2 離散確率分布のたたみこみ

本稿では、離散確率分布 $P$ を、標本空間 $\Omega$ と、 その上の確率関数 $p(x):\Omega\rightarrow [0,1]$ をセットにして、 $P=(\Omega,p)$ のように表す。 なお、$\Omega$ としては、基本的に $\mbox{\boldmath Z${}_{+}$}=\{0,1,2,\ldots\}$ を考える。

離散確率分布 $P=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},p)$, $Q=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},q)$ のたたみこみを紹介する。 確率変数 $x\sim P$, $y\sim Q$ が独立であるとみて、その和 $z=x+y$ を考える。 独立なので、2 次元確率関数 $r(x,y)$ $r(x,y)=p(x)q(y)$ となり、 その写像 $(x,y)\rightarrow x+y$ として $z=x+y$ が定まるが ([1])、 この $z=x+y$ の確率関数 $s(z)$ は、$x$$y$ の独立性より、

\begin{eqnarray*}s(n)
&=&
\mathrm{Prob}\{z=n\}
\ =\
\mathrm{Prob}\{x+y=n...
...\}
\ =\
\sum_{k=0}^n r(k,n-k)
\\ &=&
\sum_{k=0}^n p(k)q(n-k)\end{eqnarray*}
となる。

このように、2 つの確率分布 $P=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},p)$, $Q=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},q)$ に対して、

  $\displaystyle
(p\ast q)(n) = \sum_{k=0}^n p(k)q(n-k)\hspace{1zw}(n\in \mbox{\boldmath Z${}_{+}$})$ (1)
で決まる関数 $p\ast q$ を確率関数とする確率分布を $P$, $Q$ の 「たたみこみ」といい、$P\ast Q$ と書く。 なお、$p\ast q$ の値は当然 0 以上であり、
\begin{eqnarray*}\sum_{n=0}^\infty (p\ast q)(n)
&=& \sum_{n=0}^\infty\sum_{k=0...
...-k)
\\ &=& \sum_{k=0}^\infty p(k) \sum_{m=0}^\infty q(m)
\ =\ 1\end{eqnarray*}
となるので、確かに $p\ast q$ は Z${}_{+}$上の確率関数となる。 たたみこみ $P\ast Q$ は、上に見たように $P$, $Q$ に従う 独立な確率変数の和が従う確率分布、となる。

たたみこみに関しては、以下が成り立つ。


命題 1

  1. $p\ast q = q\ast p$
  2. $(p\ast q)\ast r = p\ast(q\ast r)$
  3. Z${}_{+}$上の確率関数 $p$, $q$ に対して、$p(0)>0$ のとき、 $p\ast r=q$ となる Z${}_{+}$上の関数 $r$ が一意に決定する (が、確率関数になるとは限らない)


証明

1. $m=n-k$ とすると、

$\displaystyle (p\ast q)(n) = \sum_{k=0}^n p(k)q(n-k) = \sum_{m=0}^n p(n-m)q(m)
= (q\ast p)(n)
$
となり成り立つ。

2.

\begin{eqnarray*}\lefteqn{
((p\ast q)\ast r)(n)
\ =\
\sum_{k=0}^n(p\ast q)(k...
...=&
\sum_{j=0}^n p(j)(q\ast r)(n-j)
\ =\
(p\ast(q\ast r))(n)
\end{eqnarray*}

3. $q(0)=p(0)r(0)$ なので、$p(0)>0$ より $r(0)$ $r(0)=q(0)/p(0)$ と 一意に決定する。

また、$r(k)$ $k=0,1,\ldots,n-1$ まで決定したとすると、

$\displaystyle q(n) = \sum_{k=0}^n p(k)r(n-k)
= p(0)r(n) + p(1)r(n-1)+\cdots+p(n)r(0)
$
より、
$\displaystyle r(n) = \frac{q(n)}{p(0)}
- \frac{1}{p(0)}\left(p(1)r(n-1)+\cdots+p(n)r(0)\right)
$
によって $r(n)$ も一意に決定するから、$r$ が一意に決定することになる。

ただし、$r(n)$ の値が負にならないとは言えないので、 $r$ が確率関数になるとは限らない。


この命題 1 の 2. より、 $x_i\sim P_i=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},p_i)$ ($1\leq i\leq n$) に対するたたみこみ $P_1\ast\cdots\ast P_n$ を考えることもできる。 これは、順にたたみこんだものであるが、

\begin{eqnarray*}\lefteqn{(p_1\ast\cdots\ast p_n)(m)
\ =\
\sum_{k_1=0}^mp_1(k...
...)
\\ &=&
\sum_{i_1+\ldots+i_n=m}p_1(i_1)p_2(i_2)\cdots p_n(i_n)\end{eqnarray*}
と書ける。これは、 $x_1,\ldots,x_n$ が独立であるとみたときの $z=x_1+\ldots+x_n$$m$ に等しい確率になるので、 $P_1\ast\cdots\ast P_n$ はこの和の確率分布となる。

また、この $P_j$ がすべて $P=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},p)$ に等しい場合は、 それを本稿では $P^{(n)}=(\mbox{\boldmath Z${}_{+}$},p^{(n)})$ と書くことにする。 命題 1 の 3. と同様、これに対しても 次が成り立つ。


命題 2

Z${}_{+}$上の確率関数 $q$$n\geq 2$ に対して、$q(0)>0$ のとき、 $p^{(n)}=q$ となる Z${}_{+}$上の関数 $p$ が一意に決定する (が、確率関数になるとは限らない)


証明

$q(0) = p(0)^n$ より、$q(0)>0$ であれば $p(0)=q(0)^{1/n}$ と 一意に $p(0)$ が決定する。

また、$p(k)$ $k=1,\ldots,m-1$ まで決定したとすると、

$\displaystyle q(m)
= \sum_{i_1+\cdots+i_n=m}p(i_1)\cdots p(i_n)
= np(0)^{n-1}p(m) + \sum_{i_1+\cdots+i_n=m,i_k<n}p(i_1)\cdots p(i_n)
$
となるので、$p(m)$ は、
$\displaystyle p(m) = \frac{q(m)}{np(0)^{n-1}}
- \frac{1}{np(0)^{n-1}}\sum_{i_1+\cdots+i_n=m,i_k<n}p(i_1)\cdots p(i_n)
$
により $p(m)$ が一意に決定する。

ただし、$p(m)$ の値が負にならないとは言えないので、 $p$ が確率関数になるとは限らない。


ここで、たたみこみの例を 2,3 紹介する。


3

2 項分布 $B(m,r)\ast B(n,r)$ のたたみこみを計算する。 2 項分布 $B(m,r)$ の確率関数を

$\displaystyle p_{m,r}(x) = \left(\begin{array}{c}m\\ x\end{array}\right)r^{x}(1-r)^{m-x}\hspace{1zw}(0<r<1)
$
とする。ただし、$x<0$, または $x>m$ では
$\displaystyle \left(\begin{array}{c}m\\ x\end{array}\right) = 0
$
と考え、標本空間は Z${}_{+}$とする。
\begin{eqnarray*}\lefteqn{(p_{m,r}\ast p_{n,r})(k)
\ =\
\sum_{j=0}^kp_{m,r}(j...
...nd{array}\right)\left(\begin{array}{c}n\\ k-j\end{array}\right)
\end{eqnarray*}
となるが、
$\displaystyle \sum_{j=0}^k\left(\begin{array}{c}m\\ j\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}n\\ k-j\end{array}\right)
$
は、$m+n$ 個の玉のうち、$k$ 個が白玉、$(m+n-k)$ 個が赤玉であるときに それを 1 列に並べたときの並べかえの個数
$\displaystyle \left(\begin{array}{c}m+n\\ k\end{array}\right)
$
に等しい。実際、その 1 列の並びの最初の $m$ 個と後の $n$ 個に分けて 考えると、その並び換えの総数は、最初の $m$ 個に $j$ 個の白玉が含まれ、 後の $n$ 個に $(k-j)$ 個の白玉が含まれるときの組み合わせの総数を、 $j$ に関して加えたものになっているからである。

よって、

$\displaystyle p_{m,r}\ast p_{n,r}(k) = \left(\begin{array}{c}m+n\\ k\end{array}\right)r^{k}(1-r)^{m+n-k}
= p_{m+n,r}
$
となり、よって $B(m,r)\ast B(n,r)=B(m+n,r)$ となることがわかる。 一般に、
$\displaystyle B(n_1,r)\ast\cdots\ast B(n_k,r)=B(n_1+\cdots+n_k,r)
$
となる。



4

ポアソン分布 $P(\lambda)\ast P(\mu)$ のたたみこみを計算する。 ポアソン分布 $P(\lambda)$ の確率関数を

$\displaystyle p_{\lambda}(x) = \frac{\lambda^x}{x!}\,e^{-\lambda}
$
とする。
\begin{eqnarray*}\lefteqn{(p_{\lambda}\ast p_\mu)(n)
\ =\
\sum_{k=0}^n p_\lam...
...ambda-\mu}\frac{(\lambda+\mu)^n}{n!}
\ =\
p_{\lambda+\mu}(n)
\end{eqnarray*}
となるので、 $P(\lambda)\ast P(\mu)=P(\lambda+\mu)$ がわかる。 一般に、
$\displaystyle P(\lambda_1)\ast\cdots\ast P(\lambda_n)=P(\lambda_1+\cdots+\lambda_n)
$
となる。


竹野茂治@新潟工科大学
2022-08-25