7 数値計算

6 節の考察により、$\mu<1$$\mu\geq 1$ かで $x=0$ での境界条件 (6) の要、不要が分かれることがわかったが、 それを数値計算結果と比較してみることにする。

それは、(5) の数値計算を通常の差分で考えると、 その計算方法は $\mu $ が 1 より大きいか小さいかとは 無関係に計算できてしまうからで、つまり差分の作り方によって

  1. $\mu<1$ で、境界条件 (6) を必要とする計算方法の場合
  2. $\mu\geq 1$ で、境界条件 (6) を必要とする計算方法の場合
  3. $\mu<1$ で、境界条件 (6) を使わない計算方法の場合
  4. $\mu\geq 1$ で、境界条件 (6) を使わない計算方法の場合
の 4 通りがあることになるが、 6 節の考察により 1. と 4. は正しく、 2. は無用な境界条件を与えていることになっていて、 逆に 3. は 必要な境界条件がない状態になっているはずである。 本節では、これらの計算方法を実際にどのように行うのか、 そしてその結果と 6 節の考察との関係について紹介する。

方程式 (5) を普通に差分化すると

$\displaystyle {\frac{u(t+\Delta t,x)-2u(t,x)+u(t-\Delta t,x)}{(\Delta t)^2}}$
  $\textstyle =$ $\displaystyle x \frac{u(t,x+\Delta x)-2u(t,x)+u(t,x-\Delta x)}{(\Delta x)^2}
+\mu\frac{u(t,x+\Delta x)-u(t,x)}{\Delta x}$ (29)

のようなものが考えられるが、これだと $x=0$ の近くで、 $x=\Delta x$ での $u$ の値を計算するときに $u_{xx}$ の差分の $u(t,0)$ の値を用いるので $x=0$ での境界条件が必要になってしまう。 これを解消するには、 $u_{xx}$ の差分の $u(t,x-\Delta x)$ の項に、 $x$ 倍の代わりに $(x-\Delta x)$ 倍がついていればよく、 そうすれば $u(t,0)$ の計算のときはそれが 0 倍となって消えてくれることになる。 つまり、$xu_{xx}$ の差分の代わりに $(xu)_{xx}$ の差分を考えればよいことになる。

よって、$xu_{xx}$

\begin{displaymath}
xu_{xx}=(xu)_{xx}-2u_x
\end{displaymath}

と変形して、$(xu)_{xx}$ の差分を
\begin{displaymath}
\frac{(x+\Delta x)u(t,x+\Delta x)-2xu(t,x)+(x-\Delta x)u(t,x-\Delta x)}{(\Delta x)^2}\end{displaymath} (30)

とすればよい。

残る 1 階微分の $u_x$ の項は、(29) では前進差分としているが、 その場合には $x=0$ での境界条件は必要なく、 これを後退差分とすると $x=0$ での境界条件が必要となる。

結局、方程式 (5) を、

\begin{displaymath}
u_{tt}=(xu)_{xx}+(\mu-2)u_x
\end{displaymath}

と書き直した上で、 2 階微分の項は $x=0$ での境界条件が不要な形 (30) を利用することにして、 1 階微分は前進差分とした
$\displaystyle {\frac{u(t+\Delta t,x)-2u(t,x)+u(t-\Delta t,x)}{(\Delta t)^2}}$
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{(x+\Delta x)u(t,x+\Delta x)-2xu(t,x)+(x-\Delta x)u(t,x-\Delta x)}{(\Delta x)^2}$  
    $\displaystyle +(\mu-2)\frac{u(t,x+\Delta x)-u(t,x)}{\Delta x}$ (31)

$x=0$ での境界条件が不要な差分 (4 通りのうちの 3. と 4.) とし、 $u_x$ の差分を後退差分にした
$\displaystyle {\frac{u(t+\Delta t,x)-2u(t,x)+u(t-\Delta t,x)}{(\Delta t)^2}}$
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{(x+\Delta x)u(t,x+\Delta x)-2xu(t,x)+(x-\Delta x)u(t,x-\Delta x)}{(\Delta x)^2}$  
    $\displaystyle +(\mu-2)\frac{u(t,x)-u(t,x-\Delta x)}{\Delta x}$ (32)

$x=0$ での境界条件が必要な差分 (4 通りのうちの 1. と 2.) として数値計算することにする。

以下にその数値計算結果を示すが、いずれも $L=1$、初期値は

\begin{displaymath}
u(0,x)=0,\hspace{1zw}u_t(0,x)=\sin 2\pi x
\end{displaymath}

とし、境界条件が必要な差分では $x=0$ での境界条件は
\begin{displaymath}
u(t,x)=\sin t
\end{displaymath}

としている。 また、$x$ 方向の分割数は $N=500$ ($\Delta x=L/N$) で、 $\Delta t$ $\Delta t=\Delta x$ として計算した。 以下に示すグラフは、いずれも $t=0.2$ 毎の $u=u(t,x)$ のグラフを $(x,u)$ 平面に約 50 本重ねて表示している。

まずは、境界条件をつけた差分 (32) による結果を示す。 この差分では、$\mu<1$ の場合は適切で、$\mu\geq 1$ の場合は不適切、 すなわち境界条件が余計になっているはずである。

図 1: $\mu =0.5$、境界条件つき (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{b_0.5g.eps}
図 2: $\mu =0.5$、境界条件つき (境界付近)
\includegraphics[width=10cm]{b_0.5l.eps}

1 を見ると、 $x=0$ の付近では境界条件に引きずられて 糸が不自然に折れ曲がっているように見えなくもないが、 $x=0$ の付近を拡大した図 2 を見ると、 そうでもない感じがする。

図 3: $\mu =1.0$、境界条件つき (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{b_1.0g.eps}
図 4: $\mu =1.0$、境界条件つき (境界付近)
\includegraphics[width=10cm]{b_1.0l.eps}

図 5: $\mu =1.5$、境界条件つき (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{b_1.5g.eps}
図 6: $\mu =1.5$、境界条件つき (境界付近)
\includegraphics[width=10cm]{b_1.5l.eps}

それに対して、$\mu =1.0$ (図 3, 4), $\mu =1.5$ (図 5, 6) と $\mu $ が大きくなるにつれ、 糸がかなり不自然に境界条件に引きずられ、 $x=0$ の近くで急に曲がっていることがわかる。 つまり、$x=0$ の付近では境界条件に拘束されて 不自然に急激に折れ曲がっていて、 それは本来は余計な境界条件のために そのように不自然な形になっているのだと想像される。

次は、境界条件の不要な差分 (31) による結果を示す。 この差分では、$\mu\geq 1$ の場合が適切で、 $\mu<1$ の場合は境界条件が足りないはずである。

図 7: $\mu =1.5$、境界条件なし (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{a_1.5.eps}
図 8: $\mu =1.0$、境界条件なし (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{a_1.0.eps}
7, 8 は、 その $\mu\geq 1$ の場合のグラフであるが、 $\mu $ が大きい方が $x=0$ でのしなり (変動) が大きいと感じる ($u$ 軸の目盛りに注意) が、特に問題は見られない。

図 9: $\mu =0.5$、境界条件なし (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{a_0.5.eps}
図 10: $\mu =0.0$、境界条件なし (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{a_0.0.eps}

一方、$\mu<1$ の場合は、$\mu =0.5$ (図 9)、 $\mu =0.0$ (図 10) も、 $x=0$ での振動が小さくなっているように感じるが、 それほど問題があるようには見えない。

図 11: $\mu =-0.1$、境界条件なし (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{a_m0.1.eps}
図 12: $\mu =-0.1$、境界条件つき (全体図)
\includegraphics[width=10cm]{b_m0.1.eps}
しかし、$\mu $ をさらに小さくして負の値にすると、 境界条件なしの差分 (31) では解の有界性が崩れて、 どんどん負の方に絶対値が大きくなっていく (図 11)。 これを、同じ $\mu =-0.1$ の値に対する境界条件つきの差分 (32) の結果 (図 12) と比較すると、 これもやや変わった感じのグラフではあるが、 安定性という点では境界条件つきの差分 (32) の方がましなように思う。 この不安定性は、本来必要な境界条件が足りないために起きているのであろうが、 この図 11 がそれを明確に表しているのかどうかは、 しかしよくはわからない。

竹野茂治@新潟工科大学
2009年6月22日