3 二項定理の証明

本節で二項定理 (3) の証明を紹介する。

二項定理の証明方法はいくつかあるが、 まずは数学的帰納法によるものを紹介する。 そのために、一つ良く知られている補題を紹介する。


補題 1

$n\geq 1$ に対して、

  $\displaystyle
{}_{n}C_{k}+{}_{n}C_{k+1} = {}_{n+1}C_{k+1}
$ (5)
が成り立つ。ただし、$k<0$ または $k>n$ では ${}_{n}C_{k}=0$ とする。


証明

まず、${}_{n}C_{k}$ の定義は、$n\geq 1$, $0\leq k\leq n$ に対しては

  $\displaystyle
{}_{n}C_{k} = \frac{n!}{k!(n-k)!}
$ (6)
である。ただし $0!=1$ とする。$1\leq k\leq n$ に対しては、
  $\displaystyle
{}_{n}C_{k} = \frac{n(n-1)\cdots(n-k+1)}{k!}
$ (7)
とも表される。 (6) より、 ${}_{n}C_{k}={}_{n}C_{n-k}$ であること、 および ${}_{n}C_{0}={}_{n}C_{n}=1$ となることは容易にわかる。

$k<-1$, $k\geq n+1$ に対しては、 (5) の項はすべて 0 となるので成立する。

$k=-1$, $k=n$ のときは、(5) は両辺とも 1 と なって成立する。

よってあとは $0\leq k\leq n-1$ のときに示せばよい。このとき、

\begin{eqnarray*}{}_{n}C_{k}+{}_{n}C_{k+1}
&=&
\frac{n!}{k!(n-k)!} + \frac{n!...
...)!}
\ =\
\frac{(n+1)!}{(k+1)!(n-k)!}
\ =\
{}_{n+1}C_{k+1}
\end{eqnarray*}
となるので、(5) が成り立つ。


(3) に戻る。 数学的帰納法で証明するが、数学的帰納法とは、 命題 $P(n)$ がすべての自然数 $n$ に対して成り立つことを 示すための証明方法で、

を示す、というものである。

この 2 つが示されれば、[1] と $m=1$ の [2] から $P(2)$ が 成り立つことになり、 そして $P(2)$$m=2$ の [2] から $P(3)$ が成り立ち、 $P(3)$$m=3$ の [2] から $P(4)$ が成り立つ、 といった具合ですべての自然数 $n$ に対して $P(n)$ が 成り立つことになる、という証明方法。

まずは [1] から。(3) は $n=1$ のときは、

$\displaystyle x+1 = {}_{1}C_{0}x+{}_{1}C_{1}
$
となるが、 ${}_{1}C_{0}={}_{1}C_{1}=1$ なので、 これは確かに成立する。

次は、[2]。(3) が $n=m$ のときに成り立つとすると、

  $\displaystyle
(x+1)^m
= {}_{m}C_{0}x^m + {}_{m}C_{1}x^{m-1}+ {}_{m}C_{2}x^{m-2}
+ \cdots + {}_{m}C_{m-1}x + {}_{m}C_{m}$ (8)
であり、この両辺に $(x+1)$ をかけると、
$\displaystyle (x+1)^{m+1}$ $\textstyle =$ $\displaystyle (1+x)({}_{m}C_{0}x^m + {}_{m}C_{1}x^{m-1}+ {}_{m}C_{2}x^{m-2}
+ \cdots + {}_{m}C_{m-1}x + {}_{m}C_{m})$ 
  $\textstyle =$ $\displaystyle {}_{m}C_{0}x^m + {}_{m}C_{1}x^{m-1}+ {}_{m}C_{2}x^{m-2}
+ \cdots + {}_{m}C_{m-1}x + {}_{m}C_{m}$ 
    $\displaystyle + {}_{m}C_{0}x^{m+1} + {}_{m}C_{1}x^m+ {}_{m}C_{2}x^{m-1}
+ \cdots + {}_{m}C_{m-1}x^2 + {}_{m}C_{m}x$ 
  $\textstyle =$ $\displaystyle {}_{m}C_{0}x^{m+1}
+ ({}_{m}C_{0}+{}_{m}C_{1})x^m
+ ({}_{m}C_{1}+{}_{m}C_{2})x^{m-1}
+ \cdots$ 
    $\displaystyle + ({}_{m}C_{m-1}+{}_{m}C_{m})x + {}_{m}C_{m}$(9)
となるが、(9) の右辺の係数は、 補題 1 より、
\begin{eqnarray*}{}_{m}C_{0} &=& 1 \ =\ {}_{m+1}C_{0},\\
{}_{m}C_{0}+{}_{m}C_{...
...{m} &=& {}_{m+1}C_{m},\\
{}_{m}C_{m} &=& 1 \ =\ {}_{m+1}C_{m+1}\end{eqnarray*}
となるので、結局 (9) は、
\begin{eqnarray*}(x+1)^{m+1}
&=&
{}_{m+1}C_{0}x^{m+1}
+ {}_{m+1}C_{1}x^m
+ ...
...+ {}_{m+1}C_{m+1}
\\ &=&
\sum_{k=0}^{m+1}{}_{m+1}C_{k}x^{m+1-k}\end{eqnarray*}
となり、これは (3) の $n=m+1$ の式に等しいので、 [2] が言えたことになる。

これで [1],[2] により、(3) が すべての自然数 $n$ に対して成立することが証明された。

なお、(9) の展開では、シグマ記号から離れて 展開を計算したが、シグマ記号のままで計算すると、

$\displaystyle (x+1)^{m+1}
= (1+x)\sum_{k=0}^m{}_{m}C_{k}x^{m-k}
= \sum_{k=0}^m{}_{m}C_{k}x^{m-k}
+\sum_{k=0}^m{}_{m}C_{k}x^{m-k+1}
$
となるが、右辺の前者では $k=j$, 後者では $k-1=j$ と書き換えると、
\begin{eqnarray*}(x+1)^{m+1}
&=&
\sum_{j=0}^m{}_{m}C_{j}x^{m-j}
+\sum_{j=-1}^...
... \sum_{j=0}^{m-1}({}_{m}C_{j}+{}_{m}C_{j+1})x^{m-j} + {}_{m}C_{m}\end{eqnarray*}
となる。ここで、補題 1 により、
$\displaystyle (x+1)^{m+1}
= {}_{m+1}C_{0}x^{m+1}
+ \sum_{j=0}^{m-1}{}_{m+1}C_{j+1}x^{m-j} + {}_{m+1}C_{m+1}
$
となるが、$j+1=k$ と戻すと、
$\displaystyle (x+1)^{m+1}
= {}_{m+1}C_{0}x^{m+1}
+ \sum_{k=1}^{m}{}_{m+1}C_{k}x^{m+1-k} + {}_{m+1}C_{m+1}
= \sum_{k=0}^{m+1}{}_{m+1}C_{k}x^{m+1-k}
$
となって (3) の $n=m+1$ の式が得られる。

なお、高校では現在、二項定理は数学 II (式と証明)、 数学的帰納法は数学 B (数列) で取り扱われているため、 二項定理の証明、説明は帰納法では行われてはおらず、 展開と組み合わせの考え方で示すことが多い。

二項定理を展開と組み合わせで説明すると、

$\displaystyle (x+1)^n = (x+1)(x+1)\cdots(x+1)
$
の展開で出てくる項は、この $n$ 個の積のうち $x$ か 1 かのいずれかを 選んでかけたもので、その組み合わせの数だけの項が出てくることになる。 よって、$x^k$ ($0\leq k\leq n$) の項は、$n$ 個の積のうち $k$ 個は $x$ の方、$(n-k)$ 個は 1 の方を選んでかけたものなので、 その総数は $n$ 個から $k$ 個を選びだす組み合わせの 総数 ${}_{n}C_{k}$ に等しく、よって $x^k$ の項は
$\displaystyle {}_{n}C_{k}x^k
$
となって (3) が成立することになる。

他にも、(3) は $(1+x)^n$ のマクローリン展開と 見ることもできるので、微分を利用したマクローリン展開やテイラー展開 による証明もありそうだが、 そのためには $(x+1)^n$$x^n$ の導関数が必要であり、 しかし $x^n$ の導関数の公式は通常は二項定理を用いて導かれるので、 それでは証明にならない恐れがある (循環論法)。

また、$x\geq 0$ に限れば、確率を利用する証明もある。 1 回引くと当たりの確率が $p$ ($0\leq p\leq 1$) であるくじを 独立に $n$ 回繰り返して引いたときに、そのうちの $k$ 個 ($0\leq k\leq n$) が当たる確率は

$\displaystyle {}_{n}C_{k}p^k(1-p)^{n-k}
$
となるので、それらのすべての合計は
  $\displaystyle
\sum_{k=0}^n{}_{n}C_{k}p^k(1-p)^{n-k} = 1$ (10)
となる。これは $0\leq p\leq 1$$p$ に対して常に成り立つので、 $x\geq 0$ に対して、$p = 1/(1+x)$ とすれば $0<p\leq 1$ で、 $1-p = x/(1+x)$ より (10) は、
$\displaystyle \sum_{k=0}^n{}_{n}C_{k}\left(\frac{1}{1+x}\right)^k
\left(\frac{x}{1+x}\right)^{n-k} = 1
$
となるので、両辺を $(1+x)^n$ 倍すれば (3) が 得られる ($x\geq 0$ の場合)。

竹野茂治@新潟工科大学
2023-05-12