4 変形ベッセル関数の漸近展開

次に、変形ベッセル関数 $I_0(x)$ の漸近展開を考える。 $I_0(x)$ は、次のテイラー展開の形で定義される。
\begin{displaymath}
I_0(x) = \sum_{n=0}^\infty\frac{x^{2n}}{2^{2n}(n!)^2}
= \sum_{n=0}^\infty\left\{\frac{x^{n}}{(2n)!!}\right\}^2\end{displaymath} (11)

これは、元々 0 次のベッセル関数
\begin{displaymath}
J_0(x) = \sum_{n=0}^\infty(-1)^n\frac{x^{2n}}{2^{2n}(n!)^2}
\end{displaymath}

に対し、$(-1)^n$ を取ったもの、 すなわち $I_0(x)=J_0(ix)$ としたものであり、そのため 「変形」ベッセル関数と呼ばれる。 $I_0(x)$ の漸近展開を求めるには (11) のテイラー展開のままでは 難しいので、次のような公式を利用する。
\begin{displaymath}
I_0(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^\pi \cosh(x\sin t)\,dt\end{displaymath} (12)

まず、この公式が成り立つことを示そう。 $\cosh z$ のマクローリン展開は、
\begin{displaymath}
\cosh z
= \frac{e^z+e^{-z}}{2}
= \frac{1}{2}\left\{\sum_{n...
...{(-1)^nz^n}{n!}\right\}
=\sum_{m=0}^\infty\frac{z^{2m}}{(2m)!}
\end{displaymath}

であるから、(12) の右辺は、
\begin{displaymath}
\frac{1}{\pi}\int_0^\pi\sum_{m=0}^\infty\frac{x^{2m}\sin^{2...
...y\frac{x^{2m}}{(2m)!}\,\frac{1}{\pi}\int_0^\pi\sin^{2m} t
\,dt\end{displaymath} (13)

となる。ここで、
\begin{displaymath}
b_m=\int_0^\pi\sin^{2m} t\,dt
\end{displaymath}

とすると、部分積分により、
\begin{eqnarray*}b_m
&=&
\int_0^\pi(-\cos t)'\sin^{2m-1}t\,dt
\\ &=&
[-\cos ...
...pi(1-\sin^2 t)\sin^{2m-2} t\,dt
\\ &=&
(2m-1)b_{m-1}-(2m-1)b_m\end{eqnarray*}


となるから、
\begin{displaymath}
b_m=\frac{2m-1}{2m}\,b_{m-1},\hspace{1zw}b_0=\pi
\end{displaymath}

となる。よって、
\begin{displaymath}
b_m
=
\frac{2m-1}{2m}\,b_{m-1}
=
\frac{2m-1}{2m}\,\frac{2m-3...
...\frac{(2m-1)!!}{(2m)!!}\,b_0
=
\frac{(2m)!}{2^{2m}(m!)^2}\,\pi
\end{displaymath}

が得られる。これを (13) の右辺に代入すれば (11) になるので、(12) が示されたことになる。

さて、(12) は、

\begin{eqnarray*}I_0(x)
&=&
\frac{1}{\pi}\int_0^\pi\frac{e^{x\sin t}+e^{-x\sin...
...^{\pi/2}e^{-x\cos y}dy
+\frac{1}{\pi}\int_0^{\pi/2}e^{x\cos y}dy\end{eqnarray*}


と書き直すこともできるので、よって、
\begin{displaymath}
g_{\pm}(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^{\pi/2}e^{\pm x\cos y}dy
\end{displaymath}

とし、この $g_{+}$, $g_{-}$, それぞれの漸近展開を求めることにする。 なお、明らかに $g_{+}$ の方が $g_{-}$ より大きいので、 $I_0$ の主要な展開項は $g_{+}$ の方であることが予想される。

まず、$g_{-}(x)$ を考えよう。$0<y<\pi/2$ では $0<\cos y<1$ だから、 $x\rightarrow\infty$ のとき、

\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow\infty}g_{-}(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^{\pi/2} 0\,dy=0
\end{displaymath}

となることがわかる。 よって、この 0 への収束の速さ (オーダー) をまず考えてみる。

$e^{-x\cos y}$ の 1 への収束は、$\cos y$ が 0 に近い程遅くなる。 つまりその近くが最も大きな項を与えると予想される。 よって $g_{-}(x)$ をさらに 2 つに分け、

\begin{displaymath}
g_1(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^{\pi/3}e^{-x\cos y}dy,\hspace{1zw}
g_2(x)=\frac{1}{\pi}\int_{\pi/3}^{\pi/2}e^{-x\cos y}dy
\end{displaymath}

とすると、この $g_2(x)$ の方が主要部となる。 なお、$\pi/3$ 自体にはあまり意味はなく、 $0$ から $\pi/2$ のどこで分けても構わない。

$g_1(x)$ では、$1/2<\cos y<1$ であるから、

\begin{displaymath}
0\leq g_1(x)\leq \frac{1}{\pi}\int_0^{\pi/3}e^{-x/2}dy
=\frac{1}{3}\,e^{-x/2}\end{displaymath} (14)

となるので、 $g_1(x)=O(e^{-x/2})$ となる。

一方 $g_2(x)$ の方は、$\cos y=t$ とすると、

\begin{displaymath}
g_2(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^{1/2}\frac{e^{-xt}}{\sqrt{1-t^2}}dt
\end{displaymath}

となるが、$0<t<1/2$ では $1<1/\sqrt{1-t^2}<2/\sqrt{3}$ であるので、
\begin{displaymath}
0\leq g_2(x)\leq \frac{2}{\sqrt{3}\pi}\int_0^{1/2}e^{-xt}dt
=\frac{2}{\sqrt{3}\pi}\,\frac{1-e^{-x/2}}{x}
\end{displaymath}

となるから、$g_2(x)=O(1/x)$ であることがわかる。

つまり、$g_{-}(x)$ の最も大きい項は $g_2(x)$$O(1/x)$ の項 だろうと予想される。 実際、部分積分により、

$\displaystyle xg_2(x)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{1}{\pi}\int_0^{1/2}\frac{xe^{-xt}}{\sqrt{1-t^2}}\,dt
=
\frac{1}{\pi}\int_0^{1/2}\frac{1}{\sqrt{1-t^2}}(-e^{-xt})_t\, dt$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{1}{\pi}\left[\frac{1}{\sqrt{1-t^2}}(-e^{-xt})\right]_{0}^{1/2}
+\int_0^{1/2}\left(\frac{1}{\sqrt{1-t^2}}\right)'e^{-xt} dt$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{1}{\pi}\left(1-\frac{2}{\sqrt{3}}\,e^{-x/2}\right)
+\int_0^{1/2}\frac{t}{(1-t^2)^{3/2}}\,e^{-xt} dt$ (15)

となり、よって $xg_2(x)\rightarrow 1/\pi$ となることがわかる。 一方、(14) より $xg_1(x)\rightarrow 0$ であるから、 よって $g_{-}(x)$ の第 1 近似は、
\begin{displaymath}
g_{-}(x)\sim\frac{1}{\pi x}
\end{displaymath}

となる。

次に第 2 近似を考える。 (15) で $g_4(t)=1/\sqrt{1-t^2}$ とすると、 再び部分積分により、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{x^2\left(g_2(x)-\frac{1}{\pi x}\right)
=
-\frac{2}{\...
...1/2}
+\int_0^{1/2}g_4''(t)e^{-xt} dt
=o(1)+\frac{1}{\pi}g_4'(0)\end{eqnarray*}


となるから、これと (14) より
\begin{displaymath}
x^2\left(g_{-}(x)-\frac{1}{\pi x}\right)\rightarrow \frac{1}{\pi}g_4'(0)
\end{displaymath}

となることがわかる。よって、
\begin{displaymath}
g_{-}(x)\sim \frac{1}{\pi x}+\frac{1}{\pi x^2}g_4'(0)
\end{displaymath}

となる。これを繰り返せば、結局
\begin{displaymath}
g_{-}(x)\sim \frac{1}{\pi}\sum_{n=0}^\infty \frac{g_4^{(n)}(0)}{x^{n+1}}\end{displaymath} (16)

であることがわかる。 よって後は $g_4^{(n)}(0)$ を求めればよいが、一般二項定理を用いれば、
\begin{displaymath}
g_4(t)=\frac{1}{\sqrt{1-t^2}}=(1-t^2)^{-1/2}
=\sum_{m=0}^\in...
...left(\begin{array}{c} -1/2 \\ m \end{array}\right)(-1)^mt^{2m}
\end{displaymath}

となるので、
\begin{displaymath}
g_4^{(2m-1)}(0)=0,\hspace{1zw}
g_4^{(2m)}(0)=(2m)!\left(\begin{array}{c} -1/2 \\ m \end{array}\right)(-1)^m
\end{displaymath}

がわかる。ここで、二項係数は
\begin{displaymath}
\left(\begin{array}{c} -1/2 \\ m \end{array}\right)
=\frac{\...
...
=(-1)^m\frac{(2m-1)!!}{2^m m!}
=(-1)^m\frac{(2m-1)!!}{(2m)!!}
\end{displaymath}

となるので、
\begin{displaymath}
g_4^{(2m)}(0)=(2m)!\frac{(2m-1)!!}{2^m m!} = \{(2m-1)!!\}^2
\end{displaymath}

となり、(16) より結局 $g_{-}(x)$ の漸近展開は、
\begin{displaymath}
g_{-}(x)\sim \frac{1}{\pi}\sum_{n=0}^\infty\frac{\{(2n-1)!!\}^2}{x^{2n+1}}\end{displaymath} (17)

であることがわかる。

次に、むしろ $I_0(x)$ の主要項である $g_{+}(x)$ の方を考える。 $g_{+}(x)$ は、 $x\rightarrow\infty$ のときに明らかに無限大に発散するが、

\begin{displaymath}
e^{-x}g_{+}(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^{\pi/2}e^{-x(1-\cos y)}dy\end{displaymath} (18)

は、$0<1-\cos y<1$ より 0 に収束する。 よって、 $g_{+}(x)=o(e^x)$ であるから、 まずこの $e^{-x}g_{+}(x)$ の 0 への収束オーダーを考えてみる。

今、$1-\cos y=t$ とすると、 $dy=dt/\sin y=dt/\sqrt{t(2-t)}$ であるから、

\begin{displaymath}
e^{-x}g_{+}(x)=\frac{1}{\pi}\int_0^1\frac{e^{-xt}}{\sqrt{t(2-t)}}\,dt
\end{displaymath}

となるが、 $1/\sqrt{2}<1/\sqrt{2-t}<1$ なので、$xt=s$ とすれば、
\begin{displaymath}
e^{-x}g_{+}(x)
\leq \frac{1}{\pi}\int_0^1\frac{1}{\sqrt{t}}\...
...}{\pi}\int_0^x\frac{e^{-s}}{\sqrt{s}}\,ds\, \frac{1}{\sqrt{x}}
\end{displaymath}

となり、さらに $\sqrt{s}=u$ とすると、
\begin{displaymath}
\int_0^x\frac{e^{-s}}{\sqrt{s}}\,ds = 2\int_0^{\sqrt{x}}e^{-u^2}du
\rightarrow 2\int_0^\infty e^{-u^2}du = \sqrt{\pi}
\end{displaymath}

であるから、 $e^{-x}g_{+}(x)=O(1/\sqrt{x})$ となる。 よって、 $\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)$ の極限を考えてみよう。

今、上のように、 $1-\cos y=s/x = u^2/x$ とすると、

\begin{displaymath}
dy
=
\frac{2u}{x\sin y}\,du
=
\frac{2u}{x}\,\frac{1}{\displa...
...\frac{2}{x}}\,\frac{du}{\displaystyle \sqrt{1-\frac{u^2}{2x}}}
\end{displaymath}

となるから、(18) は
\begin{displaymath}
\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)
= \frac{\sqrt{2}}{\pi}
\int_0^{\sqrt{x}}e^{-u^2}\left(1-\frac{u^2}{2x}\right)^{-1/2}\,du\end{displaymath} (19)

となる。$0<u<\sqrt{x}$ のとき $1/2<1-u^2/(2x)<1$ に注意すると、 (19) より
\begin{displaymath}
\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)
\rightarrow\frac{\sqrt{2}}{\pi}\int_0^\infty e^{-u^2}du
=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}
\end{displaymath}

が言えるので、$g_{+}(x)$ の第 1 近似は
\begin{displaymath}
g_{+}(x)\sim\frac{1}{\sqrt{2\pi x}}\,e^x
\end{displaymath}

となる。

第 2 近似は、 $x(\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)-1/\sqrt{2\pi})$ の極限を考える。 (19) より、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{x\left(\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)-\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\ri...
...ht)^{-1/2}-1\right\}du
-\int_{\sqrt{x}}^\infty e^{-u^2}du\right]\end{eqnarray*}


と変形すると、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{x\left\{\left(1-\frac{u^2}{2x}\right)^{-1/2}-1\right\}...
...}\left\{1+\sqrt{1-u^2/(2x)}\right\}}
\rightarrow
\frac{u^2}{4}\end{eqnarray*}


となる。また $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ の漸近展開式 (5) より、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{\lim_{x\rightarrow\infty} x\int_{\sqrt{x}}^\infty e^{-...
...i}}{2}\lim_{x\rightarrow\infty}x\frac{e^{-x}}{\sqrt{\pi x}}
=
0\end{eqnarray*}


であるから、
\begin{displaymath}
x\left(\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)-\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\right)
\...
...rrow
\frac{\sqrt{2}}{\pi}\int_0^\infty\frac{u^2}{4}e^{-u^2}du
\end{displaymath}

となることがわかる。

これは、より形式的に次のようにしても得られる。 一般二項定理

\begin{displaymath}
\left(1-\frac{u^2}{2x}\right)^{-1/2}
=\sum_{m=0}^\infty\left...
...m_{m=0}^\infty\frac{(2m-1)!!}{(2m)!!}\,\frac{u^{2m}}{(2x)^{m}}
\end{displaymath}

より、(19) から
$\displaystyle \sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{\sqrt{2}}{\pi}\int_0^{\sqrt{x}}
\sum_{m=0}^\infty \frac{(2m-1)!!}{(2m)!!}\,
\frac{u^{2m}}{(2x)^{m}}e^{-u^2}du$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{\sqrt{2}}{\pi}\int_0^{\sqrt{x}}
\left(1+\frac{1}{2}\,\frac{u^2}{2x}
+\frac{3\cdot 1}{4\cdot 2}\,\frac{u^4}{4x^2}+\cdots\right)e^{-u^2}du$ (20)

であるから、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{x\left(\sqrt{x}e^{-x}g_{+}(x)-\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\ri...
... &\rightarrow &
\frac{\sqrt{2}}{4\pi}\int_0^\infty u^2e^{-u^2}du\end{eqnarray*}


となる。

そしてこの計算を繰り返すことにより、 実は (20) の右辺の $\displaystyle \int_0^{\sqrt{x}}$ $\displaystyle \int_0^\infty$ にしたものが (20) の 左辺の漸近展開であることがわかる。

\begin{displaymath}
g_{+}(x)
\sim
\frac{\sqrt{2}}{\pi}\,\frac{e^x}{\sqrt{x}}...
...1)!!}{2^m(2m)!!}\,\frac{1}{x^m}
\int_0^\infty u^{2m}e^{-u^2}du\end{displaymath} (21)

後はこの最後の積分を求めればよい。今、
\begin{displaymath}
\beta_m=\int_0^\infty u^{2m}e^{-u^2}du
\end{displaymath}

とすると、部分積分により、
\begin{eqnarray*}\beta_m
&=&
\int_0^\infty \left(-\frac{u^{2m-1}}{2}\right)(e^...
...(2m-1)u^{2m-2}e^{-u^2}du
%\\ &=&
=
\frac{2m-1}{2}\,\beta_{m-1}\end{eqnarray*}


となるので、
\begin{displaymath}
\beta_m
= \frac{(2m-1)!!}{2^m}\,\beta_0
= \frac{(2m-1)!!}{2^m}\,\frac{\sqrt{\pi}}{2}
\end{displaymath}

となり、結局 (21) は
$\displaystyle g_{+}(x)$ $\textstyle \sim$ $\displaystyle \frac{e^x}{\sqrt{2\pi x}}
\sum_{m=0}^\infty \frac{\{(2m-1)!!\}^2}{2^{2m}(2m)!!}\,\frac{1}{x^m}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{e^x}{\sqrt{2\pi x}}
\left(1+\frac{1^2}{4\cdot 2}\,\frac{1}...
...c{(5\cdot 3\cdot 1)^2}{4^3\cdot 6\cdot 4\cdot 2}\,\frac{1}{x^3}
+\cdots\right)$ (22)

のようになる。

$g_{-}(x)$ の漸近展開 (17) と $g_{+}(x)$ の漸近展開 (22) を比較すると、 明らかに (22) の各項は (17) の すべての項より大きいので、 結局 (22) が $I_0(x)$ の漸近展開であることがわかる。

竹野茂治@新潟工科大学
2010年4月8日