3 本稿で使用する命題

補題 3.1
証明


\begin{eqnarray*}f_A(\lambda)
&=&
\vert\lambda E-A\vert
\ =\
\vert Q^{-1}(\...
...right\vert
\ =\
(\lambda-\lambda_1)\cdots(\lambda-\lambda_n)
\end{eqnarray*}


本稿で一番基本的で重要な定理は以下のものである。

定理 3.2

  1. 任意の $A\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$C$})$ に対し、
    $\displaystyle U^{-1}AU = U^{\ast}AU = \left[\begin{array}{ccc}\lambda_1 & \mult...
...column{2}{l}{\raisebox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right]
$
    となるようなユニタリ行列 $U$ が存在する。
  2. 任意の $A\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$R$})$$A$ の固有値がすべて実数の場合は、 上の $U$ として成分がすべて実数の直交行列を取ることができる。
証明

1. 帰納法を用いる。 $n=1$ なら $U=1$ で成立する。$(n-1)$ 次以下なら成立するとして、 $n$ の場合に成立することを示す。

$A$ の固有値 $\lambda_1$ を 1 つ、 その固有ベクトル $\mbox{\boldmath$p$}_1\in\mbox{\boldmath$C$}^n$ を 1 つとる。 なお、 $\Vert\mbox{\boldmath$p$}_1\Vert=1$ としてよい。

この $\mbox{\boldmath$p$}_1$ を含む $\mbox{\boldmath$C$}^n$ の正規直交基底 $\mbox{\boldmath$p$}_1,\ldots\mbox{\boldmath$p$}_n$ を取り、 $U_1=[\mbox{\boldmath$p$}_1\ \cdots\ \mbox{\boldmath$p$}_n]$ とすると、 この $U_1$ はユニタリ行列で、

$\displaystyle AU_1
= [A\mbox{\boldmath$p$}_1\ \cdots\ A\mbox{\boldmath$p$}_n]...
...in{array}{c\vert c}\lambda_1 & A_1\\ \hline O_{n-1,1} & A_2\end{array}\right]
$
となる。ここで、 $A_1\in M_{1,n-1}(\mbox{\boldmath$C$})$, $A_2\in M_{n-1,n-1}(\mbox{\boldmath$C$})$ である。 よって、
$\displaystyle U_1^{-1}AU_1 = U_1^{\ast}AU_1
= \left[\begin{array}{c\vert c}\lambda_1 & A_1\\ \hline O_{n-1,1} & A_2\end{array}\right] = B_1
$
となる。$A_2$$(n-1)$ 次正方行列なので、帰納法の仮定により、 ある $(n-1)$ 次ユニタリ行列 $U_2$ が存在して、
$\displaystyle U_2^{-1}A_2U_2 = U_2^{\ast}A_2U_2
= \left[\begin{array}{ccc}\la...
...2}{l}{\raisebox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right] = B_2
$
とできる。ここで、
$\displaystyle U_3 = \left[\begin{array}{c\vert c}1 & O_{1,n-1}\\ \hline O_{n-1,1} & U_2\end{array}\right]\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$C$})
$
とすると、
\begin{eqnarray*}U_3^{\ast}U_3
&=&
\left[\begin{array}{c\vert c}1 & O_{1,n-1}...
...-1}\\ \hline O_{n-1,1} & E_{n-1}\end{array}\right]
\ =\
E_n
\end{eqnarray*}
より $U_3$ もユニタリ行列で、このとき、
\begin{eqnarray*}U_3^{\ast}B_1U_3
&=&
\left[\begin{array}{c\vert c}1 & O_{1,n-...
...ox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right] = B_3
\end{eqnarray*}
となり、よって、
$\displaystyle U_3^{\ast}U_1^{\ast}AU_1U_3 = (U_1U_3)^\ast A(U_1U_3)
=U_3^{\ast}B_1U_3 = B_3
$
となるから、これで、ユニタリ行列 $U=U_1U_3$$A$ が 三角行列 $B_3$ にできることが言え、 帰納法によりすべての $n$ で成り立つことが言えたことになる。

2. 1. のユニタリ行列の代わりに直交行列を取ることができることを 見ていけばよい。

上の証明のうち、固有値 $\lambda_1$ と 固有ベクトル $\mbox{\boldmath$p$}_1$ を取る部分は、仮定より $\lambda_1\in\mbox{\boldmath$R$}$ と なるから、$A$ の成分もすべて実数なので、 固有ベクトルも $\mbox{\boldmath$p$}_1\in\mbox{\boldmath$R$}^n$ のものが取れる。 あとは、 $\mbox{\boldmath$p$}_1,\ldots,\mbox{\boldmath$p$}_n$ $\mbox{\boldmath$R$}^n$ の正規直交基底が 取れるので、帰納法の仮定も直交行列に書き換えれば、 上の証明でそのまま示すことができる。


この定理 3.2 は、$A$ になんら仮定をしておらず、 任意の正方行列について成り立つところが重要であり、 すなわち対角化については、それが可能になるには色々な制限がつくのであるが、 三角行列に直すだけなら制限なく常に可能で、 しかもユニタリ行列や直交行列のような都合のいいものでそれができる、 という非常に有益な定理である。

そして、我々が考える対称行列、交代行列、さらにより一般のエルミート行列、 歪エルミート行列に対しては、 この定理 3.2 から直ちにそれらの対角化可能性が得られる。 その前に、それらの固有値に関する補題を一つ紹介する。

補題 3.3

  1. エルミート行列 (対称行列を含む) の固有値はすべて実数
  2. 歪エルミート行列 (交代行列を含む) の固有値はすべて純虚数または 0
証明

1. $A\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$C$})$ をエルミート行列とする。その固有値を $\lambda$, 固有ベクトルを $\mbox{\boldmath$\alpha$}\in\mbox{\boldmath$C$}^n$ とする。

$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangl...
...box{\boldmath$\alpha$}}\rangle
=\lambda\Vert\mbox{\boldmath$\alpha$}\Vert^2
$
となるが、一方、
$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangl...
...th$\alpha$}}\rangle
=\overline{\lambda}\Vert\mbox{\boldmath$\alpha$}\Vert^2
$
となり、 $\mbox{\boldmath$\alpha$}\neq\mbox{\boldmath$0$}$ より $\Vert\mbox{\boldmath$\alpha$}\Vert>0$ なので、 $\lambda=\overline{\lambda}$ となり $\lambda\in\mbox{\boldmath$R$}$ が得られる。

2. $A\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$C$})$ を歪エルミート行列とすると、上と同様の計算で、

$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\alpha$}}\rangl...
...h$\alpha$}}\rangle
=-\overline{\lambda}\Vert\mbox{\boldmath$\alpha$}\Vert^2
$
となるので、 $\lambda=-\overline{\lambda}$ より $\lambda$ は純虚数、 または 0 となる。


この補題 3.3 と定理 3.2 を組み合わせれば、 次の結果が得られる。

定理 3.4

  1. $A\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$C$})$ がエルミート行列 (対称行列も含む)、 または歪エルミート行列 (交代行列も含む) ならば、 ユニタリ行列で対角化できる。すなわち
    $\displaystyle U^{-1}AU = U^{\ast}AU = \left[\begin{array}{ccc}\lambda_1 & \mult...
...column{2}{l}{\raisebox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right]
$
    となるユニタリ行列 $U\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$C$})$ が存在する。
  2. $A\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$R$})$ が対称行列ならば、 直交行列で対角化できる。すなわち、
    $\displaystyle Q^{-1}AQ = \,{}^t\!{Q}AQ = \left[\begin{array}{ccc}\lambda_1 & \m...
...column{2}{l}{\raisebox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right]
$
    となる直交行列 $Q\in M_{n,n}(\mbox{\boldmath$R$})$ が存在する。
証明

1. $A$ に対して定理 3.2 の 1. より、

$\displaystyle U^{\ast}AU = \left[\begin{array}{ccc}\lambda_1 & \multicolumn{2}{...
...mn{2}{l}{\raisebox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right] = B
$
とするようなユニタリ行列 $U$ が取れる。 $A$ がエルミート行列の場合は、$A^{\ast}=A$ より、
$\displaystyle B^{\ast}=(U^{\ast}AU)^{\ast}= U^{\ast}A^{\ast}U = U^{\ast}AU = B
$
となるので、$B$ は三角行列でかつエルミート行列となり、 よって対角行列となる。

$A$ が歪エルミート行列の場合も、$A^{\ast}=-A$ より、

$\displaystyle B^{\ast}= U^{\ast}A^{\ast}U = -U^{\ast}AU = -B
$
となり、$B$ は三角行列でかつ歪エルミート行列なので、 やはり対角行列となる。

2. 対称行列 $A$ の固有値は、補題 3.3 より すべて実数なので、定理 3.2 の 2. より、

$\displaystyle \,{}^t\!{Q}AQ = \left[\begin{array}{ccc}\lambda_1 & \multicolumn{...
...mn{2}{l}{\raisebox{0ex}{\smash{\LARGE$0$}}} & \lambda_n\end{array}\right] = B
$
となるような直交行列 $Q$ が取れる。このとき、
$\displaystyle \,{}^t\!{B}
=\,{}^t\!{(\,{}^t\!{Q}AQ)}
=\,{}^t\!{Q}\,{}^t\!{A}Q
=\,{}^t\!{Q}AQ = B
$
となり、$B$ は三角行列かつ対称行列なので、対角行列となる。


これで、複素数の範囲ではエルミート行列、歪エルミート行列が対角化可能、 実数の範囲で対称行列が対角化可能であることがわかったことになる。 このように、対称行列の対角化定理は比較的シンプルに得られるが、 交代行列の方は固有値は実数ではなく、よって実数の範囲で対角化は できず、ここから先は少し面倒である。

なお、$A$ がユニタリ行列で対角化可能ということは、 $A$ の (複素) 固有ベクトルで正規直交基底が作れることを意味することに 注意する。

竹野茂治@新潟工科大学
2024-03-28