6 落ちる時間

次に、逆さサイクロイド解のどの部分が最速降下解になっているのかを 考えるために、 逆さサイクロイド解 $f(x)=H-\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ ($\alpha>0$) で 物体をすべり落とした場合にかかる時間をいくつか計算してみることにする。

なお、サイクロイドについては、振り子同様の等時性があること、すなわち、

「逆さサイクロイドのどの高さから出発しても、 最下点に達するまでの時間は一定」
であることが知られている ([1], [5]) が、 ついでにそれも調べてみる。

まず、逆さサイクロイド $f(x)=H-\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ の A$(0,H)$ を 初速度 0 で出発した物体が、$x=x_0$ ($<2\alpha\pi$) まで 到達するのにかかる時間

\begin{displaymath}
T_0 = \int_0^{x_0}\sqrt{\frac{1+(f')^2}{2g(H-f)}}\,dx\end{displaymath} (28)

を計算する。

(28) の積分を、 サイクロイドのパラーメータでの積分に置換する。

\begin{displaymath}
f = H - \alpha(1-\cos\theta),
\hspace{1zw}x = \alpha(\theta-\sin\theta),
\hspace{0.5zw}(0\leq\theta\leq \theta_0)
\end{displaymath}

ここで、$\theta_0$$x_0$ に対応するパラメータとする ( $x_0=\alpha(\theta_0-\sin\theta_0)$, $0\leq\theta_0\leq 2\pi$)。 このとき、
\begin{displaymath}
1+(f')^2
= 1+\left(\frac{-\alpha\sin\theta}{\alpha(1-\cos\th...
...1-\cos\theta},
\hspace{1zw}
dx = \alpha(1-\cos\theta)\,d\theta
\end{displaymath}

より、
\begin{displaymath}
T_0
=
\frac{1}{\sqrt{2g}}\int_0^{\theta_0}
\sqrt{\frac{2...
...\int_0^{\theta_0}d\theta
=
\sqrt{\frac{\alpha}{g}}\,\theta_0\end{displaymath} (29)

となる。この (29) は、 初速 0 で逆さサイクロイドの端から物体をすべらせたときの時間 $t$ が、 サイクロイドのパラメータ $\theta$ に比例することを意味する。 この逆さサイクロイドを書く車輪の半径は $\alpha $、 中心の座標は $(\alpha\theta, \alpha)$ なので、 その車輪を速度
\begin{displaymath}
v_{\alpha} = \sqrt{\alpha g}\end{displaymath} (30)

で転がすと、時刻 $T_0$ までに回転する角 $\theta$ は、 (29) より
\begin{displaymath}
\theta
= \frac{v_{\alpha} T_0}{\alpha}
= \frac{1}{\alpha}\sqrt{\alpha g}\sqrt{\frac{\alpha}{g}}\,\theta_0
= \theta_0
\end{displaymath}

となって、両者のパラメータが一致し、 サイクロイド上の点の $x$ 座標と 物体の移動の $x$ 座標が完全に一致することになる。 すなわち、逆さサイクロイドの物体の滑り落ちる様子は、 半径 $\alpha $ の車輪を等速 (速さ $\sqrt{\alpha g}$) で 転がした場合に描かれるサイクロイドと 全く同じ動きを上下逆にすることがわかる。

逆さサイクロイドの最下点までの時間は、(29) より

\begin{displaymath}
T_1 = \pi\sqrt{\frac{\alpha}{g}}\end{displaymath} (31)

となるが、これは車輪の半径 $\alpha $ の平方根に比例する。 よって、全体のスケールを 2 倍にすると、 落ちるのにかかる時間は $\sqrt{2}$ 倍になることがわかる。

さらに、この (31) は、 いわゆる普通の振り子の周期の式に似ている。 長さ $\ell$ の振り子の運動は、 振幅が小さい場合は単振動で近似できて、その周期 $T_s$ は、

\begin{displaymath}
T_s = 2\pi\sqrt{\frac{\ell}{g}}
\end{displaymath}

となる。よって、$\ell=4\alpha$ のときに、 振り子の最高点から最下点までの時間 ($=T_s/4$) が丁度 $T_1$ になり、 $\ell=4\alpha$ の振り子の運動と似たような速さの運動をすることがわかる。

なお、この振り子との対応は「サイクロイド振り子」と呼ばれる話と関係する (例えば [4], [1], [5] 参照)。

次は、逆さサイクロイドの途中からすべらせた場合の時間を計算する。

上と同じ $f(x)=H-\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$$x=x_1$ ( $0<x_1<\alpha\pi$) から 初速 0 ですべらせて、最下点 $x=\alpha\pi$ までにかかる時間 $T_2$ を 計算する。

その時間 $T_2$ は、2 節の議論を繰り返せば、 $H$$f(x_1)$ に置きかえた

\begin{displaymath}
T_2 = \int_{x_1}^{\alpha\pi}\sqrt{\frac{1+(f')^2}{2g(f(x_1)-f)}}\,dx\end{displaymath} (32)

で求まることが容易にわかる。 今、 $x_1=\alpha(\theta_1-\sin\theta_1)$ ( $0<\theta_1<\pi$) とし、 (32) をパラメータ $\theta$ での積分に置換すると、
\begin{eqnarray*}1+(f')^2 &=& \frac{2}{1-\cos\theta},
\\
f(x_1)-f(x)
&=&
...
...heta_1)-H+\alpha(1-\cos\theta)
= \alpha(\cos\theta_1-\cos\theta)\end{eqnarray*}


より
\begin{displaymath}
T_2
=
\sqrt{\frac{\alpha}{g}}\int_{\theta_1}^{\pi}
\sqrt{\frac{1-\cos\theta}{\cos\theta_1-\cos\theta}}\,d\theta
\end{displaymath}

となる。ここで、 $\cos(\theta/2)=s$ とすると、
\begin{eqnarray*}&&
\sqrt{1-\cos\theta}\,d\theta
= \sqrt{2}\,\sin\frac{\thet...
...1^2-s^2)
\hspace{0.5zw}\left(s_1 = \cos\frac{\theta_1}{2}\right)\end{eqnarray*}


より、
\begin{eqnarray*}T_2
&=&
\sqrt{\frac{\alpha}{g}}\int_0^{s_1}
\frac{2\sqrt{2...
...arcsin \tau\right]_0^1
=
%=
\pi\sqrt{\frac{\alpha}{g}}
= T_1\end{eqnarray*}


となり、本節の最初に書いたように、 逆さサイクロイドのどこから初速 0 ですべらせ始めても、 最下点に達するまでの時間は一定 ($=T_1$) であることがわかる。

なお、$x=x_1$ から速度 0 ですべらせて、$x=x_2$ へ達する時間 $T_3$ は、 今と同様の置換により、

\begin{eqnarray*}T_3
&=&
\int_{x_1}^{x_2}\sqrt{\frac{1+(f')^2}{2g(f(x_1)-f)}}...
...\sin\theta_2),
\hspace{0.5zw}s_2 = \cos\frac{\theta_2}{2}\right)\end{eqnarray*}


となるが、
\begin{displaymath}
\frac{s_2}{s_1}
= \frac{\cos(\theta_2/2)}{\cos(\theta_1/2)}
= \sqrt{\frac{1+\cos\theta_2}{1+\cos\theta_1}}
\end{displaymath}

であり、$h_1$, $h_2$ を、 サイクロイド $y=\alpha\mathrm{cyc}(x/\alpha)$ 上で $x_1$, $x_2$ に対応する高さとすると、$h_1<h_2$ で、
\begin{displaymath}
h_j
=\alpha\mathrm{cyc}\left(\frac{x_j}{\alpha}\right)
=\alpha(1-\cos\theta_j)
\end{displaymath}

であるから、 $\cos\theta_j=1-h_j/\alpha$ より、
\begin{displaymath}
\frac{s_2}{s_1}
= \sqrt{\frac{2-h_2/\alpha}{2-h_1/\alpha}}
= \sqrt{\frac{2\alpha-h_2}{2\alpha-h_1}}
\end{displaymath}

となる。よって結局
\begin{displaymath}
T_3 = \sqrt{\frac{\alpha}{g}}
\left(\pi-2\arcsin\sqrt{\frac{2\alpha-h_2}{2\alpha-h_1}}\right)\end{displaymath} (33)

となることがわかる。

$x_2=\alpha\pi$ の場合は、$h_2=2\alpha$ なので、 (33) は $T_3=\pi\sqrt{\alpha/g} = T_1$ となり、 $T_2$ の計算に対応する。

さて、逆さサイクロイドの $x=0$ から初速 0 ですべらせた場合も、 $x_1$ ($>0$) から初速 0 すべらせた場合も、同じ時間 ($T_1$) で 最下点に達することを見たが、 その両者を同じ時刻にスタートさせた場合、 それらがどのような動きをするのかを見てみよう。

わかりやすいように、$H=2\alpha$ とし、最下点が $(\alpha\pi,0)$ と なるようにする。 (33) で、 $0<x_1<x_2<\alpha\pi$ と考えると、 $(x_1,f(x_1))=(x_1,2\alpha-h_1)$ を初速 0 でスタートした方 (動点 P とする) は、 $t=T_3$ のときには $(x_2,f(x_2))=(x_2,2\alpha-h_2)$ に いることになる。

同じ時刻に初速 0 で $(0,2\alpha)$ をスタートした方 (動点 Q とする) は、 (29) より、$t=T_3$ のときには

\begin{displaymath}
\theta_3 = \sqrt{\frac{g}{\alpha}}\,T_3
\end{displaymath}

のパラメータで表される位置にいる。 そのサイクロイド上の位置 $h_3 = \alpha\mathrm{cyc}(x_3/\alpha)$ は、
\begin{displaymath}
h_3
= \alpha(1-\cos\theta_3)
= \alpha\left\{1-\cos\left(T_3\sqrt{\frac{g}{\alpha}}\right)\right\}\end{displaymath} (34)

となるが、(33) より、
\begin{eqnarray*}&&
\frac{\theta_3}{2}
= \frac{T_3}{2}\sqrt{\frac{g}{\alpha}} ...
...rac{\theta_3}{2}
= 2\left(\frac{2\alpha-h_2}{2\alpha-h_1}\right)\end{eqnarray*}


となり、よって (34) より
\begin{displaymath}
2\alpha - h_3
= \alpha(1+\cos\theta_3)
= 2\alpha\cdot\frac{2\alpha-h_2}{2\alpha-h_1}
\end{displaymath}

となるので、結局
\begin{displaymath}
\frac{2\alpha - h_3}{2\alpha} = \frac{2\alpha-h_2}{2\alpha-...
...pace{1zw}\left(\frac{f(x_3)}{f(0)}=\frac{f(x_2)}{f(x_1)}\right)\end{displaymath} (35)

が成り立つ。
図 5: $(x_j,2\alpha -h_j)$
\includegraphics[width=0.7\textwidth]{fig-time-hj.eps}
この (35) より、 P と Q の $y$ 座標 $f(x_2)$, $f(x_3)$ には常に比例関係があり、 その高さの比は $t=0$ での高さ $f(x_1)$, $f(0)$ の比に 常に一致することがわかる。 すなわち、横から見れば ($y$ 座標だけを見れば)、 P と Q の運動は、スケールを変えただけの動きに見えることになる。

なお、この P の運動の方は、「最速降下」の解ではないことに注意する。 最速降下の解は、あくまで逆さサイクロイドの $x=0$ から落ちる解 (Q の方) であり、 出発点の傾きが $f'(+0)=-\infty$ となっているものである。

竹野茂治@新潟工科大学
2016年1月8日