4 グリッサンド音

グリッサンド (ポルタメントととも言う) とは、 音程を連続的に変化させる奏法のことを言う。 これは、ピアノ、クラリネット、トランペットのように 中途半端な音を出せない (出しにくい) 楽器では難しいが3、トロンボーンやバイオリンなどでは可能な、特別な奏法である。

例えば、グリッサンドでなく、 半音ずつ音階の音を $t_0$ 秒毎に一定に上げて行くには、

\begin{displaymath}
\begin{array}{l}
y=f_2(t)\\
=
\left\{\begin{array}{ll}
...
...1}\}
& (Nt_0\leq t< (N+1)t_0)
\end{array}\right. \end{array}\end{displaymath} (3)

のようにすればよい。 なお、$\sin $ の中に $t_0a_0$, $t_0a_0+t_0a_1$,...のように 残してあるのは、$t$ に関して連続関数にするためのものである。

この (3) の $\sin $ の中の $2\pi$ 以外の部分を $f_3(t)$ (すなわち $f_2(t)= A\sin 2\pi f_3(t)$) とすると、 この $f_3(t)$ は、折れ線のグラフになる。

図 1: $f_3(t)$ のグラフ
\includegraphics[width=0.7\textwidth]{fig1.eps}

しかし、この場合は $t_0$ 秒毎に音程が一つずつ上がっていくだけで、 連続的に音程が変化するグリッサンドにはなっていない。 連続に音程を変化させるには、この折れ線を滑らかなグラフにすればよい。

この関数 $f_3(t)$$t$ で微分すると、 微分は関数の傾きを意味するから、 そのグラフは図 2 のように階段関数となる。

図 2: 導関数 $f_3'(t)$ のグラフ
\includegraphics[width=0.7\textwidth]{fig2.eps}
このグラフを見るとわかるが、 この導関数 $f_3'(t)$$f_2(t)$ の音の周波数を表しているようである。 まずこの事実について説明しておく。

今、増加関数 $g_1(t)$ ($g_1'(t)>0$) に対して $g_2(t)$

\begin{displaymath}
g_2(t)=A\sin 2\pi g_1(t)\end{displaymath} (4)

とするとき、この $g_2(t)$$t=t_1$ での周波数を考えてみる。 周波数とは 1 秒あたりの波の数であり、 $t=t_1$ から $t=t_1+\Delta t$ の間での波数は、
\begin{displaymath}
\frac{2\pi g_1(t_1+\Delta t)-2\pi g_1(t_1)}{2\pi}
=g_1(t_1+\Delta t)-g_1(t_1)
\end{displaymath}

であり、よってこれを $\Delta t$ で割った
\begin{displaymath}
\frac{g_1(t_1+\Delta t)-g_1(t_1)}{\Delta t}\end{displaymath} (5)

が 1 秒あたりの波数、 すなわち $g_2(t)$ のこの $\Delta t$ 秒間の平均的な周波数となる。 この (5) の式を $\Delta t\rightarrow 0$ としたものが丁度 $t=t_1$ での周波数となるが、 微分の定義より、その極限は
\begin{displaymath}
\lim_{\Delta\rightarrow 0}\frac{g_1(t_1+\Delta t)-g_1(t_1)}{\Delta t}
=g_1'(t_1)
\end{displaymath}

となる。つまり、$g_1(t)$ の微分係数 $g_1'(t)$ は確かに $g_2(t)$ の周波数を表すことがわかる。

今、音程の周波数 $a_n$ に対して、 音程と同様に一定に増加する添え字 $n$ を音程を数値化したもの、 すなわち下のドを 0、ド$\sharp$ を 1 のように見ることにすれば、

\begin{displaymath}
\log a_n = \log a_0r^n = \log a_0+n\log r
\end{displaymath}

なので、
\begin{displaymath}
n=\frac{\log a_n-\log a_0}{\log r}
\end{displaymath}

となり、この数値化された音程 $x$ と周波数 $a$ の間の関係は、
\begin{displaymath}
x=s(a)=\frac{\log a-\log a_0}{\log r},\hspace{1zw}
a=h(x)=a_0 r^x\end{displaymath} (6)

と書けることになる。$s$ は周波数を音程に変える関数、 $h$ は逆に音程を周波数に変える関数となる。

最初 ($t=0$) の周波数が $a$ で, $t=T$ のときの周波数が $b$ であり、 その間一定に音程が変化するような (4) の形の関数を考えてみることにする。

上の考察により $g_2(t)$ の周波数は $g_1'(t)$ であるので、 $g_1$ が満たすべき条件は、

\begin{displaymath}
g_1'(0)=a,\hspace{1zw}g_1'(T)=b\end{displaymath} (7)

および音程 $s(g_1'(t))$ が一定に変化、すなわち直線的に変化することである。

$s(a)=p$, $s(b)=q$ とすると、$s(g_1'(t))$$t=0$ から $t=T$ にかけて $p$ から $q$ に直線的に変化することになるので、

\begin{displaymath}
s(g_1'(t))=p+\frac{t}{T}(q-p)
\end{displaymath}

と書けることになる。よって、
\begin{eqnarray*}&& \frac{\log g_1'(t)-\log a_0}{\log r}= p+\frac{t}{T}(q-p),
\\ && \log g_1'(t)=\log a_0 + \left\{p+\frac{t}{T}(q-p)\right\}\log r\end{eqnarray*}


より、$g_1'(t)$ は、
\begin{displaymath}
g_1'(t) = a_0 r^{p+(q-p)t/T}\end{displaymath} (8)

となる。ここで、
\begin{displaymath}
a=h(p)=a_0r^p,\hspace{1zw}b=h(q)=a_0r^q
\end{displaymath}

より、
\begin{eqnarray*}g_1'(t)
&=&
a_0r^{(1-t/T)p}r^{tq/T}
=
a_0(r^p)^{1-t/T}(r^q)...
...1-t/T}\left(\frac{b}{a_0}\right)^{t/T}
\\ &=&
a^{1-t/T}b^{t/T}\end{eqnarray*}


となるので、結局
\begin{displaymath}
g_1'(t)=a\left(\frac{b}{a}\right)^{t/T}\end{displaymath} (9)

と書けることになる。これを積分すれば、
\begin{displaymath}
g_1(t)
=\int a\left(\frac{b}{a}\right)^{t/T} dt
=aT\frac{1}{\displaystyle \log\frac{b}{a}}\left(\frac{b}{a}\right)^{t/T}+C
\end{displaymath}

となり、$g_1(t)$ では定数差は特に意味を持たないので、$C=0$ とし、 また $b/a$$R$ と書くことにすれば、
\begin{displaymath}
g_1(t)=
\frac{aT}{\log R}R^{t/T}\end{displaymath} (10)

と書けることになる。よって、
\begin{displaymath}
g_2(t)=
A\sin 2\pi\frac{aT}{\log R}R^{t/T}\end{displaymath} (11)

が、グリッサンドを生成する関数だということになるが、 もちろん、$\sin $ の代わりに周期が 1 の別の関数 $\alpha(x)$ を使って、
\begin{displaymath}
g_2(t)=
\alpha\left(\frac{aT}{\log R}R^{t/T}\right)\end{displaymath} (12)

としてもよい。 これは、(11) とは別の音色のグリッサンド関数となる。

竹野茂治@新潟工科大学
2007年8月7日