7 小行列式に関する命題

ここで、(35) の漸化式を解くために必要な、 小行列式に関するいくつかの命題を紹介する。 そのために小行列に関する記号を導入する。 $m\times n$ 行列 $S=[s_{i,j}]_{m,n}$ で説明する。

添字の部分列を

$\displaystyle I=(i_1,\ldots,i_p),\hspace{0.5zw}J=(j_1,\ldots,j_q)
\hspace{1zw}(1\leq i_k\leq m,1\leq j_\ell\leq n)
$
のように書いて $i_k$ は互いに異なり、$j_\ell$ も互いに異なるとし、 通常は昇順に単調、すなわち $1\leq i_1<i_2<\cdots<i_p\leq m$ であることが 多いが、一般には単調性は仮定しない。 昇順に単調な場合を「昇順な添字列」と呼ぶことにする。 また、$I$$p$$J$$q$ をこの添字列の「長さ」とする。

$S$ $i_1,\ldots,i_p$ 行目、 $j_1,\ldots,j_q$ 列目の要素を順に 並べた $p\times q$ の小行列を

$\displaystyle S^{I}_{J} = S^{(i_1,\ldots,i_p)}_{(j_1,\ldots,j_q)}
=\left[\begin...
...}\\
\vdots & & \vdots\\ s_{i_p,j_1} & \cdots & s_{i_p,j_q}\end{array}\right]
$
のように書く。 これは、片方だけの $S^I$, $S_J$ のように使うこともあるが、 $S^I$$S$ $i_1,\ldots,i_p$ 行目を上から順に並べた行列、 $S_J$$S$ $j_1,\ldots,j_\ell$ 列目を左から順に並べた行列となる。

また、$[I]$ で、$1,\ldots,m$ から $i_1,\ldots,i_p$ を取り除いた 昇順な添字列を表し、$S$ から $i_1,\ldots,i_p$ 行目、 $j_1,\ldots,j_q$ 列目 を取り除いた $(m-p)\times(n-q)$ の小行列を

$\displaystyle S^{[I]}_{[J]} = S^{[i_1,\ldots,i_p]}_{[j_1,\ldots,j_q]}
$
のように書くことにする。 また、
$\displaystyle \vert I\vert = \vert(i_1,\ldots,i_p)\vert = \sum_{k=1}^p i_k,
\hspace{1zw}\vert J\vert = \vert(j_1,\ldots,j_q)\vert = \sum_{\ell=1}^q j_\ell
$
とする。これらを用いれば、$n=m$ の場合の $S$$(i,j)$ 余因子は、
  $\displaystyle
\tilde{s}_{i,j} = (-1)^{i+j}\left\vert S^{[i]}_{[j]}\right\vert$ (39)
と書け、$S$ の余因子行列 $\tilde{S}$
  $\displaystyle
\tilde{S}=[\tilde{s}_{j,i}]_{n,n}
= \left[(-1)^{j+i}\left\vert S^{[j]}_{[i]}\right\vert\right]_{n,n}$ (40)
で、$\vert S\vert\neq 0$ の場合の $S$ の逆行列は
  $\displaystyle
S=\frac{1}{\vert S\vert}\tilde{S}
= \frac{1}{\vert S\vert}\left[(-1)^{j+i}\left\vert S^{[j]}_{[i]}\right\vert\right]_{n,n}$ (41)
となる。

(40) より、余因子行列 $S$ の成分、 すなわち 1 次の小行列式は、 $S$$(n-1)$ 次の小行列式に符号をつけたもの

  $\displaystyle
\left\vert\tilde{S}^{(i)}_{(j)}\right\vert
= (-1)^{j+i}\left\vert S^{[j]}_{[i]}\right\vert$ (42)
となっているが、それを拡張した次の命題が成り立つことが知られている ([3], [4])。


命題 2

$n=m$ で、 $\vert S\vert\neq 0$ のとき、長さ $p$ ($1\leq p<n$) の 昇順な添字列 $I$, $J$ に対して次が成り立つ。

  $\displaystyle
\left\vert\tilde{S}^{I}_{J}\right\vert=(-1)^{\vert I\vert+\vert J\vert}\vert S\vert^{p-1}
\left\vert S^{[J]}_{[I]}\right\vert
$ (43)


(42) は、(43) の $p=1$ の場合になっていて、 よって命題 2 は (42) の 拡張になっている。 この命題 2 の証明の前に、次の補題を紹介する。


補題 3

$S$$n\times(n-p)$ 行列、$J$ を 1 から $n$ の範囲の長さ $p$ の 昇順の添字列、 $E_n$$n$ 次正方行列とするとき、

  $\displaystyle
\vert(E_n)_J\hspace{0.5zw}S\vert = (-1)^\ell\left\vert S^{[J]}\r...
...0.5zw}\vert S\hspace{0.5zw}(E_n)_J\vert = (-1)^m\left\vert S^{[J]}\right\vert
$ (44)
となる。ここで、$\ell$, $m$
$\displaystyle \ell = \vert J\vert+\frac{p(p+1)}{2},\hspace{1zw}m = \ell + p(n-p)
$


証明

$\displaystyle E_n = \left[\begin{array}{ccc}\overrightarrow{e}_1&\cdots&\overri...
...\overrightarrow{s}_{n-p}\end{array}\right],
\hspace{0.5zw}J=(j_1,\ldots,j_p)
$
とすると、1 列目から順番に展開していけば、
\begin{eqnarray*}\vert(E_n)_J\hspace{0.5zw}S\vert
&=&
\left\vert\begin{array}...
...\ &=&
\cdots
\ =\
(-1)^{\ell'}\left\vert S^{[J]}\right\vert
\end{eqnarray*}
となることがわかる。ここで、$\ell'$ は、
\begin{eqnarray*}\ell'
&=&
j_1+1+(j_2-1)+1+(j_3-2)+1+\cdots+(j_p-(p-1))+1
\\...
...
\vert J\vert+\,\frac{p(p-1)}{2}-p(p-1)+p
\ =\
\ell-p(p-1)
\end{eqnarray*}
となり、$p(p-1)$ は偶数なので $(-1)^{\ell'}=(-1)^\ell$ となって、 (44) の前半が示されたことになる。 後半は、行列式の列の入れ替えを行えば、
\begin{eqnarray*}\vert S\hspace{0.5zw}(E_n)_J\vert
&=&
\left\vert\begin{array}...
...&
\cdots
\ =\
(-1)^{p(n-p)}\vert(E_n)_J\hspace{0.5zw}S\vert
\end{eqnarray*}
となるので、あとは前半部分を使えば後半部分が得られる。


命題 2 の証明

$\displaystyle \tilde{S}
=\left[\begin{array}{ccc}\overrightarrow{\tilde{s}}_1&\cdots\overrightarrow{\tilde{s}}_n\end{array}\right]
$
とするとき、 $[I]=(i_1',\ldots,i_{n-p}')$ とし、
$\displaystyle C
=[\tilde{S}_J\hspace{0.5zw}(E_n)_{[I]}]
=\left[\begin{array}{...
...errightarrow{e}_{i_1'}&\cdots&\overrightarrow{e}_{i_{n-p}'}\end{array}\right]
$
とする。このとき、 $S\tilde{S}=\vert S\vert E$ より、
$\displaystyle S\overrightarrow{\tilde{s}}_i = \vert S\vert\overrightarrow{e}_i,
\hspace{1zw}S\overrightarrow{e}_i=\overrightarrow{s}_i
$
なので、
\begin{eqnarray*}SC
&=&
\left[\begin{array}{cccccc}\vert S\vert\overrightarrow...
...rt S\vert\left[(E_n)_J\hspace{0.5zw}S_{[I]}/\vert S\vert\right]
\end{eqnarray*}
となる。よって、補題 3 より
\begin{eqnarray*}\vert SC\vert
&=&
\vert S\vert^n\left\vert(E_n)_J\hspace{0.5z...
...=\
(-1)^\ell\vert S\vert^p\left\vert S_{[I]}^{[J]}\right\vert
\end{eqnarray*}
となり、 $\ell=\vert J\vert+p(p+1)/2$ である。 また、$\vert C\vert$ については、再び補題 3 より
$\displaystyle \vert C\vert
=\left\vert\tilde{S}_J\hspace{0.5zw}(E_n)_{[I]}\right\vert
=(-1)^m\left\vert\tilde{S}^{I}_J\right\vert
$
となり、$m$
$\displaystyle m = \vert[I]\vert + \frac{(n-p)(n-p+1)}{2}+(n-p)p
= \vert[I]\vert + \frac{(n-p)(n+p+1)}{2}
$
である。よって、$\vert SC\vert=\vert S\vert\vert C\vert$ より、
$\displaystyle \left\vert\tilde{S}^{I}_J\right\vert
=(-1)^{\ell-m}\vert S\vert^{p-1}\left\vert S_{[I]}^{[J]}\right\vert
$
となる。あとは $(-1)^{\ell-m}$ を考えればよい。
\begin{eqnarray*}\ell-m
&=&
\vert J\vert+\frac{p(p+1)}{2}-\vert[I]\vert - \,\f...
...,-\,\frac{(n-p)(n+p+1)}{2}
\\ &=&
\vert I\vert+\vert J\vert+k
\end{eqnarray*}
とすると、
\begin{eqnarray*}k
&=&
\frac{p(p+1)}{2}\,-\,\frac{(n-p)(n+p+1)}{2}\, -\, \fra...
...}{2}\,-\,\frac{n}{2}
\\ &=&
p^2+p-n^2-n
\ =\
p(p+1)-n(n+1)
\end{eqnarray*}
となり、よって $k$ は偶数なので $(-1)^{\ell-m}=(-1)^{\vert I\vert+\vert J\vert}$ となって、これで (43) が示されたことになる。



4

命題 2 と同じ仮定の元、 $C=S^{-1}$ とすると、

  1. $\displaystyle \left\vert C^{I}_{J}\right\vert
=\frac{(-1)^{\vert I\vert+\vert J\vert}}{\vert S\vert}\left\vert S^{[J]}_{[I]}\right\vert
$
  2. $\displaystyle \left\vert S^{I}_{J}\right\vert
=\frac{(-1)^{\vert I\vert+\vert ...
...1)^{\vert I\vert+\vert J\vert}\vert S\vert\left\vert C^{[J]}_{[I]}\right\vert
$


証明

$\displaystyle \vert[I]\vert=\frac{n(n+1)}{2}-\vert I\vert,
\hspace{1zw}
\vert[J]\vert=\frac{n(n+1)}{2}-\vert J\vert
$
より $(-1)^{\vert[I]\vert+\vert[J]\vert}=(-1)^{\vert I\vert+\vert J\vert}$ $C=\tilde{S}/\vert S\vert$ より、 いずれも命題 2 から容易に得られる。



5

$\vert S\vert\neq 0$ の仮定を外しても命題 2 は成立する。


証明

$\vert S\vert=0$ のときにも (43) が 成り立つことを示せばよい。

今、 $S(\varepsilon)=S+\varepsilon E_n$ とすると、

$\displaystyle \vert S(\varepsilon)\vert=\vert S+\varepsilon E_n\vert=\varepsilon^n+\cdots
$
という $\varepsilon$$n$ 次式であり、 $\vert S\vert=0$ と仮定すると $\vert S(0)\vert=\vert S\vert=0$ となるが、 $\vert S(\varepsilon)\vert=0$ となる $\varepsilon$ は高々 $n$ 個なので、 集積点はなく、よって
$0\leq\varepsilon<\delta$ では $\vert S(\varepsilon)\vert=0$ と なる $\varepsilon$$\varepsilon=0$ のみ」
となるような $\delta>0$ を取ることができる。 よって、 $0<\varepsilon<\delta$ では $\vert S(\varepsilon)\vert\neq 0$ だから $S(\varepsilon)$ に対して命題 2 が成立し、
  $\displaystyle
\left\vert\widetilde{S(\varepsilon)}^{I}_{J}\right\vert
=(-1)^{...
...t S(\varepsilon)\vert^{p-1}
\left\vert S(\varepsilon)^{[J]}_{[I]}\right\vert
$ (45)
が成り立つ。ここにでてくる行列式はいずれも $\varepsilon$ の多項式、 よって $\varepsilon$ の連続関数で、 $\varepsilon\rightarrow +0$ のときに 明らかに
$\displaystyle \left\vert\widetilde{S(\varepsilon)}^{I}_{J}\right\vert\rightarro...
...silon)^{[J]}_{[I]}\right\vert
\rightarrow\left\vert S^{[J]}_{[I]}\right\vert
$
となるから、(45) で $\varepsilon\rightarrow +0$ とすれば、$\vert S\vert=0$ のときの (43) が得られる。


$\vert S\vert=0$ の場合は、実際には (43) は、 $p=1$ ならば (42) であるから証明は不要で、 よって $p>1$ の場合に $\left\vert\tilde{S}^{I}_{J}\right\vert=0$ と なることだけ示せばいいので、このような解析的な証明ではなく、 代数的なより易しい証明があるかもしれない。

なお、この後の議論では、$\vert S\vert\neq 0$ が保証されていない状態で (43) を使う場面がでてくるので、 この系 5 の形に命題 2 を 拡張しておく必要があるのである。


補題 6

$n>k$、および $n\times k$ 行列 $S=\left[\begin{array}{ccc}\overrightarrow{s}_1&\cdots&\overrightarrow{s}_k\end{array}\right]$ に対し、 $\overrightarrow{s}_1,\ldots,\overrightarrow{s}_k$ が線形独立であることと、 $\displaystyle
\vert{}^t{S}S\vert=\left\vert\left[\overrightarrow{s}_i\mathrel{・}\overrightarrow{s}_j\right]_{k,k}\right\vert>0
$ であることは同値。


証明

行列式の展開定理により、

$\displaystyle \vert{}^t{S}S\vert
=\sum_{I\in T^n_k}\vert({}^t{S})_I\vert\vert ...
...rt({}^t{(S^I)}\vert\vert S^I\vert
=\sum_{I\in T^n_k}\vert S^I\vert^2
\geq 0
$
となることがわかる。ここで、$T^n_k$ は 1 から $n$ までの範囲の、 長さ $k$ の昇順の添字列全体の集合。

よって、$\vert{}^t{S}S\vert=0$ であることはすべての $I\in T^n_k$ に 対して $\vert S^I\vert=0$ であることと同値で、 これは $\mathop{\rm rank}S<k$ を意味し、そしてこれは $S$ の列ベクトルが 線形従属であることと同値。


竹野茂治@新潟工科大学
2022-08-19