3 テイラー展開を利用する方法

2 節の方法は、考え方も計算も少し厄介である。 この節では、高校の物理で習う放物運動の式を使い、 斜面と放物運動曲線とをテイラー展開を用いて比較することで (12) を導く方法を紹介する。

今、斜面から離れていない物体の位置を $P(x_0,f(x_0))$ とし、 そのときの速度ベクトルを $\mbox{\boldmath$v$}_0=(v_x,v_y)$ とする。 この速度ベクトルは斜面に接しているので、 その傾きと斜面の傾きは等しく、よって

\begin{displaymath}
\frac{v_y}{v_x}=f'(x_0)\end{displaymath} (13)

が成り立つ。なお、物体は右側に移動しているので $v_x>0$ である。

この $(x_0,f(x_0))$ で物体が斜面から離れるかどうかを、 放物運動と比較して考えることにする。 今、仮にこの斜面がここで切れていたとすれば、 物体は $P$ から速度 $\mbox{\boldmath$v$}_0$ で投げた場合の放物運動をするはずである。 まずその軌跡 $C$ の方程式を計算しよう。 この場合、物体には鉛直下向きに $mg$ の力が働くのみなので、 その時点を時刻 0 とすれば、よく知られているように

\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{ll}
y & = \displaystyle -\frac{g}{2}t^2+v_yt+f(x_0), [.5zh]
x & = v_x t+x_0
\end{array}\right.\end{displaymath} (14)

が成り立つ。 これは、高校の物理でもよく用いられる式であるが、運動方程式
\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{l}
m\ddot{\mbox{\boldmath$r$}}=-mg\mbo...
...space{1zw}\mbox{\boldmath$r$}(0)=(x_0,f(x_0))\end{array}\right.\end{displaymath}

を解くことでも容易に得られる。(14) より、
\begin{displaymath}
t=\frac{x-x_0}{v_x}
\end{displaymath}

なので、これを (14) の $y$ の式に代入すれば、
\begin{displaymath}
y=-\frac{g}{2} \frac{(x-x_0)^2}{v_x^2}+\frac{v_y}{v_x}(x-x_0)+f(x_0)
\end{displaymath}

となるが、(13) よりこれは
\begin{displaymath}
y=f(x_0)+f'(x_0)(x-x_0)-\frac{g}{2v_x^2}(x-x_0)^2\end{displaymath} (15)

と書けることになる。これが放物曲線 $C$ の方程式であるが、 この (15) 式は $(x-x_0)$ の 2 次式の形になっていることに注意する。

さて、もし斜面がなければ $P$ から右には物体は この $C$ に沿って進むことになるから、 もし「$P$ から右は斜面 $y=f(x)$$C$ より下って」いれば、 物体は斜面から離れて $C$ に沿った放物運動をするだろうし、 「$C$ より上がって」いれば、$C$ ではなく斜面に沿って動くことになる。 よって、$P$ の近くで $y=f(x)$$C$ の方程式 (15) との上下関係を見ることで、 $P$ で物体が斜面から離れるかどうかがわかることになる。

(15) は $(x-x_0)$ のテイラー展開の形をしているので、 $y=f(x)$ のテイラー展開

\begin{displaymath}
f(x)=f(x_0)+f'(x_0)(x-x_0)+\frac{f''(x_0)}{2}(x-x_0)^2+\cdots\end{displaymath} (16)

と比較すれば、最初の 2 項は全く同じであることがわかる。 これは、この 2 つの曲線が $P$ で接する (共通の接線を持つ) ことを意味する。 よって、$P$ の付近での比較は $(x-x_0)$ の 2 次の項を見ればよく、 そこから斜面の方が $P$ の近くで $C$ より上、すなわち離れない条件は
\begin{displaymath}
\frac{f''(x_0)}{2}>-\frac{g}{2v_x^2}\end{displaymath} (17)

であることがわかる。 一方、(13) より $v_y=f'(x_0)v_x$ なので、速さ $v$
\begin{displaymath}
v=\sqrt{v_x^2+v_y^2}=\sqrt{1+(f'(x_0))^2} v_x\hspace{1zw}(v_x>0)
\end{displaymath}

となるから、これを (17) に代入すれば、
\begin{displaymath}
f''(x_0)>-\frac{1+(f'(x_0))^2}{v^2}g\end{displaymath} (18)

となり、(12) と同じものが得られたことになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2009年2月27日