2 複素対数

まず、複素 (自然) 対数 $\log z = \log_e z$ を定義する。

複素数 $z=x+iy$ ($x,y$ は実数、$i=\sqrt{-1}$) に対して、 複素指数 $e^z$ は、オイラーの公式と指数法則を用いて

\begin{displaymath}
e^z = e^{x+iy} = e^xe^{iy} = e^x(\cos y + i\sin y)\end{displaymath} (1)

と定義される。複素対数 $\log z$ は、その逆、すなわち
\begin{displaymath}
e^w=z
\end{displaymath}

となる $w$ によって定義される。$w=p+qi$ とすると、
\begin{displaymath}
z = e^{p+qi} = e^p(\cos q + i\sin q)\end{displaymath} (2)

なので、この絶対値と偏角を考えれば
\begin{displaymath}
\vert z\vert= e^p,
\hspace{0.5zw}\arg z = q + 2n\pi
\end{displaymath}

となり $p=\log\vert z\vert$ となる。 ここで、$\arg z$$z$ の偏角を表し、 $z=re^{i\theta}\neq 0$ ($r>0$, $0\leq\theta <2\pi$) に対し、
\begin{displaymath}
\arg z = \theta + 2n\pi\hspace{0.5zw}(\mbox{$n$ は任意の整数})\end{displaymath} (3)

と定義されるが、これは $2\pi$ の整数倍の不定性を持ち、一意には決まらない。 なお、本によっては、それらすべてを値として持つ「多値 (多価) 関数」と 定めているものもあるが、本稿では「多値」ではなく、 不定積分の積分定数による不定性と同様の「不定性」を持つ値として 扱うことにする。

また、この $\arg z$ に対し、 $-\pi\leq\theta <\pi$ の範囲の $z$ の 偏角を「偏角の主値」と呼んで、 $\mathop{\rm Arg}z$ のように書くことがある。この範囲では偏角は一意的に決まる。 当然、 $\arg z = \mathop{\rm Arg}z + 2n\pi$ である。

結局、$q=\arg z$ (不定の $2n\pi$$\arg z$ の中に含まれる と考えることができる) より、 $\log z = w$ は以下のように定義されることになる。

\begin{displaymath}
\log z = \log\vert z\vert+i\arg z
\hspace{0.5zw}\left(= \log\vert z\vert+i\mathop{\rm Arg}z + 2n\pi i\right)\end{displaymath} (4)

これは $2\pi i$ の整数倍の不定性を持つので、 複素対数の主値 $\mathop{\rm Log}z$
\begin{displaymath}
\mathop{\rm Log}z = \log\vert z\vert+i\mathop{\rm Arg}z\end{displaymath} (5)

と定めて $z\neq 0$ で一意の値を持つものとして、こちらを使うことも多い。

ここで、後で使用する偏角に関する性質を、以下にいくつか紹介する。


命題 1

$z\neq 0$, $w\neq 0$ に対して、次が成り立つ。

  1. $\arg\bar{z}=-\arg z$
  2. $\arg zw=\arg z + \arg w$
  3. $\displaystyle \arg\frac{z}{w} = \arg z - \arg w$
なお、いずれも等号は $2\pi$ の整数倍の差を除いて成り立つ、 という意味である。


これらは、 $z=re^{i\theta}$, $w=Re^{i\phi}$ に対して、

\begin{displaymath}
\bar{z}=re^{-i\theta},
\hspace{0.5zw}zw = rRe^{i(\theta+\phi)},
\hspace{0.5zw}\frac{z}{w} = \frac{r}{R}e^{i(\theta-\phi)}
\end{displaymath}

となることから容易に示される。

また、 $\mathop{\rm Arg}z$ は、$\arctan x$ を使って以下のように表すことができる。


命題 2

$z=x+iy$ ($\neq 0$) に対して、

$\displaystyle \mathop{\rm Arg}z$ $\textstyle =$ $\displaystyle \left\{\begin{array}{ll}
\arctan(y/x) & (\mbox{$x>0$ のとき}) ...
...$, $y>0$ のとき})\\
-\pi/2 & (\mbox{$x=0$, $y<0$ のとき})
\end{array}\right.$ (6)
  $\textstyle =$ $\displaystyle \left\{\begin{array}{ll}
-\arctan(x/y)+\pi/2 & (\mbox{$y>0$ のと...
...=0$, $x>0$ のとき})\\
-\pi & (\mbox{$y=0$, $x<0$ のとき})
\end{array}\right.$ (7)


これは、 $\mathop{\rm Arg}z$ の定義から容易にわかる。

命題 2 より、 $\mathop{\rm Arg}(x+iy)$ は、 $x$, $y$ の 2 変数関数として各象限で滑らかであり、 (6) より実軸 ($x$ 軸) の $x>0$ の部分でも 滑らかにつながり、(7) より虚軸 ($y$ 軸) の $y>0$ の部分、 $y<0$ の部分でも滑らかにつながっていて、 実軸の $x<0$ の部分では不連続になっている:

\begin{displaymath}
\lim_{y\rightarrow +0}{\mathop{\rm Arg}(x+iy)} = \pi,
\hspac...
...htarrow -0}{\mathop{\rm Arg}(x+iy)} = -\pi
\hspace{0.5zw}(x<0)
\end{displaymath}

実数値変数 $x$ の滑らかな複素数値関数 $f(x)=g(x)+ih(x)$ ($\neq 0$) に対して、 $\mathop{\rm Log}f(x)$$f(x)$ の値が実軸の左側と交わるところで不連続、 それ以外では滑らかな関数となる。

$\log f(x)$ は常に $2\pi i$ の整数倍の不定性を持つことになるが、 逆にそのことを利用して、 $\mathop{\rm Log}f(x)$ の場合に実軸の左側を越えるときに生じる不連続性を 吸収するように不定部分を選ぶことで、 すべての $x$ に対して滑らかにできる、と考えることもできる。 しかし、そのようにするには複素関数論の「リーマン面」の理論が 必要になるので、ここでは詳しくは触れない。

複素対数の主値 $\mathop{\rm Log}z$ に対して、以下が成り立つ。


命題 3

実数値変数の複素数値関数 $f(x)=g(x)+ih(x)$ ($\neq 0$) に対して、 $\mathop{\rm Log}f(x)$ が滑らかな範囲で、

\begin{displaymath}
\left(\mathop{\rm Log}f(x)\right)' = \frac{f'(x)}{f(x)}
\end{displaymath} (8)


証明

$\mathop{\rm Log}f(x)$ は、$g(x)\neq 0$ の 範囲では (6) より、

\begin{eqnarray*}\mathop{\rm Log}f(x)
&=&
\mathop{\rm Log}(g(x)+ih(x))
=
\lo...
...frac{1}{2}\log(g(x)^2+h(x)^2) + i\arctan\frac{h(x)}{g(x)}+\beta
\end{eqnarray*}


と表すことができる。ここで、$\beta$ は、 $f(x)$ の値の象限に応じて $0$, $\pi$, $-\pi$ のいずれかの値となる。

よって、その範囲では導関数は、

\begin{eqnarray*}(\mathop{\rm Log}f(x))'
&=&
\frac{1}{2} \frac{2g'(x)g(x)+2h'...
...)}{(g+ih)(g-ih)}
=
\frac{g'+ih'}{g+ih}
=
\frac{f'(x)}{f(x)}
\end{eqnarray*}


となることがわかる。$g(x)=0$ となる $x$ では、(6) の 代わりに (7) を使えばよい。 これで命題 3 が示された。


形式的には、(8) は通常の 実数値関数に対する公式

\begin{displaymath}
\left(\log\vert f(x)\vert\right)' = \frac{f'(x)}{f(x)}
\end{displaymath}

と同じものである。 $\log f(x)$$2n\pi i$ の不定性も、それを定数と思えば
\begin{displaymath}
\left(\log f(x)\right)'
= \left(\mathop{\rm Log}f(x) + 2n\pi i\right)'
= \frac{f'(x)}{f(x)}
\end{displaymath}

と書けなくもないのだが、不定部分の扱いには微妙なところもあるので、 一応それは避けておく。

命題 3 から、 実数変数の複素数値関数の積分公式

\begin{displaymath}
\int\frac{f'(x)}{f(x)} dx = \mathop{\rm Log}f(x) + C
\hspace{0.5zw}(\mbox{$f(x)$ が実軸の左半分と交差しない範囲で})\end{displaymath} (9)

が得られることになる。 なお、これは積分定数の不定性を考えれば複素対数 $\log$
\begin{displaymath}
\int\frac{f'(x)}{f(x)} dx = \log f(x) + C\end{displaymath} (10)

と書いても実質的にあまり問題はないが、本稿ではやはりそれは避けておく。

竹野茂治@新潟工科大学
2016年12月22日