2 一般ベクトル空間の公理と関数空間

まずは、抽象化された一般のベクトル空間について簡単に紹介する。

通常は、大きさと方向を持つものとして定義される幾何ベクトル、 あるいはその成分表示である数ベクトルを 「ベクトル」と呼び、その集合を「ベクトル空間」と呼ぶのであるが、 ベクトル同様の計算、すなわち和やスカラー倍、内積などの計算が可能な 別の対象物にもベクトルの概念を広げたものが「一般のベクトル空間」である。

集合 $V$ の任意の元 $\mbox{\boldmath$a$},\mbox{\boldmath$b$}$ と任意の実数 $k$ に対して、 和 $\mbox{\boldmath$a$}+\mbox{\boldmath$b$}$ とスカラー倍 $k\mbox{\boldmath$a$}$ が定義でき (当然和もスカラー倍も $V$ の元であることが必要)、次の公理を 満たすとき、$V$ (と和、とスカラー倍の構造を含めたもの) を (一般の) ベクトル空間と呼ぶ。

いずれも通常のベクトルでは当然成立する性質であるが、 逆に上の公理が満たされれば、基本的なベクトルの計算や展開などは 通常のベクトルと同じように計算できることになる。

なお、上の公理だけから、例えば公理 3 を満たす $\mbox{\boldmath$0$}$ は一つしか ないことや、 $0\mbox{\boldmath$a$}=\mbox{\boldmath$0$}$ となること、 公理 4 の $\mbox{\boldmath$a$}'$ $(-1)\mbox{\boldmath$a$}$ であることなども証明できる。

そしてこの公理は、普通の幾何ベクトルや数ベクトルだけが満たすわけではなく、 例えば、

なども、自然な和やスカラー倍に対して満たしていて「ベクトル空間」と 見ることができる。この場合、連続関数や多項式などを「ベクトル」と 見ることになるわけだが、それは一点の値を見ているのではないし、 通常の数ベクトルのように幾何ベクトルとして図に書けるわけでもないし、 幾何ベクトルのような「方向」があるわけでもない。

だから「ベクトル」という言葉を使うと誤解を招きやすいので、 関数が元のベクトル空間のことを「関数空間」と呼ぶこともある。

例えば、$V=C^0(I)$ の場合、$C^0(I)\ni f$ $f: I\rightarrow\mbox{\boldmath$R$}$ と いう写像が関数本体であり、対応すべてを見ていることになる。 グラフ全体を見ている、と考えてもよい。

$C^0(I)\ni f,g$ の和 $f+g$ は、$x\in I$ に対して $f(x)+g(x)$ を 対応させる写像 $f+g: x\mapsto f(x)+g(x)$ を 和として見ていて、 これも当然 $I$ 上の連続関数となるから和が定義できるわけである。 $y=x$$y=x^2$ の和を $y=x+x^2$ という関数とする、 といったことである。

スカラー倍も $x\in I$$kf(x)$ を対応させる写像を $kf$ と考える、 ということである。

だから、例えば $f,g\in C^0(I)$ がベクトルとして $f=g$ というのは、 「ある $x$ に対して $f(x)=g(x)$ になる」ということではなく、 「すべての $x\in I$ に対して $f(x)=g(x)$ になる」ということを意味する。 数学ではこれを「恒等的に $f(x)=g(x)$」のように表現することが多い。

例えば $x+3$ という連続関数は、$x=-3$ では 0 となるが、 ベクトル空間の元としては $x+3$ と 0 は等しくはなく全然別物、 と見るわけである。 なお、0 という定数関数が、当然 $C^0(I)$ の零ベクトルである。

多項式の集合 $\mbox{\boldmath$R$}[x]$ も同様で、和もまた多項式、実数倍もまた多項式なので、 ベクトル空間となる。 なお、多項式の場合は、ベクトル空間の元としての等号「$p=q$」は、 本来は、「$p$$q$ の最高次数が同じで、各次数の $p$$q$ の係数が すべて等しい」ことを意味するが、 多項式を $\mbox{\boldmath$R$}$ 上の関数と見たときに「すべての実数 $x$ に対して $p(x)=q(x)$ が成り立つ」とも言うこともできる。 実際、$m$ 次の多項式同士は、異なる $(m+1)$ 個での値が等しければ、 多項式として等しくなることが言えるので、 係数が等しいということとすべての $x$ で等しいということは同値になる。

そして $\mbox{\boldmath$R$}[x]$ でも、0 という多項式1 (すべての係数が 0 の多項式) が $\mbox{\boldmath$R$}[x]$ の零ベクトルであり、 $x+3$$x=-3$ の 1 点で 0 になることと、 多項式として 0 になることは全く別である。

竹野茂治@新潟工科大学
2026-02-17