3 行列乗の定義

本節で行列乗 $e^A$ を定義する。

定義 3.1

$A\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$ に対し、$e^A$ を、
  $\displaystyle
e^A = \sum_{m=0}^\infty\frac{1}{m!}\,A^m
$ (1)
の無限級数で定義する。ただし、$A^0=E$ ($A=O$ でも) とする。
この定義は、$e^x$ のマクローリン展開を行列に拡張したものになっているが、 (1) の具体的な計算にも $e^x$ のマクローリン展開が 用いられる。

$\Vert AB\Vert\leq\Vert A\Vert\Vert B\Vert$ より、$m\geq 1$ に対して $\Vert A^m\Vert\leq\Vert A\Vert^m$ が 成り立ち、$m=0$ に対しては、

$\displaystyle \Vert A^0\Vert=\Vert E\Vert = \sqrt{n}
$
となるので、無限級数
  $\displaystyle
\sqrt{n}+\sum_{m=1}^\infty\frac{1}{m!}\Vert A\Vert^m = \sqrt{n} + e^{\Vert A\Vert}-1$ (2)
が (1) の優級数となり、 (1) はすべての正方行列 $A$ に対し常に絶対収束し、 $e^A$ は正しく定義されることになる。

なお、$e^A$ には別の表現式 (別の定義) もある。それは、

  $\displaystyle
e^A = \lim_{m\rightarrow \infty}{\left( E+\frac{A}{m}\right)^m}$ (3)
というものであり、これも、実数の $x$ に対する
  $\displaystyle
e^x = \lim_{m\rightarrow \infty}{\left(1+\frac{x}{m}\right)^m}$ (4)
に対応する。 なお、余談だが、(4) は実数の $x$ だけでなく 複素数に対しても成立し、すなわち
  $\displaystyle
\lim_{m\rightarrow \infty}{\left(1+\frac{x+yi}{m}\right)^m}
=e^x(\cos y + i\sin y)$ (5)
となることが言え、 いわゆる「オイラーの公式」の別な「証明」(根拠) にもなっている (cf. [3])。

定理 3.2 $A\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$ に対して (3) が成り立つ。

証明

(3) の右辺のカッコの式の $m$ 乗を展開して

  $\displaystyle
\left(E+\frac{A}{m}\right)^m
= \sum_{j=0}^m\left(\begin{array}...
...\end{array}\right)\frac{A^j}{m^j}
= \sum_{j=0}^m\frac{A^j}{j!}\,\alpha_{m,j}
$ (6)
とすると、$\alpha_{m,j}$ は、$2\leq j\leq m$ に対して、
$\displaystyle \alpha_{m,j}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \left(\begin{array}{c}
\!\!m\!\! \\  \!\!j\!\! \end{array}\right)\frac{j!}{m^j}
= \frac{m!}{(m-j)!m^j}
= \frac{m(m-1)(m-2)\cdots(m-j+1)}{m^j}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \left(1-\,\frac{1}{m}\right)\left(1-\,\frac{2}{m}\right)
\cdots\left(1-\,\frac{j-1}{m}\right)
= \prod_{\ell=1}^{j-1}\left(1-\,\frac{\ell}{m}\right)$ (7)
となり、$j=0,1$ に対しては、 $\alpha_{m,0}=\alpha_{m,1}=1$ となる。

なお、(7) の最後の式で $j>m$ とすると、 積に $1-m/m = 0$ が含まれるので 0 となり、 よってそれをもって $j>m$ に対して $\alpha_{m,j}=0$ と定める。 このとき、 $0\leq\alpha_{m,j}\leq 1$ や、$\alpha_{m,j}$$m$ に 関して増加、$j$ に関して減少であること、および固定した $j$ に対して

$\displaystyle \lim_{m\rightarrow \infty}{\alpha_{m,j}}=1
$
となることは容易にわかる。この $\alpha_{m,j}$ により、 (6) は
  $\displaystyle
\left(E+\frac{A}{m}\right)^m
= \sum_{j=0}^\infty\frac{A^j}{j!}\,\alpha_{m,j}
$ (8)
と無限級数としても表現されることになるが、 これは (2) が優級数になっているので絶対収束する。 この (8) の $m$ に関する極限が $e^A$ であることを示す。
  $\displaystyle
\left\Vert e^A-\left(E+\frac{A}{m}\right)^m \right\Vert
=\left\...
...)\right\Vert
\leq \sum_{j=0}^\infty\frac{\Vert A\Vert^j}{j!}(1-\alpha_{m,j})
$ (9)
となるが、この (9) の最後の右辺を $I_m$ と 書くことにすると、 $\displaystyle \lim_{m\rightarrow \infty}{I_m}=0$ を示せばよい。

大きな自然数 $N$ に対し、

\begin{eqnarray*}I_m
&=&
\sum_{j=0}^N\frac{\Vert A\Vert^j}{j!}(1-\alpha_{m,j}...
...1-\alpha_{m,j})
+ \sum_{j=N+1}^\infty\frac{\Vert A\Vert^j}{j!}
\end{eqnarray*}
となり、この式で $m\rightarrow\infty$ とすれば、 左辺は極限が存在するとは (まだ) 限らないが、 $\alpha_{m,j}\rightarrow 1$ より
  $\displaystyle
\overline{\lim_{m\rightarrow\infty}}I_m\leq
\sum_{j=N+1}^\infty\frac{\Vert A\Vert^j}{j!}
$ (10)
が成り立つ (左辺は上極限)。 $N$ は任意で、左辺は $N$ によらないので、 $N\rightarrow\infty$ とすれば (10) の右辺 は 0 に収束し、よって左辺の上極限は 0 となり、 $I_m\geq 0$ より $\displaystyle \lim_{m\rightarrow \infty}{I_m}=0$ が示されたことになる。


竹野茂治@新潟工科大学
2022-05-02