもので、$f(x,t)$ は図 2 のグラフの高さで、 1 歳幅あたりに直した $x$ 歳人口と見ることができる。 この $f(x,t)$3 節の $\alpha_n^{(k)}$ に対応する ($t$$n$ に、$x$$k$ に対応)。

実際の年齢別人口分布では、飢饉や台風などの自然現象、 戦争などの社会的要因などにより $N(a,b,t)$ は必ずしも $a$, $b$, $t$ に関して滑らかでなかったり 不連続であることもあるし、 さらに本来人数 $N$ は整数値しか取らないので (30) の極限も厳密には存在しないが、 ここではとりあえず $N(a,b,t)$$a$, $b$, $t$ に関して十分滑らかであり、 (30) の極限も常に存在し、 $f(x,t)$ も滑らかであるとして考えることにする。 また、人口は流入も流出もない閉鎖空間を考え、 増減は生死のみで起こるとする。

$t$ 年のときの最高齢、すなわち $f(x,t)>0$ であるような $x$ の 上限を $w(t)$ とすると、$x\geq w(t)$ に対して $f(x,t)=0$ となる。 なお、人口分布によっては $0<x<w(t)$ の範囲で $f(x,t)$ が 0 に なって島状になる場合もありうる (図 3)。

図 3: 島を持つ人口分布
\includegraphics[width=7cm]{fib1-island.eps}
図: $\hat{w}(s)$
\includegraphics[width=5cm]{fib1-hatw.eps}
しかし、今回はこのような事例も考えないこととし、 $0\leq x<w(t)$ では $f(x,t)>0$ であるとする。 また、$t$ 年のとき $w(t)$ 歳以上の人口は 0 だから $\delta$ 年後にはもちろん $w(t)+\delta$ 歳以上の人はいないので、 よって
\begin{displaymath}
w(t+\delta)\leq w(t)+\delta\hspace{1zw}(\delta>0)\end{displaymath} (31)

を満たすことがわかる。$w(t)$ が滑らかであれば、これは
\begin{displaymath}
w'(t)\leq 1\end{displaymath} (32)

と言いかえることもできる。

(30) より、 $\Delta x\ll 1$ に対して $N(x,x+\Delta x,t)\doteqdot f(x,t)\Delta x$ なので、 十分大きな $n$ に対し $\Delta x = (b-a)/n$, $x_k=a+k\Delta x$ ( $k=0,1,\ldots,n$) とすれば

\begin{displaymath}
N(a,b,t)
= \sum_{k=1}^n N(x_{k-1},x_k,t)
\doteqdot \sum_{k=1}^n f(x_{k-1},t)\Delta x
\end{displaymath}

となり、この極限を取れば
\begin{displaymath}
N(a,b,t) = \int_a^b f(x,t)dx\end{displaymath} (33)

が成り立つことがわかる。また、この式から、
\begin{displaymath}
f(x,t) = \lim_{\Delta x\rightarrow +0}\frac{N(x-\Delta x,x,t)}{\Delta x}\end{displaymath} (34)

も言える。

$\beta(x,t)$ を、時刻 $t$ での $x$ 歳人口の 1 年あたりの死亡率とし、 次で定義する。

\begin{displaymath}
\beta(x,t)=\lim_{\Delta t\rightarrow +0}\frac{f(x,t)-f(x+\Delta t,t+\Delta t)}{f(x,t)\Delta t}
\hspace{1zw}(0<x<w(t))\end{displaymath} (35)

(35) の右辺の分子は、 $t$ 年のときの $x$ 歳人口が、$\Delta t$ 年後にどれだけ減ったかという数、 すなわち死亡者数を意味し、 それを元の人数 $f(x,t)$ で割ることで 1 人あたりの死亡割合、 すなわち死亡率に直していて、 さらにそれを $\Delta t$ で割ることで 1 年あたりの死亡率にしている。

なお、単純な死亡率 $(f(x,t)-f(x+\Delta t,t+\Delta t))/f(x,t)$ は 0 以上 1 以下の値であるが、 $\beta$ はそれをさらに $\Delta t$ で割った極限なので 1 を越える値になりうることに注意する。

$f(x,t)$ は滑らかなので、合成関数の微分により、

$\displaystyle \beta(x,t)$ $\textstyle =$ $\displaystyle -\frac{1}{f(x,t)}\lim_{\Delta t\rightarrow +0}\frac{f(x+\Delta t,t+\Delta t)-f(x,t)}{\Delta t}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle -\,\frac{1}{f(x,t)}\left.\frac{d}{ds}f(x+s,t+s)\right\vert _{s=0}
\ =\
-\,\frac{f_x(x,t)+f_t(x,t)}{f(x,t)}$ (36)

となる。この式 (36) より、$f$ の満たす偏微分方程式
\begin{displaymath}
f_t(x,t)+f_x(x,t) = -\beta(x,t)f(x,t)\hspace{1zw}(0<x<w(t))\end{displaymath} (37)

が得られる。 これは、3 節の (14) に対応する。

なお、ここでは $t$ を固定したときに $f(x,t)$$x$ 歳の人口分布を 与えるよう考えているが、

\begin{displaymath}
\hat{f}(z,s) = f(z, z+s)\end{displaymath} (38)

により $s$ 年生まれの $z$ 歳の人の密度関数 $\hat{f}(z,s)$ を 考えると、合成関数の微分により
\begin{displaymath}
\hat{f}_s(z,s) = f_t(z, z+s),
\hspace{1zw}
\hat{f}_z(z,s) = f_x(z, z+s) + f_t(z, z+s)
\end{displaymath}

であるから、(37) は $\hat{f}$ では
\begin{displaymath}
\hat{f}_z(z,s) = -\hat{\beta}(z,s)\hat{f}(z,s)\hspace{1zw}(0<z<\hat{w}(s))\end{displaymath} (39)

となる。ここで、 $\hat{\beta}(z,s)=\beta(z,z+s)$$s$ 年生まれ の人の $z$ 歳での 1 年あたりの死亡率、 $\hat{w}(s)$$s$ 年生まれの最高齢であり、 $z=\hat{w}(s)$$z = w(z+s)$ となる $z$ の下限になる。 (31) より、 $x=w(t)$$x=t-s$ は一点で交わるか、または 1 つの線分を共有するかの いずれかになるが、その $x$ の最小値が $\hat{w}(s)$ となる (図 4)。

微分方程式 (37) の $x=0$ での境界値 $f(0,t)$ は 0 歳人口であり、それは $f(x,t)$ の分布によって決まる。 今、$\gamma(x,t)$ を、$t$ 年のときの $x$ 歳夫婦からの、 $x$ 歳人口 1 人あたりの出生率とする。 すなわち、$M(a,b,t)$ を、$a$ 歳以上 $b$ 歳未満の集団から $t$ 年のときの 1 年あたりの子供の出生数とするとき、 $\gamma(x,t)$

\begin{displaymath}
\gamma(x,t) = \lim_{\Delta x\rightarrow +0}\frac{M(x,x+\Delta x,t)}{f(x,t)\Delta x}\end{displaymath} (40)

として定義する。

なお、本来は夫婦の男女の年齢は同じとは限らず、 よって男女それぞれの年齢に応じて出生率を決めるべきであるが、 そうすると人口分布も男女に分けて考えなければならない (連立方程式となる) ので、 ここでは簡単のためほぼ同年の夫婦から子供が生まれるとする。

十分大きな $n$ に対し $\Delta x = w(t)/n$, $x_k=a+k\Delta x$ とすると、

\begin{displaymath}
f(0,t)
= M(0,w(t), t)
= \sum_{k=1}^n M(x_{k-1},x_k,t)
\doteqdot \gamma(x_{k-1},t)f(x_{k-1},t)\Delta x
\end{displaymath}

であるから、この極限により
\begin{displaymath}
f(0,t) = \int_0^{w(t)} \gamma(x,t)f(x,t)dx\end{displaymath} (41)

となることがわかる。 (41) は、3 節の (15) に対応し、 $b_j$$\gamma(x,t)$ に対応する。

初期人口密度分布 $f(x,0)=f_0(x)$ と、 死亡率 $\beta(x,t)$, 出生率 $\gamma(x,t)$ が与えられたときに 方程式 (37), (41) を解けば、 人口密度分布 $f(x,t)$ の推移がわかることになる。

なお、方程式 (37) の方はさほど難しくはなく、 (39) を用いれば、 これは実質的に $z$ に関する常微分方程式なので、 $f(x,t)$$f(x,0)=f_0(x)$$f(0,t)$, $\beta$ で 表すことができる。 しかし、境界値である出生数 $f(0,t)$ は (41) を 満たさないといけないので、この右辺にその $f(x,t)$ を代入すると、 $f(0,t)$ に関する

\begin{displaymath}
f(0,t) = \int_0^{\min\{t,w(t)\}} \eta(x,t)f(0,t-x)dx + \xi(t)\end{displaymath} (42)

の形の積分方程式が得られる。 ここで、$\eta(x,t)$, $\xi(t)$$f_0(x)$, $\beta(x,t)$, $\gamma(x,t)$ で 表される既知の関数である。

(42) を解いて初めて出生数 $f(0,t)$ が求まり、 そこからようやく $f(x,t)$ が求まることになる。 よって、$\beta(x,t)$, $\gamma(x,t)$, $f_0(x)$ から 方程式 (37), (41) を 満たす $f(x,t)$ が決まると思われるが、 $f(x,t)$$\beta$, $\gamma$, $f_0$ の簡単な式で 表わすことはできない。

また、人口分布密度をさらに男女に分けて $f_1(x,t)$, $f_2(y,t)$ として、 男女のそれぞれの年齢に対する出生率 $\gamma(x,y,t)$ ($x$ は男性の年齢、$y$ は女性の年齢) を定めてその方程式を作れば、

\begin{displaymath}
\begin{array}{lll}
(f_1)_t+(f_1)_x &= -\beta_1f_1 & (0<x<w_...
...,\\
(f_2)_t+(f_2)_y &= -\beta_2f_2 & (0<y<w_2(t))
\end{array}\end{displaymath}

のような形になり、 また、 (41) の出生数は
\begin{displaymath}
f_1(0,t) = f_2(0,t) =
\frac{1}{2}\int_0^{w_1(t)}dx\int_0^{w_2(t)} \gamma(x,y,t)f_1(x,t)f_2(y,t)dy
\end{displaymath}

のような 2 重積分の形になり、出生数を求める積分方程式は (42) よりさらに複雑になるだろう。

これらの方程式については、例えば [2] などを参照のこと。

竹野茂治@新潟工科大学
2017年3月22日