4 固有値、固有ベクトルの性質

次は交代行列を実数の範囲で、ある標準形に変換することを考える。 そのためにまず補題をいくつか示す。

まずは、固有値 0 に対する固有空間の次元、基底に関する性質から。

補題 4.1

証明

$Z_C(A)$, $Z_R(A)$ が部分空間であることは容易。

$\mbox{\boldmath$\alpha$}=\mbox{\boldmath$a$}+\mbox{\boldmath$b$}i\in\mbox{\boldmath$C$}^n$ ( $\mbox{\boldmath$a$},\mbox{\boldmath$b$}\in\mbox{\boldmath$R$}^n$) に対し、$A$ の成分は実数なので、 $A\mbox{\boldmath$\alpha$}=A\mbox{\boldmath$a$}+iA\mbox{\boldmath$b$}=\mbox{\boldmath$0$}$ $A\mbox{\boldmath$a$}=A\mbox{\boldmath$b$}=\mbox{\boldmath$0$}$ は同値なので、 $\mbox{\boldmath$\alpha$}\in Z_C(A)$ $\mbox{\boldmath$a$},\mbox{\boldmath$b$}\in Z_R(A)$ は同値となる。 よって、$Z_R(A)$ の基底を $\mbox{\boldmath$a$}_1,\ldots,\mbox{\boldmath$a$}_m$ とすると、 $\mbox{\boldmath$\alpha$}=\mbox{\boldmath$a$}+\mbox{\boldmath$b$}i\in Z_C(A)$ $\mbox{\boldmath$a$},\mbox{\boldmath$b$}\in Z_R(A)$ より、 $\mbox{\boldmath$a$},\mbox{\boldmath$b$}$ $\mbox{\boldmath$a$}_j$ の線形結合で表され、

\begin{eqnarray*}\mbox{\boldmath$\alpha$}
&=&
\mbox{\boldmath$a$}+\mbox{\boldm...
..._1)\mbox{\boldmath$a$}_1+\cdots+(c_m+id_m)\mbox{\boldmath$a$}_m
\end{eqnarray*}
と書けるので、$Z_C(A)$ の元はすべて $\mbox{\boldmath$a$}_j$ の複素係数の線形結合で表される。

一方、 $(c_1+id_1)\mbox{\boldmath$a$}_1+\cdots+(c_m+id_m)\mbox{\boldmath$a$}_m=\mbox{\boldmath$0$}$ と すると、

$\displaystyle (c_1\mbox{\boldmath$a$}_1+\cdots+c_m\mbox{\boldmath$a$}_m)
+(d_1\mbox{\boldmath$a$}_1+\cdots+d_m\mbox{\boldmath$a$}_m)i
= \mbox{\boldmath$0$}
$
となるから、 $\mbox{\boldmath$a$}_j\in\mbox{\boldmath$R$}^n$ より
$\displaystyle c_1\mbox{\boldmath$a$}_1+\cdots+c_m\mbox{\boldmath$a$}_m = d_1\mbox{\boldmath$a$}_1+\cdots+d_m\mbox{\boldmath$a$}_m
=\mbox{\boldmath$0$}
$
となり、 $\mbox{\boldmath$a$}_j$ $\mbox{\boldmath$R$}^n$ で線形独立なので、 $c_1=\cdots=c_m=0$, $d_1=\cdots=d_m=0$ となり、 よって $\mbox{\boldmath$a$}_j$ $\mbox{\boldmath$C$}^n$ でも線形独立となる。 これで、 $\mbox{\boldmath$a$}_j$$Z_C(A)$ の基底でもあることが言え、 $Z_C(A)$ の次元も $m$ となる。

$\mbox{\boldmath$a$}_j$$Z_R(A)$ での正規直交基底であれば、 $\langle{\mbox{\boldmath$a$}_j,\mbox{\boldmath$a$}_k}\rangle =(\mbox{\boldmath$a$}_j,\mbox{\boldmath$a$}_k)=0$ ($j\neq k$),
$\Vert\mbox{\boldmath$a$}_j\Vert=\vert\mbox{\boldmath$a$}_j\vert=1$ なので、それは $Z_C(A)$ でも 正規直交基底となる。


エルミート行列、歪エルミート行列の固有値は 補題 3.3 の ような性質を持っていたが、その固有ベクトルには次のような直交性が あることも知られている。

定理 4.2

  1. エルミート行列、歪エルミート行列の、 異なる固有値に対する (複素) 固有ベクトル同士は直交する。
  2. 対称行列の異なる固有値に対する (実) 固有ベクトル同士は直交する。
証明

1. $A$ の固有値 $\lambda$, $\mu$ と それぞれの固有ベクトル $\mbox{\boldmath$\alpha$}$, $\mbox{\boldmath$\beta$}$ を取ったとき、 $\lambda\neq\mu$ ならば $\mbox{\boldmath$\alpha$}\perp\mbox{\boldmath$\beta$}$ となることを示す。

まず $A$ がエルミート行列の場合、

$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle...
...e
=\lambda\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle
$
となるが、一方、
$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle...
...verline{\mu}\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle
$
となる。ここで、補題 3.3 より $\lambda,\mu\in\mbox{\boldmath$R$}$ なので、
$\displaystyle \lambda\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle
=\mu\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle
$
となり、 $\lambda\neq\mu$ より $\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle =0$ となるので $\mbox{\boldmath$\alpha$}\perp\mbox{\boldmath$\beta$}$ が得られる。

次は、$A$ が歪エルミート行列の場合。上と同様に計算すると、

$\displaystyle \langle{A\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle...
...verline{\mu}\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle
$
となるが、補題 3.3 より $\lambda,\mu$ は 純虚数または 0 なので、 $-\overline{\mu}=\mu$ となり、よって $\lambda\neq\mu$ より、 やはり $\langle{\mbox{\boldmath$\alpha$},\mbox{\boldmath$\beta$}}\rangle =0$ となる。

2. $A$ を対称行列とし、$A$ の固有値 $\lambda$, $\mu$ (実数) と それぞれの (実) 固有ベクトル $\mbox{\boldmath$a$}$, $\mbox{\boldmath$b$}$ を取ったとき、 $\lambda\neq\mu$ ならば $\mbox{\boldmath$a$}\perp\mbox{\boldmath$b$}$ となることを示せばよいが、それは上の計算にすべて含まれる。


さて、補題 3.3 より交代行列 $A$ の固有値は 0 か または純虚数であり、$f_A(\lambda)$ は実数係数の方程式だから、 $\lambda=\mu i$ ($\mu\neq 0$, $\mu\in\mbox{\boldmath$R$}$) が $f_A(\lambda)=0$ の解なら、 必ず $\lambda=-\mu i$ も解となる。 よって、$A$ の固有値は、

$\displaystyle \pm i\mu_1,\ldots,\pm i\mu_k \hspace{1zw}(\mu_j\neq 0,\ \mu_j\in\mbox{\boldmath$R$})
$
および 0 が $(n-2k)$ 個 (すなわち $(n-2k)$ 重解)、となる。今、
$\displaystyle R(\mu)=\left[\begin{array}{cc}0 & -\mu\\ \mu & 0\end{array}\right]
$
とするとき、交代行列 $A$ の標準形とは、ある直交行列 $Q$ による
  $\displaystyle
Q^{-1}AQ
= \,{}^t\!{Q}AQ
= \left[\begin{array}{cccccc}%
R(\...
...ticolumn{2}{c}{\raisebox{0ex}{\smash{\Huge$0$}}}&&&& 0\end{array}\right]
= S_0$ (1)
の形である。

以下で、交代行列をこの標準形に直すことを考える。

竹野茂治@新潟工科大学
2024-03-28