2 弱エントロピーと Young 測度

まず, 本稿で必要になる弱エントロピーと Young 測度について簡単に説明する.

方程式 (3) は, $\rho(t,x)$, $u(t,x)$ が 滑らかであれば,

$\displaystyle
\left[\begin{array}{c}\rho\\ u\end{array}\right]_t+\left[\begin{...
...{c}\rho\\ u\end{array}\right]_x = \left[\begin{array}{c}0\\ 0\end{array}\right]$ (4)
と書けるが, これに対し,
$\displaystyle
(q_\rho,q_u)=(\eta_\rho,\eta_u)\left[\begin{array}{cc}u & \rho\\ P'(\rho)/\rho & u\end{array}\right]$ (5)
を満たす $\rho,u$ の関数の組 $(\eta(\rho,u),q(\rho,u))$ を, 「一般化エントロピー対」と呼び, $\eta$ を「エントロピー」, $q$ を「エントロピー流束」と呼ぶ. エントロピー対は, 滑らかな $\rho(t,x),u(t,x)$ に対しては,
$\displaystyle
\eta(\rho(t,x),u(t,x))_t + q(\rho(t,x),u(t,x))_x = 0$ (6)
の追加保存則形の式を満たし, 物理的なエントロピー対 $(\rho S,\rho Su)$ に 対応することからそう名付けられている. また, 真空 $\rho=0$ で 0 となるエントロピー ($\eta(0,u)=0$) を 「弱エントロピー」と呼ぶ. 大きさや変動に制限のない初期値に対する 初期値問題では, 弱解に真空が現れうるため弱エントロピーを用いる必要がある. なお, 滑らかとは限らない弱解に対しては, 一般には (6) は成立しないが, 逆に弱解の物理的な適切性の保証として, 弱解は, 凸なエントロピー $\eta$ に対するエントロピー不等式
$\displaystyle
\eta(\rho(t,x),u(t,x))_t + q(\rho(t,x),u(t,x))_x \leq 0$ (7)
を満たす必要がある. これは, 物理でのエントロピー増大則 ($-\rho S$ が凸) に対応する.

補償コンパクト性理論では, 非線形な汎弱極限を記述する, 以下の Young 測度と呼ばれるものが重要な働きをする:

$\Omega\subset\mbox{\sl R}^M$, $A\subset\mbox{\sl R}^N$$A$ は有界閉集合, $f_n\in L^\infty(\Omega;A)$ $(n=1,2,\ldots)$ とすると, 以下を満たす $\{f_n\}_{n}$ の部分列 $\{f_{n_j}\}_{j}$ と, $\bar{f}\in L^\infty(\Omega;A)$ と, $\Omega$ のほとんど 至るところの $x$ に対して定義される $\mbox{\sl R}^N$ 上の確率測度 (非負で全測度 1 の Borel 測度) の族 $\{\nu_x(y)\}_{\mathrm{a.e.} x\in\Omega}$ が存在する.
  1. $f_{n_j} \rightarrow \bar{f}(x) \hspace*{2em}L^\infty(\Omega) weak\ast$
  2. $\nu_x(A)=1$
  3. $R^N$ 上の任意の連続関数 $G(y)$ に対し,
    $\displaystyle \bar{G}(x) = \langle\nu_x(y),G(y)\rangle = \int_{\mbox{\scriptsize\sl R}^N} G(y)\nu_x(dy)
$
    $\Omega$ 上の可測関数で,
    $\displaystyle G(f_{n_j}(x))\rightarrow \bar{G}(x) \hspace*{2em}L^\infty(\Omega) weak\ast.
$
この確率測度の族 $\{\nu_x(y)\}_{x}$$\{f_{n_j}\}_j$ に 対する「Young 測度」と呼び, $\nu_x(y)$ に関する $G(y)$ の 積分を $\langle\nu_x,G\rangle $, $\langle\nu,G\rangle $, $\langle G\rangle $ などの ように書く.

一様有界な関数列 $f_n(x)$ からは汎弱収束 (weak$\ast$) す るような部分列が取れるが, 汎弱収束のような弱い収束では, $f_{n_j}(x)$$\bar{f}(x)$ に収束しても, 一般にはそれを非線形関数 $G(y)$ に代入した $G(f_{n_j}(x))$ は, $G(\bar{f}(x))$ に収束するとは言えない. 例えば $L^\infty(\mbox{\sl R})$ の汎弱収束では $\cos nx\rightarrow 0$ であるが, $\cos^2nx\rightarrow 1/2$ となる. その $G(f_{n_j}(x))$ の極限を, $G(y)$ の確率測度での積分 (平均値) として記述するような測度が, Young 測度である. ちなみに, $\{\cos nx\}$ に対する Young 測度 $\nu_x(y)$ は, 非特異な絶対連続測度 $\nu_x(y)=dy/(\pi\sqrt{1-y^2})$ となる[10].

$G(f_{n_j}(x))$ の極限が通常の $G(\bar{f}(x))$ になることは, Young 測度で言えば $\nu_x(y)$ がデルタ関数 $\delta_{\bar{f}(x)}(y)$ で あることを意味し, その場合は $f_{n_j}(x)$$\bar{f}(x)$ に 強収束する.

方程式 (3) に対する近似解の有界性から 得られる Young 測度 $\{\nu_{(t,x)}(\rho,u)\}_{(t,x)}$ を, この方程式に豊富に存在する弱エントロピー対に対して 適用したのが Tartar 方程式 (2) に現れる各項で, さらに (3) に対して補償コンパクト性理論 を用いて得られる関係式が Tartar 方程式 (2) で ある. Young 測度 $\{\nu_{(t,x)}(\rho,u)\}_{(t,x)}$ が デルタ関数であることを決定することが, 近似解の強収束性と弱解の存在を示すことになるので, この方法では任意の弱エントロピー対に対して成立する Tartar 方程式 (2) から Young 測度を決定することが目標となる.

竹野茂治@新潟工科大学
2023-02-18