3 誤差関数の漸近展開

漸近展開の対象となる関数は、それなりに厄介な関数である場合が多く、 またテイラー展開のように決まった方法もあまりないので、 個別に特別な方法で求めていくことが多いようである。 本節ではまずそのような例の 1 つとして誤差関数 $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ の漸近展開を 考えてみることにする。

$\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ は、次の式で定義される関数である。

\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x = \frac{2}{\sqrt{\pi}}\int_0^xe^{-t^2}dt
\end{displaymath}

$e^{-t^2}$ の不定積分を簡単な関数で表すことはできないので、 $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ を積分を使わずに書くことはできない。

しかし、 $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ は微分が

\begin{displaymath}
(\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x)'=\frac{2}{\sqrt{\pi}}e^{-x^2}
\end{displaymath}

と簡単な式で書けるので、 $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ の場合はロピタルの定理を用いて 漸近展開を得ることができる。

よく知られているように、

\begin{displaymath}
\int_0^\infty e^{-t^2}dt = \frac{\sqrt{\pi}}{2}
\end{displaymath}

であるから、
\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow\infty}\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x
=\frac{2}{\sqrt{\pi}}\int_0^\infty e^{-t^2}dt =1
\end{displaymath}

となる。これは、$\phi_0(x)=1$ が第 1 近似であることを示している。 第 2 近似は
\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow\infty}\frac{\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x - 1}{\phi_1(x)}=1\end{displaymath} (4)

となる $\phi_1$ を見つければよいのであるが、 (4) の分子を荒く評価すると、
\begin{displaymath}
\vert\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x - 1\vert
= \frac{2}{\s...
...pi}}\int_x^\infty e^{-t^2}dt
\leq \frac{2}{\sqrt{\pi}}e^{-x^2}
\end{displaymath}

であるから、 $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x-1 = O(e^{-x^2})$ であることがわかる。 よって $(\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x - 1)/e^{-x^2}$ の極限を考えてみると、 これは $0/0$ の不定形なので、ロピタルの定理により、
\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow\infty}\frac{\mathop{\mathrm{erf}}\nolimit...
...\pi}}\lim_{x\rightarrow\infty}
\frac{e^{-x^2}}{-2xe^{-x^2}}
=0
\end{displaymath}

となってしまうので、実際には $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x-1 = o(e^{-x^2})$ であり、 この分母では少し大きい。よって、
\begin{displaymath}
\phi_1(x)=\frac{a_1}{\sqrt{\pi}}\,\frac{e^{-x^2}}{x}
\end{displaymath}

としてみると、
\begin{displaymath}
\phi_1'(x)
= \frac{a_1}{\sqrt{\pi}x}(-2xe^{-x^2})-\frac{a_1...
...
= \frac{a_1}{\sqrt{\pi}}e^{-x^2}\left(-2-\frac{1}{x^2}\right)
\end{displaymath}

であるから、$a_1=-1$ とすれば (4) が成り立つことが ロピタルの定理によりわかる。 すなわち第 2 近似は、
\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x\sim 1-\frac{1}{\sqrt{\pi}x}e^{-x^2}\end{displaymath} (5)

となる。同様に第 3 近似は
\begin{displaymath}
\frac{\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x-1+e^{-x^2}/(\sqrt{\pi}x)}{\phi_2(x)}\rightarrow 1\end{displaymath} (6)

となる $\phi_2(x)$ を見つければよいが、
\begin{displaymath}
% latex2html id marker 1692(\mbox{(\ref{eq:erf-1-2nd/phi_2...
...c{1}{x^2}\right)
= -\frac{1}{\sqrt{\pi}}\,\frac{e^{-x^2}}{x^2}
\end{displaymath}

なので
\begin{displaymath}
\phi_2(x)=\frac{a_2}{\sqrt{\pi}}\,\frac{e^{-x^2}}{x^3}
\end{displaymath}

とすれば
\begin{displaymath}
\phi_2'(x)=\frac{a_2}{\sqrt{\pi}}\,\frac{e^{-x^2}}{x^2}
\left(-2-\frac{3}{x^2}\right)
\end{displaymath}

となるから $a_2=1/2$ とすればよい。よって第 3 近似は、
\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x\sim 1+\frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}
\left(-\frac{1}{x}+\frac{1}{2x^3}\right)
\end{displaymath}

となる。以下、同様に第 $(N+2)$ 近似は
\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x\sim 1+\frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}
\sum_{k=0}^{N}\frac{a_k}{x^{2k+1}}
\end{displaymath}

の形となる。この $a_k$ を求める。この場合は、
\begin{displaymath}
\frac{\displaystyle \mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x -1 -\f...
..._N}{x^{2N+1}}}
\rightarrow 1
\hspace{1zw}(x\rightarrow\infty)\end{displaymath} (7)

となるわけであるが、
% latex2html id marker 2509
$\displaystyle (\mbox{(\ref{eq:erf-(N-1)/N}) の分母})'$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}
\left(-\frac{2a_N}{x^{2N}}-\frac{(2N+1)a_N}{x^{2N+2}}\right),
%\label{eq:erf-(N-1)/N:under}
$  
% latex2html id marker 2512
$\displaystyle (\mbox{(\ref{eq:erf-(N-1)/N}) の分子})'$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{2e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}
-\frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}
\left...
...}^{N-1}\frac{a_k}{x^{2k+1}}
-\sum_{k=0}^{N-1}(2k+1)\frac{a_k}{x^{2k+2}}\right)$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}
\left(2+\sum_{k=0}^{N-1}\frac{2a_k}{x^{2k}}
+\sum_{k=1}^{N}(2k-1)\frac{a_{k-1}}{x^{2k}}\right)$ (8)

であるから、(7) が成り立つには、 (8) のかっこ内の $1/x^0$ から $1/x^{2N-2}$ までの 項がすべて消える必要がある。よって、
\begin{displaymath}
a_0=-1,\hspace{1zw}a_k=-\frac{2k-1}{2}\,a_{k-1}
\end{displaymath}

が成り立つ必要があり、ここから
\begin{eqnarray*}a_k
&=&
-\frac{2k-1}{2}\,a_{k-1}
=
\left(-\frac{2k-1}{2}\...
...s\left(-\frac{1}{2}\right) a_0
=
(-1)^{k+1}\frac{(2k-1)!!}{2^k}\end{eqnarray*}


となることがわかる。ここで、$m!!$ は、
\begin{displaymath}
m!!=
\left\{\begin{array}{ll}
(2k-1)(2k-3)\cdots 3\cdot 1 &...
...k-2)\cdots 4\cdot 2 & (\mbox{$m=2k$\ のとき})\end{array}\right.\end{displaymath}

を表す記号で、さらに $0!!=(-1)!!=1$ であるとする。 なお、この $m!!$ は、以下のように通常の階乗を用いて表すこともできる。
\begin{eqnarray*}(2k)!!
&=&
(2k)(2k-2)\cdots 4\cdot 2
=
2^k k!,\\
(2k-1)!!...
...
\frac{(2k)!}{2k(2k-2)\cdots 4\cdot 2}
=
\frac{(2k)!}{2^k k!}\end{eqnarray*}


結局、 $\mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ の漸近展開は

$\displaystyle \mathop{\mathrm{erf}}\nolimits x$ $\textstyle \sim$ $\displaystyle 1+\frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}\sum_{k=0}^\infty
(-1)^{k+1}\frac{(2k-1)!!}{2^k}\,\frac{1}{x^{2k+1}}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 1+\frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}}\left(
-\frac{1}{x}+\frac{1}{2x^3}-\frac{3\cdot 1}{4x^5}
+\frac{5\cdot 3\cdot 1}{8x^7}-\cdots\right)$ (9)

となることがわかった。

なお、(9) の右辺は無限和の形で書いているが、

\begin{displaymath}
\left\vert\frac{(2k-1)!!}{2^kx^{2k+1}}\right\vert\rightarrow\infty\end{displaymath} (10)

であるから、この級数は無限級数としては発散級数であり、 よってこの右辺はあくまで定義 1 の意味での和であることに注意する。

この (10) が成り立つことは、 次の項との絶対値の比を考えればわかる。 その比は

\begin{displaymath}
\left\vert\frac{(2k+1)!!}{2^{k+1}x^{2k+3}}
\left/\frac{(2k-1)!!}{2^kx^{2k+1}}\right.\right\vert
=\frac{2k+1}{2x^2}
\end{displaymath}

であるが、これはどのような $x$ に対しても、 あるところからは 1 を越えて大きくなる。 (10) の左辺はそのような数を 順にかけて作られる数列であるから、 よって (10) が成り立つことになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2010年4月8日