4 全微分可能性

ようやく本稿の本題である「全微分可能性」について説明する。

まず、その前に偏微分の方から説明する。偏微分は、一つの変数以外を 定数と見て、1 変数関数のように考えて微分することを指す。 例えば、2 変数関数 $f(x,y)$ に対しては、

\begin{eqnarray*}f_x(a,b)
& = &
\lim_{x\rightarrow a}\frac{f(x,b)-f(a,b)}{x-a...
...im_{\Delta y\rightarrow 0}\frac{f(a,b+\Delta y)-f(a,b)}{\Delta y}\end{eqnarray*}
の極限が存在するときに、それぞれ $(a,b)$ で 「$x$ に関して偏微分可能」、 「$y$ に関して偏微分可能」と言う。これは 1 変数関数の極限である。 これを (3) のように書くと、
\begin{eqnarray*}f(x,b) - f(a,b)
&=&
A(x-a)+(x-a)\varepsilon _1(x-a),
\hspa...
...{1zw}\lim_{h\rightarrow 0}{\varepsilon _2(h)}=\varepsilon _2(0)=0\end{eqnarray*}
となる ($A=f_x(a,b)$, $B=f_y(a,b)$)。これらの微分可能性を、 $x$, $y$ だけでなく全方向に広げたものが「全微分可能性」である。 これは、極限の形では表現できないので、 最初から $\varepsilon (h)$ の方の形で表現される:
$(a,b)$ の近くの $x,y$ に対して、 すなわちある正数 $\delta>0$ に対する $\vert x-a\vert<\delta$, $\vert y-b\vert<\delta$ となる $(x,y)$ に対して、

$\displaystyle f(x,y)- f(a,b)$ $\textstyle =$ $\displaystyle A(x-a)+B(y-b)$ 
    $\displaystyle + \varepsilon (x-a,y-b)\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}$(16)
となるような定数 $A$, $B$, 関数 $\varepsilon (h,k)$ があり、
  $\displaystyle
\lim_{(h,k)\rightarrow (0,0)}{\varepsilon (h,k)}=\varepsilon (0,0)=0
$ (17)
となるとき、「$f(x,y)$$(a,b)$ で全微分可能」という。
この (16) で $y=b$ とすると、
\begin{eqnarray*}f(x,b) - f(a,b)
&=&
A(x-a)+\varepsilon (x-a,0)\vert x-a\vert
\\ &=&
A(x-a)+\varepsilon (x-a,0)\frac{x-a}{\vert x-a\vert}(x-a)\end{eqnarray*}
となり、
$\displaystyle \lim_{x\rightarrow a}{\varepsilon (x-a,0)}\frac{x-a}{\vert x-a\vert} = 0
$
なので、これは $f(x,y)$$(a,b)$$x$ に関して偏微分可能で、 $A=f_x(a,b)$ となることを示している。 同様に (16) は $y$ に関する偏微分可能性も含み、 $B=f_y(a,b)$ となる。

さらに、 $(x,y)\neq (a,b)$ に対して $x=a+r\cos\theta$, $y=b+r\sin\theta$ ( $r>0, 0\leq\theta<2\pi$) とすると (16) は

\begin{eqnarray*}\lefteqn{f(a+r\cos\theta,b+r\sin\theta)-f(a,b)
\ =\ \{c+\varep...
...}
\\
&& \hspace{1zw}(c = f_x(a,b)\cos\theta+f_y(a,b)\sin\theta)\end{eqnarray*}
となり、よって
$\displaystyle \frac{f(a+r\cos\theta,b+r\sin\theta)-f(a,b)}{r}
=c+\varepsilon (r\cos\theta,r\sin\theta)
$
より、$f$$\theta$ 方向の変化率が $c$ となる。 そしてこれは $f$$(a,b)$ での「接平面」の存在を保証する。 なお、前節で述べたように、各 $\theta$ に対して
$\displaystyle \lim_{r\rightarrow +0}{\varepsilon (r\cos\theta,r\sin\theta)}=0
$
が言えたとしても、(17) が言えるわけではない。 だから、「全微分可能性」は「接平面の存在」よりも強い概念であり、 よって例えば、$(a,b)$ で各 $\theta$ 方向の変化率 (微分係数) が 存在して 0 であるが、$(a,b)$ で全微分可能ではない関数も作れる。

$g_5(r,\theta)=rg_4(r,\theta)$ に対する $f=f_5(x,y)$ ($f_5(0,0)=0$) がそのひとつであり、 これは (0,0) で水平な接平面 $z=0$ を持つ、 すなわちすべての方向に傾きが 0 であるが、 全微分可能ではないことが容易にわかる。

なお、数学辞典 [1] に書かれている 「全微分可能性」は、一般の $n$ 変数関数に対する形で書いてあるのだが、 それを $n=2$ について書けば以下のようになる:

$r=\sqrt{(\Delta x)^2+(\Delta y)^2}$ とするとき、 $\Delta f = f(a+\Delta x,b+\Delta y)-f(a,b)$ $r\rightarrow 0$ のときに
$\displaystyle \Delta f = A\Delta x + B\Delta y + o(r)
\hspace{1zw}\left(\frac{o(r)}{r}\rightarrow 0\right)
$
となる $A$, $B$ が存在するとき、$f$$(a,b)$ で全微分可能
ただ、この書き方だと、$o(r)$ のところが問題で、 「 $r\rightarrow +0$ のときに」という言い方だと、 「各 $\theta$ に対して」とも見えなくもなく、 正しく 2 変数 (元の数学辞典では多変数) の極限として 0 になる、 あるいは $\theta$ に関して一様に 0 になる、 のように書くべきだろうと思う。 残念ながら新版の [2] でもそこは改善されていない。

竹野茂治@新潟工科大学
2023-06-19