2.2 記号の使い方

まず、[1] の記号の使い方に関して、気になる点を 2 つあげておく。

その 1 つ目は「$\lambda_j$」である。 通常、保存則の論文等では「$\lambda_j$」は、$\nabla f(u)$$j$ 番目の 固有値 $\lambda_j(u)$ としてしか使われないが、 この [1] では以下の 3 種類の意味で使用されている。

例えば、[1] p96 には、

$\displaystyle \lambda_i(u_0)=\lambda_i(\sigma)
=\lambda_i(R_i(\sigma)(u_0))
=\lambda_i(S_i(\sigma))
$

などという式が出てくるが、この最初の「 $\lambda_i(u_0)$」は固有値、 次の「 $\lambda_i(\sigma)$」は上の 3 つ目のもの、 後ろの 2 つはまた固有値、となっていて、 同じ $\lambda_i$ という記号が、 一つの式の中で 2 つの意味で使われていることになる。 このような例が、p93, p96 下などにも見られるし、 7 章でも p124 などに見られる。

これは、[1] の筆者には便利なのかもしれないが、 読者にはあまりわかりやすいものではなく、 $\lambda_j$ を見るたびにそれがどの意味かを 確認しなければいけない。 本来は、2 つ目は $s_j$, 3 つ目もそれを使うのであれば 別の記号 (例えば $\hat{s}_j$) を使うべきだろうと思う。

もうひとつ [1] の 2 つ目の気になる記号として、 固有ベクトルの「$r_j(u)$」がある。 これは、「記号を変えずに意味だけ書き換える」ことがされているのであるが、 Bressan は自著、論文でよく同様のことを行っている ようである (そして、そのために当初の目標と結果がずれてしまっている 論文もある)。

固有ベクトルは、5 章 (p90) の定義 5.1 で定義されていて、 ここでは固有ベクトル $r_j(u)$ は単位ベクトルとして定義されている。 固有べクトルの向きは、真性非線形の場合は (5.5) (p91) のように取るとして、 これで真性非線形の特性方向の固有ベクトルは一つに決まることになる。 なお、線形退化の場合は $r_j(u)$ の向きは決定せず、2 通りがありうる。

ところが、5.2 節 (p98) で、真性非線形の場合は

$r_j\bullet\lambda_j=1$ と正規化できる」
として、$j$ 固有ベクトルを同じ記号のまま、 単位ベクトルであることを捨てて上の条件を満たすものに 書き換えているのであるが、これは混乱を生みかねないと思う。 むしろ本来は

$\displaystyle \hat{r}_j = \frac{r_j}{r_j\bullet\lambda_j}
$

のよう正規化した固有ベクトルを別な記号で書くべきで、 そうでないと、特に飛び飛びに読むような読者にとって、 今見ている固有ベクトルが単位ベクトルなのか、 正規化した別のベクトルなのかがわかりにくくなる。 しかも、$r_j$ の単位ベクトルの定義の方は (5.4) とちゃんと式番号が 振られているのであるが、 その後の正規化の式には式番号が振られておらず 文章中に埋もれているため、あまり探しやすくもない。 そのため、より混乱が起きやすくなっているように感じる。

また、当然線形退化の特性方向の場合は $r_j\bullet\lambda_j=0$ だから このような正規化はできず、その場合 $r_j$ は単位ベクトルのままである。 その意味でも、本来はちゃんと記号を書き分けるべきであろうと思う。

なお、波面追跡法の本論の 7 章では固有ベクトル $r_j$ はほとんど 出てこないので、その点ではこれに関する実害はほとんどない。

竹野茂治@新潟工科大学
2020-06-03