5 順列の符号

この節では、行列式の定義 (3) (またはそれと同等の (5) に現れる順列の符号 $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)$ について述べ、4 節で構成した積に どのように符号をつければいいのかを考える。

まず $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)$ は、[2] では以下のように定義されている:

順列 $\sigma=(\sigma_1,\sigma_2,\ldots,\sigma_n)$ の 各成分の 2 つの組 ( $\sigma_i,\sigma_j$) ($i<j$) のうち、 大小関係が反対になっている ( $\sigma_i>\sigma_j$) ものを 転倒 と呼ぶ。この転倒の個数を $m(\sigma)$ とするとき、
\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)=(-1)^{m(\sigma)}
\end{displaymath} (19)

とする。
例えば、 $\sigma=(3,2,4,1)$ の場合、転倒は
(3,2), (3,1), (2,1), (4,1)
の 4 つなので、 $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)=(-1)^4 = 1$ ということになる。

同じことであるが、この順列の符号は、次のような式で定義することもできる:

\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)
= \frac{\displays...
...\prod_{i<j}(\sigma_j-\sigma_i)}{\displaystyle \prod_{i<j}(j-i)}\end{displaymath} (20)

ここで $\prod_{i<j}$ は、 $1\leq i<j\leq n$ となる $i$, $j$ すべての組み合わせに対する積を表わし、よって例えば
\begin{displaymath}
\prod_{i<j}(\sigma_j-\sigma_i)
=\prod_{j=2}^n\prod_{i=1}^{j-1}(\sigma_j-\sigma_i)
\end{displaymath}

のように書くこともできる。 $\sigma$ は順列であるから、 この (20) の分子と分母はいずれも $\{1,2,\ldots,n\}$ から異なる 2 つの組を 一つずつ選んだものの差の積となっているので、 符号の違いを除けば全く同じものになっていて、 結果としてはこの値は $+1$$-1$ になり、 分子と分母に現われるその組で符号が違っているものが まさに順列の転倒である 2 つの組に対応するので、 この式の値 (20) が (19) と同じであることが容易にわかる。

この順列の符号に対して、次が言える。


補題 6

  1. (積) $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma\circ\mu)=\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)\circ\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\mu)$
  2. (部分順列) $\sigma=[\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]$ に対して、 $\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m$ 同士の転倒の個数を $M$ とすると
    \begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)=(-1)^{M}
\end{displaymath}

    (すなわち、 $\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m$ 以外のものにはよらない)
  3. (巡回) $\mu_1<\mu_2<\cdots<\mu_m$ に対して、 $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits ([\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]^{(k)})=(-1)^{k(m-1)}$
  4. (反転) $n$ が 4 で割って余りが 0,1 のときは $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (n,n-1,\ldots,1)=1$$n$ が 4 で割って余りが 2,3 のときは $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (n,n-1,\ldots,1)=-1$


証明

  1. (20) を利用すれば、
    \begin{eqnarray*}\lefteqn{\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma\circ\mu)
=
\m...
...\prod_{i<j}(\sigma_j-\sigma_i)}{\displaystyle \prod_{i<j}(j-i)}
\end{eqnarray*}


    と書けるが、後者の商は $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)$ に等しく、 前者も、$\sigma$ で転倒しているものを 分子と分母で合わせて前後を入れかえれば、結局
    \begin{displaymath}
\frac{\displaystyle \prod_{i<j}(\mu_j-\mu_i)}{\displaystyle \prod_{i<j}(j-i)}=\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\mu)
\end{displaymath}

    に等しいことがわかる。

  2. $\sigma=[\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]$ は、 $\sigma_{i_j}=\mu_j$ とすれば、 $k\not\in\{i_1,i_2,\ldots,i_m\}$ ならば $\sigma_k=k$ であることを意味する。

    この動いていない $k$ 番目の要素に関する転倒の個数を数えてみると、 その転倒は $k$ より前にあった $i_j$$k$ より後ろに行った場合と、 $k$ より後ろにあった $i_j$$k$ より前に来たものからなる。 しかし、移動前と移動後で $k$ より前のものの個数は $(k-1)$ のまま 変わらないから、$k$ を飛び越えて前に移動したものと後ろに移動したものの 個数は同数となるはずである。 つまり、$k$ に関する転倒の個数は必ず偶数となる。

    よって、$\sigma$ の転倒の個数全体は、 $\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m$ 同士の転倒の個数 $M$ と偶数 $2L$ の和となり、

    \begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\sigma)=(-1)^{M+2L}=(-1)^M
\end{displaymath}

    となる。

  3. 2. より、移動したもの同士の転倒だけを考えればよく、
    \begin{displaymath}[\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]^{(1)} = [\mu_2,\mu_3,\ldots,\mu_m,\mu_1]
\end{displaymath}

    の転倒は最後の $\mu_1$ と他のものとの組すべてであるので、$(m-1)$ 個ある。 よって、
    \begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits ([\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]^{(1)})=(-1)^{m-1}
\end{displaymath} (21)

    となり $k=1$ の場合は 3. は成立する。

    一般の $k$ に対しては、補題 1 より $[\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]^{(k)}$ $[\mu_1,\mu_2,\ldots,\mu_m]^{(1)}$$k$ 回の積であることから、 上の 1. と (21) により容易に示される。

  4. $(n,n-1,\ldots,1)$ は、すべての組 ($n(n-1)/2$ 個) が転倒しているので、
    \begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (n,n-1,\ldots,1)=(-1)^{n(n-1)/2}
\end{displaymath}

    となる。ここで、$L=n(n-1)/2$ は、$n=4m$ ならば、
    \begin{displaymath}
L=\frac{4m(4m-1)}{2}=2m(4m-1)
\end{displaymath}

    なので偶数である。 以下同様に、$n=4m+1$, $n=4m+2$, $n=4m+3$ の場合はそれぞれ
    \begin{displaymath}
L=2m(4m+1), L=(2m+1)(4m+1), L=(2m+1)(4m+3)
\end{displaymath}

    となり、それぞれ、偶数、奇数、奇数であることがわかる。 よって、$n=4m$, $4m+1$, $4m+2$, $4m+3$ の場合 $(-1)^L$ は、 それぞれ $+1$, $+1$, $-1$, $-1$ となる。


この補題 6 を使って、4 節で考察した各項に どのような符号をつければよいかを考察する。

まずは、各面での斜めの計算について考える。

左上から右下への斜めの方向は $[1,2,\ldots,n]^{(j)}$ の巡回順列に対応するので、補題 6 より

\begin{displaymath}
\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits ([1,2,\ldots,n]^{(j)})=(-1)^{j(n-1)}
\end{displaymath}

となる。一方、右上から左下への斜めの積はその反転であるので、 補題 6 より
\begin{eqnarray*}\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (\overline{[1,2,\ldots,n]^{(j)}}...
...mits ([1,2,\ldots,n]^{(j)})
\\ &=&
(-1)^{n(n-1)/2}(-1)^{j(n-1)}\end{eqnarray*}


となる。これを合わせると、これらの積の符号は次のようになる。

もちろん行の入れ換えによっても符号は変化するが、行の入れ替えの順列は、 4 節により、$p\in C_n$ に対して

\begin{displaymath}
(1,2,\ldots,n)^{(j)}\circ p
\end{displaymath}

とその反転を行うだけであるから、 符号はその面に対するすべての項の符号が $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (p)$ 倍されることになる。 つまり、上のような符号のままの計算を各面に対して行い、 その面に対する合計を求めた後でそれに $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (p)$ をつければよいことになる。

さて、 $\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (p)$ は、 $p=p(0,j_3,j_4,\ldots,j_{n-1},0)$ に対して、 補題 6 より、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{\mathop{\mathrm{sgn}}\nolimits (p)}
\\ &=&
\mathop{\...
... \\ &=&
(-1)^{(n-2)j_{n-1}}(-1)^{(n-3)j_{n-2}}\cdots (-1)^{2j_3}\end{eqnarray*}


となる。よって、行の巡回の際、 奇数個の行の巡回は符号を変えず、 偶数個の行の巡回 1 回が $(-1)$ 倍に対応する、と数えていけばよいことになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2008年7月26日