8 可積分な初期値について

この節では、付録として、6 節の最後に述べた、 $N=1$ で初期値が可積分な場合の一様な評価 $t^{-1/2}$ を、 $p\rightarrow 1+0$ の極限としてではなく直接得るための計算を考えてみる。

そこで述べたように、この場合は

\begin{displaymath}
\frac{d}{dt}\int_R \vert u\vert dx\leq 0
\end{displaymath}

を示してそれを積分する、というわけにはいかないので、 最初から微分を積分の中に入れた形で考える。ただし、 絶対値のついた関数の微分を考えるために、 右からの微分係数 $D^{+}$ を用いる。


補題 5

$f(x)$$C^1$ 級のとき、

\begin{displaymath}
D^{+}\vert f(x)\vert
=\lim_{h\rightarrow +0}\frac{\vert f(...
...q 0),\ [1zh]
\vert f'(x)\vert & (f(x)=0)
\end{array}\right. \end{displaymath} (36)


証明

$f(x)>0$, $f(x)<0$ の場合は、 それぞれ $x$ の近くでも $f>0$, $f<0$ であるから (36) は明らか。

$f(x)=0$ の場合は、

\begin{displaymath}
D^{+}\vert f(x)\vert
=\lim_{h\rightarrow +0}\frac{\vert f(...
...\left\vert\frac{f(x+h)-f(x)}{h}\right\vert
=\vert f'(x)\vert
\end{displaymath}

となる。



補題 6

$f(x)$ $a\leq x\leq b+c$ ($c>0$) で $C^1$ 級のとき、

\begin{displaymath}
\int_a^b D^{+}\vert f(x)\vert dx = \vert f(b)\vert-\vert f(a)\vert
\end{displaymath}


証明

$h>0$, $a\leq x\leq b$ に対して

\begin{displaymath}
\left\vert\frac{\vert f(x+h)\vert-\vert f(x)\vert}{h}\right...
...x)}{h}\right\vert
\leq\max_{[a,b+c]}\vert f'(x)\vert <\infty
\end{displaymath}

なので、Lebesgue 収束定理により
\begin{displaymath}
\lim_{h\rightarrow +0}\int_a^b\frac{\vert f(x+h)\vert-\vert f(x)\vert}{h}dx
=\int_a^b D^{+}\vert f(x)\vert dx
\end{displaymath}

となる。一方、 $h\rightarrow +0$ のとき、
\begin{displaymath}
\int_a^b\frac{\vert f(x+h)\vert-\vert f(x)\vert}{h}dx
= \...
...ert f(x)\vert dx
\rightarrow \vert f(b)\vert-\vert f(a)\vert
\end{displaymath}

となる。


この補題 6 によって、任意の $T>0$ に対し、

\begin{displaymath}
\int_R dx\int_0^T D^{+}_t\vert u(t,x)\vert dt
=\int_R\vert u(T,x)\vert dx - \int_R\vert u(0,x)\vert dx\end{displaymath} (37)

が成り立つ。ここで、
\begin{displaymath}
I=\int_R D^{+}_t\vert u(t,x)\vert dx
\end{displaymath}

の積分範囲を、
\begin{displaymath}
\{x; u(t,x)\neq 0\},\hspace{1zw}\{x; u(t,x)=0\}
\end{displaymath}

の 2 つに分けると、補題 5 より、
$\displaystyle I$ $\textstyle =$ $\displaystyle \int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}u_t dx + \int_{u=0}\vert u_t\vert dx$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}(-f'(u)u_x+\varepsilon u_xx)dx
+ \int_{u=0}\vert-f'(0)u_x+\varepsilon u_xx\vert dx$ (38)

となる。 まず、$\{x; u=0\}$ 上の積分であるが、 これは次の補題 7 により 0 となることがわかる。


補題 7

$f(x)$$C^k$ 級 ($k\geq 1$) のとき、

\begin{displaymath}
D_1=\{x; f(x)=0\mbox{ かつ }f^{(k)}(x)\neq 0\}
\end{displaymath}

は高々加算集合。


この補題 7 は、 次の補題 8 により得られる。


補題 8

$f(x)$$C^k$ 級 ($k\geq 1$) のとき、任意の $a>0$ に対して、

\begin{displaymath}
D_2(a)=\{x; f(x)=0\mbox{ かつ }\vert f^{(k)}(x)\vert\geq a\}
\end{displaymath}

は集積点を持たない。


この補題 8 が言えれば、 $D_2(a)$ は離散的なので高々可算集合となり、よって

\begin{displaymath}
D_1 = \bigcup_{n\in N} D_2\left(\frac{1}{n}\right)
\end{displaymath}

も高々可算集合であることが言え、 補題 7 が成り立つことになる。

この補題 8 は、以下のようにして示される。 今、$x_n\in D_2(a)$ ($n=1,2,\ldots$) がすべて異なる点列で、 $x_n\rightarrow p$ であるとする。 このとき、

\begin{displaymath}
f(x_n)=0,\hspace{1zw}\vert f^{(k)}(x_n)\vert\geq a
\end{displaymath}

なので、その極限においても
\begin{displaymath}
f(p)=0,\hspace{1zw}\vert f^{(k)}(p)\vert\geq a
\end{displaymath}

となり、よって $p\in D_2(a)$ となる。

ところで、$f(p)=0$ とロピタルの定理により、

\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow p}\frac{f(x)}{x-p}=f'(p)
\end{displaymath}

となるが、$x=x_n$ に対しては
\begin{displaymath}
\frac{f(x_n)}{x_n-p}=0
\end{displaymath}

なので、よって $f'(p)=0$ となる。 そしてこれにより、再びロピタルの定理により、
\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow p}\frac{f(x)}{(x-p)^2}
=\lim_{x\rightarrow p}\frac{f''(x)}{2}
=\frac{f''(p)}{2}
\end{displaymath}

となるが、$x=x_n$ においてはやはり
\begin{displaymath}
\frac{f(x_n)}{(x_n-p)^2}=0
\end{displaymath}

なので、$f''(p)=0$ となる。 これを繰り返して結局 $f^{(k)}(p)=0$ が得られるが、 これは $\vert f^{(k)}(p)\vert\geq a$ に矛盾する。 よって $D_2(a)$ は集積点を持たない。

結局 $\{x; u=0\}$ 上の積分は 0 となるので、 (38) より

\begin{displaymath}
I=-\int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}f'(u)u_xdx
+ \varepsilon \int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}u_{xx} dx \end{displaymath} (39)

となる。この最初の積分は、
$\displaystyle {\int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}f'(u)u_xdx
=\int_{u\neq 0}\f...
...ert u\vert}(f'(u)-f'(0))u_xdx
+f'(0)\int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}u_xdx }$
  $\textstyle =$ $\displaystyle \int_{u\neq 0}H(u)_xdx +f'(0)\int_{u\neq 0}\vert u\vert _xdx$ (40)

と変形できる。ここで $H(u)$ は、
\begin{displaymath}
H(w)=\int_0^w\frac{u}{\vert u\vert}(f'(u)-f'(0))du
\end{displaymath}

で定義される $C^1$ 級の関数である。

今、$u$$x$ に関して連続なので $\{x; u(t,x)\neq 0\}$ は 開集合であるが、その連結成分は開区間であり、 それらは高々可算個で共通部分を持たず、

\begin{displaymath}
\{x; u(t,x)\neq 0\}=\bigcup_{n}(a_n,b_n)
\end{displaymath}

と書ける。各区間 $(a_n,b_n)$ では $u$ は正、または負のいずれかであり、
\begin{displaymath}
u(t,a_n)=u(t,b_n)=0\end{displaymath} (41)

となる。$a_n=-\infty$, あるいは $b=\infty$ の場合も $u$ は遠方で 0 に収束するから、 その場合も (41) は成り立つと見ることができる。 よって、
\begin{displaymath}
\int_{u\neq 0}H(u)_xdx
=\sum_n\int_{a_n}^{b_n}H(u)_xdx
=\sum_n\left[H(u)\right]_{a_n}^{b_n}
=0
\end{displaymath}

となる。$\vert u\vert _x$ の積分の方も同様に 0 となる ($u$, $u_x$ に適当な減衰性があるという仮定の元)。 よって、$I$
\begin{displaymath}
I=\varepsilon\int_{u\neq 0}\frac{u}{\vert u\vert}u_{xx}dx
=\varepsilon\int_{u>0}u_{xx}dx - \varepsilon\int_{u<0}u_{xx}dx
\end{displaymath}

のみが残ることとなるが、この積分は ($u_{xx}$ も可積分であるとし、遠方での減衰性を仮定すれば)、 上と同様に各開区間の積分に分けることができて、
$\displaystyle I$ $\textstyle =$ $\displaystyle \varepsilon\int_{u>0}u_{xx}dx - \varepsilon\int_{u<0}u_{xx}dx
=
\...
...on\sum_{m}\int_{c_m}^{d_m}u_{xx}dx
-\varepsilon\sum_{j}\int_{p_j}^{q_j}u_{xx}dx$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \varepsilon\sum_{m}\left[u_x\right]_{c_m}^{d_m}
-\varepsilon\sum_{j}\left[u_x\right]_{p_j}^{q_j}$ (42)

と変形できる。 ここで $(c_m,d_m)$ 上では $u>0$$(p_j,q_j)$ 上では $u<0$ で、 $u(c_m)=u(d_m)=u(p_j)=u(q_j)$ であるから、
\begin{displaymath}
u_x(c_m)\geq 0,\hspace{1zw}u_x(d_m)\leq 0,\hspace{1zw}
u_x(p_j)\leq 0,\hspace{1zw}u_x(q_j)\geq 0
\end{displaymath}

となる。よって、
\begin{displaymath}
\left[u_x\right]_{c_m}^{d_m}\leq 0,\hspace{1zw}
\left[u_x\right]_{p_j}^{q_j}\geq 0\end{displaymath} (43)

となるので、 よって (42), (43) より $I\leq 0$ が言え、 結局 (37) と Fubini の定理により、任意の $T>0$ に対して
\begin{displaymath}
\int_R\vert u(T,x)\vert dx \leq\int_R\vert u(0,x)\vert dx
\end{displaymath}

が言えることになる。

これが言えてしまえば後は前と同じで、

\begin{eqnarray*}\vert u(t,x)^2\vert
&=&
\vert u(t,x)^2-u(t,-\infty)^2\vert
\...
...nt_R\vert u\vert dx
\leq \frac{4}{\delta t}\Vert u_0\Vert _{L^1}\end{eqnarray*}


となり、(34) が得られることになる。

ただしこちらの場合は、 それなりに $x$ の遠方に関する減衰性や可積分性は必要とするものの、 $p\rightarrow 1+0$ の極限を用いないので、 初期値がコンパクト台を持つ必要はない。

竹野茂治@新潟工科大学
2009年1月25日