3 2 変数関数の極限

次に 2 変数関数 $f(x,y)$ の極限や連続性の定義について考える。 2 変数の極限 (5) は、
$\displaystyle \lim_{x\rightarrow a,y\rightarrow b}f(x,y)=c
$
と書かれることもあるが、これは 2 重極限
  $\displaystyle
\lim_{x\rightarrow a}{\left\{\lim_{y\rightarrow b}{f(x,y)}\right...
...space{0.5zw}\lim_{y\rightarrow b}{\left\{\lim_{x\rightarrow a}{f(x,y)}\right\}}$ (6)
とは意味が異なり、実際にこれらは等しいとは限らない。

また、この 2 変数の極限 (5) において、 $(x,y)\rightarrow (a,b)$ は、

$\displaystyle r=\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}\rightarrow +0
$
と同じ意味になるが、しかし極限の記述については注意が必要である。 すなわち、(5) を
  $\displaystyle
\lim_{r\rightarrow +0}{f(x,y)}
\hspace{1zw}\left(r=\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}\right)$ (7)
と書いてもよいかというと、それは少し問題があると思う。

上に書いた、 (5) と (6) の違い、 および (5) と (7) の 違いについて例を用いて説明しよう。

まずは (5) と (6) の 違いから。今、$x\geq 0$, $a>0$ に対して、$f_0(x,a)$

  $\displaystyle
f_0(x,a) =
\left\{\begin{array}{ll}
\displaystyle \frac{x}{a} & (0\leq x\leq a),\\ [.7zh]
1 & (x>a)
\end{array}\right.$ (8)
と定める。 これは $x$ については $x\geq 0$ で連続で、 任意の $a>0$ に対して
  $\displaystyle
\lim_{x\rightarrow +0}{f_0(x,a)}=0$ (9)
となる。これに対し、2 変数関数 $f_1(x,y)$ を、
  $\displaystyle
f_1(x,y) =
\left\{\begin{array}{ll}
f_0(\vert x\vert,\vert y\vert) & (y\neq 0),\\
1 & (y=0)
\end{array}\right.$ (10)
と定めると、$y\neq 0$ に対しては (9) より
  $\displaystyle
\lim_{x\rightarrow 0}{f_1(x,y)}
=\lim_{x\rightarrow 0}{f_0(\vert x\vert,\vert y\vert)}
=0$ (11)
となる。一方、$x\neq 0$ に対して $y\rightarrow 0$ とすると、 (8) より $\vert y\vert<\vert x\vert$ では $f_0(\vert x\vert,\vert y\vert)=1$ なので、 $x\neq 0$ では
  $\displaystyle
\lim_{y\rightarrow 0}{f_1(x,y)}=\lim_{y\rightarrow 0}{f_0(\vert x\vert,\vert y\vert)}=1$ (12)
となる。 よって、(11), (12) より $f_1(x,y)$ の 2 重極限は
$\displaystyle \lim_{x\rightarrow 0}{\left\{\lim_{y\rightarrow 0}{f_1(x,y)}\righ...
...{1zw}\lim_{y\rightarrow 0}{\left\{\lim_{x\rightarrow 0}{f_1(x,y)}\right\}} = 0
$
となって両者は一致しない。 なお、(8), (10) より、
$\displaystyle \left\{\begin{array}{l}
f_1(0,y) = f_0(0,\vert y\vert) = 0\hspace{1zw}(y\neq 0)\\
f_1(x,0) = 1 \hspace{1zw}(x\neq 0)\end{array}\right.$
なので、$(x,y)=(0,0)$ の近くには、 $f_1$ が 0 になる点と 1 になる点がいくらでも存在し、 よって $f_1(x,y)$$(0,0)$ では連続ではないことがわかる。

では、$f(x,y)$$(a,b)$ で連続であれば、 2 重極限 (6) も、 (5) の極限である $f(a,b)$ に 一致するだろうか。 それについては、次のような例を考える。

$\displaystyle f_2(x,y) = \left\{\begin{array}{ll}
\displaystyle y\sin\left\vert\frac{1}{x}\right\vert & (x\neq 0),\\ [.7zh]
0 & (x=0)\end{array}\right.$
とすると、 $x\rightarrow 0$ のとき $\vert 1/x\vert\rightarrow\infty$ となるので、 $\sin\vert 1/x\vert$$[-1,1]$ の範囲を限りなく振動し、極限を持たない。 よって、$y\neq 0$ に対し、
$\displaystyle \lim_{x\rightarrow 0}{f_2(x,y)}
$
は存在しない。 一方、$\sin\vert 1/x\vert$ は有界なので、
$\displaystyle \lim_{y\rightarrow 0}{f_2(x,y)} = 0
$
となる。そして $(x,y)$$(0,0)$ の近くの場合、例えば、 $\vert x\vert<\delta$, $\vert y\vert<\delta$ では、
$\displaystyle \vert f_2(x,y)\vert
=\vert y\vert\left\vert\sin\left\vert\frac{1}{x}\right\vert\right\vert
\leq \vert y\vert<\delta
$
となり、$(0,0)$ の近くで $\vert f_2(x,y)\vert$ はいくらでも 小さくできるので、
$\displaystyle \lim_{(x,y)\rightarrow (0,0)}{f_2(x,y)}=0 = f_2(0,0)
$
となる。 よって、$f_2(x,y)$ は、$(x,y)=(0,0)$ で連続であるが、
$\displaystyle \lim_{y\rightarrow 0}{\left\{\lim_{x\rightarrow 0}{f_2(x,y)}\right\}}
$
が存在しない例になっている。 つまり、$(a,b)$ で連続であっても 2 重極限 (6) は $f(a,b)$ に 一致するとは限らない。 この $f_2(x,y)$ では
$\displaystyle \lim_{x\rightarrow 0}{\left\{\lim_{y\rightarrow 0}{f_2(x,y)}\right\}} = 0
$
となっているが、 $f_2$ を少し変えれば (6) の両方が存在しない ものも作れる。
$\displaystyle f_3(x,y) =
\left\{\begin{array}{ll}
\displaystyle (x+y)\sin\lef...
... 0,\hspace{0.5zw}y\neq 0),\\ [.7zh]
0 & (x=0\mbox{ または }y=0)\end{array}\right.$
とすると、
$\displaystyle \lim_{x\rightarrow 0}{f_3(x,y)}\ (y\neq 0),
\hspace{1zw}\lim_{y\rightarrow 0}{f_3(x,y)}\ (x\neq 0)
$
はどちらも存在しないが、$\vert x\vert<\delta$, $\vert y\vert<\delta$ ならば、
$\displaystyle \vert f_3(x,y)\vert\leq \vert x+y\vert\leq \vert x\vert+\vert y\vert<2\delta
$
なので、$\vert f_3(x,y)\vert$$(0,0)$ の近くでいくらでも小さくでき、 よって $f_3(x,y)$ は (0,0) で連続であるが、 (6) の両方が存在しない例となっている。

一方で、$f(x,y)$$(a,b)$ で連続で、

$\displaystyle \lim_{x\rightarrow a}{\left\{\lim_{y\rightarrow b}{f(x,y)}\right\...
...zw}\lim_{y\rightarrow b}{\left\{\lim_{x\rightarrow a}{f(x,y)}\right\}} = \beta
$
のように 2 重極限が存在すれば、$\alpha=f(a,b)$, $\beta=f(a,b)$ と なることが言える。(両方存在する必要はなく、 一方が存在すればそれは $f(a,b)$ になる。) つまり、$f(x,y)$$(a,b)$ で連続であれば、 $\alpha$$\beta$ が存在しない例は作れても、 $\alpha$$\beta$ が存在してそれが $f(a,b)$ と異なるような例を 作ることはできない。これを以下に示そう。 $\alpha$ の方のみ考えれば十分である。

今、$f(x,y)$$(a,b)$ で連続で、

$\displaystyle \lim_{x\rightarrow a}{\left\{\lim_{y\rightarrow b}{f(x,y)}\right\}} = \alpha
$
の極限は存在するが、それが $f(a,b)$ とは違うと仮定し、 矛盾を示す (背理法)。 $f(x,y)$$(a,b)$ で連続なので $(a,b)$ の近くでは $f(x,y)$ の値はいくらでも $f(a,b)$ に近づけることができる。 よって、 $\vert\alpha-f(a,b)\vert>0$ より、
$\vert x-a\vert<\delta$, $\vert y-b\vert<\delta$$(x,y)$ に対し
  $\displaystyle
\vert f(x,y)-f(a,b)\vert<\frac{1}{2}\vert\alpha-f(a,b)\vert
$ (13)
となる」
ような正数 $\delta$ を取ることができる。 この (13) で $y\rightarrow b$ とすると
$\displaystyle \vert\lim_{y\rightarrow b}{f(x,y)}-f(a,b)\vert\leq\frac{1}{2}\vert\alpha-f(a,b)\vert
$
が成り立つ。さらにこの式で $x\rightarrow a$ とすれば
$\displaystyle \vert\alpha - f(a,b)\vert\leq\frac{1}{2}\vert\alpha-f(a,b)\vert
$
となり、これは $\alpha=f(a,b)$ でしか成り立たず、 $\alpha\neq f(a,b)$ の仮定に矛盾する。 よって、$\alpha=f(a,b)$ であることが示されたことになる。

次は、(5) と (7) の 違いについて考える。 これは、(5) の「2 変数の極限」を、 (7) の「1 変数の極限」のように書くと 誤解を招きかねない、という話である。

$f(x,y)$ は 2 変数の関数だが、 $r=\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}$ と、$\theta$ を使って、極座標的に

$\displaystyle \left\{\begin{array}{l}
x = a+r\cos\theta,\\
y = b+r\sin\theta\end{array}\right.\ (0\leq \theta< 2\pi,\ r>0)
$
のようにして、 $(x,y)\neq (a,b)$ では $(x,y)$$(r,\theta)$ を 1 対 1 に変数変換できる。これにより
  $\displaystyle
f(x,y) = f(a+r\cos\theta, b+r\sin\theta)=g(r,\theta)
\hspace{1zw}((x,y)\neq (a,b))$ (14)
と書くことにすると、(7) の極限は、
$\displaystyle \lim_{r\rightarrow +0}{f(x,y)}
=\lim_{r\rightarrow +0}{f(a+r\cos\theta,b+r\sin\theta)}
=\lim_{r\rightarrow +0}{g(r,\theta)}
$
であるようにも見えてしまうが、 この最後の極限は、(4) で説明した 2 変数関数の、 片方の変数 $\theta$ を固定した極限になってしまう。

(5) は $(x,y)$ がどの方向から $(a,b)$ に近づいても $f(x,y)$$c$ に 近づくことを意味するので、当然この最後の極限も含んでいて

  $\displaystyle
\lim_{r\rightarrow +0}{g(r,\theta)}
= \lim_{r\rightarrow +0}{f(a+r\cos\theta,b+r\sin\theta)}
= c$ (15)
となる。 一方、すべての $\theta$ に対して (15) が 成り立ったとしても (5) が成り立つとは 限らない。そのような例を次に示す。 $r>0$, $0\leq \theta < 2\pi$ に対し、
$\displaystyle g_4(r,\theta) = f_0(r,2\pi-\theta)
$
とし、この $g=g_4$ (および $(a,b)=(0,0)$) に対応する (14) の $(x,y)$ の関数 $f(x,y)$$f_4(x,y)$ とする ( $(x,y)\neq (0,0)$)。 すると、(9) より、 すべての $0\leq \theta < 2\pi$ に対し
$\displaystyle \lim_{r\rightarrow +0}{g_4(r,\theta)}
=\lim_{r\rightarrow +0}{f_0(r,2\pi-\theta)}
=0
$
となるが、
$\displaystyle C_4:\hspace{0.5zw}r=r_4(\theta)=\frac{1}{2}(2\pi-\theta)
\hspace{1zw}(0\leq\theta\leq 2\pi)
$
という曲線を考えると、 $r_4(\theta)$$\theta$ に関して減少し、 $\theta\rightarrow 2\pi-0$ で 0 に近づくので、 この曲線上の点は $\theta\rightarrow 2\pi-0$ に対して らせん状に原点に近づいていく。

しかし、この $C_4$ 上では、$g_4(r,\theta)$ は、

$\displaystyle g_4(r,\theta)
= f_0\left(\frac{1}{2}(2\pi-\theta),2\pi-\theta\right)
= \frac{1}{2}
$
となり、よって
$\displaystyle \lim_{\theta\rightarrow 2\pi-0}{g_4(r_4(\theta),\theta)}=\frac{1}{2}
$
となる。 すなわち、$g_4$ は各固定した $\theta$ に関して $r\rightarrow +0$ と すると 0 に、$C_4$ に沿っては 1/2 に近づくことになり、よって
$\displaystyle \lim_{(x,y)\rightarrow (0,0)}{f_4(x,y)}
$
は存在しないことになる。 つまり、すべての $\theta$ に対して (15) が 成り立ったとしても、(5) が成り立つとは 限らないことになる。

より細かく考えれば、(5) の方は、 任意の $\varepsilon > 0$ に対し、

$\vert x-a\vert<\delta$, $\vert y-b\vert<\delta$ ならば $\vert f(x,y)-c\vert<\varepsilon $
となるような正数 $\delta>0$ が取れるということを意味するが、 この「$\vert x-a\vert<\delta$, $\vert y-b\vert<\delta$」の条件は、
$\displaystyle \left\{\begin{array}{l}
\vert x-a\vert+\vert y-b\vert\leq \sqrt{...
...zh]
\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}\leq \vert x-a\vert+\vert y-b\vert\end{array}\right.$
より、 「 $\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}<\delta$」という条件に書き直すことができる。 すなわち、
$\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2}<\delta$ ならば $\vert f(x,y)-c\vert<\varepsilon $
とできるので、よって $r,\theta$ で書けば
$0<r<\delta$ ならば $\vert g(r,\theta)-c\vert<\varepsilon $
という形になる。問題は、 これが「すべての $\theta$ に対して成り立つ必要がある」ことで、 すなわち、
$0<r<\delta$ ならば $\displaystyle \sup_{0\leq\theta<2\pi}\vert g(r,\theta)-c\vert<\varepsilon $
であることであるから、 つまり (5) と同値なのは、 「すべての $\theta$ に対して (15) が成り立つこと」 ではなく、 「(15) が $\theta$ に対して一様に成り立つこと」、 すなわち
$\displaystyle \lim_{r\rightarrow +0}{\left(\sup_{0\leq\theta<2\pi}\vert g(r,\theta)-c\vert\right)}=0
$
が (5) と同値だということになる。 こう見ると、これと (15) の違いはよくわかるであろう。 このように考えると、(5) を (7) のような「1 変数の極限」のように 書くことは危険だといえるだろう。

なお、$f_4(x,y)$ の例で、$f_4(0,0)=0$ とすれば、 $f_4(x,y)$ は、各 $\theta$ 方向にはいずれも連続、すなわち

$\displaystyle \lim_{r\rightarrow +0}{f_4(r\cos\theta,r\sin\theta)}=f_4(0,0)=0
$
であるが、2 変数関数としては $(0,0)$ で連続ではない、 という例にもなっている。

竹野茂治@新潟工科大学
2023-06-19