2 定義、用語、ノルム、極限

本稿では、行列、およびベクトルに関する基本的事項 (積、累乗、転置、 逆行列) は既知であると仮定する。

定義 2.1

  1. $K$を実数全体の集合 (通常 $R$と書く)、 または複素数全体の集合 (通常 $C$と書く) のいずれかとするが、 $\mbox{\boldmath$K$}=\mbox{\boldmath$C$}$ と考えてもらってさしつかえない。
  2. $M_{m,n}(\mbox{\boldmath$K$})$$K$の元を要素とする $m\times n$ 行列全体の集合とし、 $M_n(\mbox{\boldmath$K$})$$K$の元を要素とする $n$ 次正方行列全体の集合とする。
  3. $M_n(\mbox{\boldmath$K$})$ に内積とそこから自然に決まる長さ (ノルム) を導入する。

    $A=[a_{ij}]_{i,j}\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$, $B=[b_{ij}]_{i,j}\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$内積 $A\mathop{・}B$

    $\displaystyle A\mathop{・}B = \sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n a_{ij}\overline{b_{ij}}
\hspace{1zw}(\mbox{$\overline{x}$\ は $x$\ の複素共役})
$
    と定め、そこから決まる行列の長さ (ノルム ともいう) $\Vert A\Vert$ を、
    $\displaystyle \Vert A\Vert = \sqrt{A\mathop{・}A} = \sqrt{\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n\vert a_{ij}\vert^2}
$
    と定める。
定理 2.2
長さ $\Vert A\Vert$ は以下を満たす。
  1. $k\in\mbox{\boldmath$K$}$, $A\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$ ならば $\Vert k A\Vert=\vert k\vert\cdot\Vert A\Vert$
  2. $\Vert A\Vert=0$$A=O$ は同値
  3. $\Vert A+B\Vert\leq \Vert A\Vert+\Vert B\Vert$
  4. $\Vert{}^T\!{A}\Vert=\Vert A\Vert$
  5. $\Vert AB\Vert\leq\Vert A\Vert\Vert B\Vert$
証明

1., 2., 3. は通常の $n$ 次元ベクトルの場合と同じだから省略。 4. も明らか。最後の 5. のみ示す。

$A=[a_{ij}]_{i,j}$, $B=[b_{ij}]_{i,j}$, $C=AB=[c_{ij}]_{i,j}$ とすると、

$\displaystyle c_{ij}=\sum_{k=1}^n a_{ik}b_{kj}
$
なので、シュワルツの不等式より、
$\displaystyle \vert c_{ij}\vert
\leq\sum_{k=1}^n \vert a_{ik}\vert\vert b_{kj}...
...sum_{k=1}^n \vert a_{ik}\vert^2}\sqrt{\sum_{\ell=1}^n\vert b_{\ell j}\vert^2}
$
となる。よって、
$\displaystyle \sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n\vert c_{ij}\vert^2
\leq\sum_{i=1}^n \su...
...^n \vert a_{ik}\vert^2
\sum_{j=1}^n \sum_{\ell =1}^n \vert b_{\ell j}\vert^2
$
より $\Vert AB\Vert^2\leq\Vert A\Vert^2\Vert B\Vert^2$ が得られる。


定義 2.3

  1. 行列の無限列 $A_1,A_2,A_3,\ldots$ ( $A_m\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$) の 極限 $\displaystyle B=\lim_{m\rightarrow \infty}{A_m}$ を、
    $\displaystyle \lim_{m\rightarrow \infty}{\Vert A_m-B\Vert}=0
$
    で定義する。 これは、成分を $A_m=[a_{ij}(m)]_{i,j}$, $B=[b_{ij}]_{i,j}$ と 書けば、容易に
    $\displaystyle \lim_{m\rightarrow \infty}{A_m}=B
\mathop{\mbox{\ $\Longleftrightarrow$\ }}
\mbox{すべての $i,j$\ に対し} \lim_{m\rightarrow \infty}{a_{ij}(m)}=b_{ij}
$
    となることがわかる。
  2. 行列の無限列 $\{A_m\}_m$ ( $A_m\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$) が コーシー列 であるとは、
    $\displaystyle \lim_{m,\ell\rightarrow \infty}{\Vert A_m-A_\ell\Vert}=0
$
    となることをいう。
コーシー列の定義はほぼ実数列の場合と同様である。 実数列 $\{a_m\}_m$ の場合、
$\displaystyle \lim_{m,\ell\rightarrow \infty}{\vert a_m-a_\ell\vert}=0
$
となるときにコーシー列と呼ぶが、$\{a_m\}_m$ がコーシー列であることと、 それがある有限な極限値 $b$ に収束することは同値となる (証明は省略、実数論と関係する)。 そして、行列の無限列に対しても同じことが言える。

定理 2.4

行列の無限列 $\{A_m\}_m$ ( $A_m\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$) がコーシー列であることと、 ある行列 $B$ に収束することは同値。
証明

$\{A_m\}_m$$B$ に収束すれば、

$\displaystyle \lim_{m\rightarrow \infty}{\Vert A_m-B\Vert}=0
$
なので、
$\displaystyle \lim_{m,\ell\rightarrow \infty}{\Vert A_m-A_\ell\Vert}
\leq \lim_{m,\ell\rightarrow \infty}{(\Vert A_m-B\Vert+\Vert B-A_\ell\Vert)}=0
$
よりコーシー列となる。

逆に、$\{A_m\}_m$ がコーシー列であれば、 $A_m=[a_{ij}(m)]_{i,j}$ の成分も、

$\displaystyle \lim_{m,\ell\rightarrow \infty}{\vert a_{ij}(m)-a_{ij}(\ell)\vert}
\leq\lim_{m,\ell\rightarrow \infty}{\Vert A_m-A_\ell\Vert}=0
$
よりすべての $i,j$ に対してコーシー列となり、 よってそれぞれ極限 $b_{ij}$ が存在する。 よって $A_m=[a_{ij}(m)]_{i,j}$ $B=[b_{ij}]_{i,j}$ に収束する。


定義 2.5

  1. 行列の無限列 $\{A_m\}_m$ ( $A_m\in M_n(\mbox{\boldmath$K$})$) に対する 無限級数
    $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty A_m = A_1+A_2+\cdots
$
    を、部分和の極限
    $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty A_m=\lim_{m\rightarrow \infty}{\sum_{k=1}^m A_k}
$
    で定義する。
  2. 行列の無限級数 $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty A_m$ は、 すべての $m$ に対し $\Vert A_m\Vert\leq a_m$ で、 $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty a_m<\infty$ となる非負実数列 $\{a_m\}_m$ が 存在するとき、絶対収束する といい、 $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty a_m$ $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty A_m$優級数 と呼ぶ。
定理 2.6 絶対収束する無限級数 $\displaystyle \sum_{m=1}^\infty A_m$ は収束する。

証明

$\displaystyle \sum_{m=1}^\infty A_m$ の部分和 $\displaystyle S_m=\sum_{k=1}^m A_k$ が コーシー列であることを示せばよい。 $m>\ell$ に対して、

$\displaystyle \Vert S_m-S_\ell\Vert
=
\Vert\sum_{k=\ell+1}^m A_k\Vert
\leq\...
...Vert
\leq\sum_{k=\ell+1}^m a_k
\leq
\sum_{k=1}^m a_k - \sum_{k=1}^\ell a_k
$
となり、この最後の右辺は $m,\ell\rightarrow\infty$ のときに 0 に収束するので、左辺はコーシー列となる。


竹野茂治@新潟工科大学
2022-05-02