2 循環論法

まず、(1) にまつわる循環論法について説明しておく。

元々「円周率 ($\pi$)」は、円の面積から定義するものではなく、 円の円周と直径の比として定義される:

\begin{displaymath}
\pi = \frac{円周}{直径}\end{displaymath} (2)

よって、
\begin{displaymath}
円の面積\ = \pi r^2\end{displaymath} (3)

であるという事実は円周率の定義ではなく、 (2) から導かなければいけない「定理」である。

現代数学では、円のように、

\begin{displaymath}
「曲線で囲まれた図形の面積は積分によって定義すべきもの」\end{displaymath} (4)

と考えられているので、その立場からすれば、 半径 $r$ の円の面積 $S$ は定積分
\begin{displaymath}
S = 2\int_{-r}^r\sqrt{r^2-x^2}\,dx\end{displaymath} (5)

によって定義されることになる。 この積分の計算には、$x=r\sin\theta$ $(-\pi/2\leq\theta\leq\pi/2)$ の ような置換積分が用いられ、
\begin{displaymath}
\frac{dx}{d\theta} = r\cos\theta\end{displaymath} (6)

より、
$\displaystyle S$ $\textstyle =$ $\displaystyle 2\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\sqrt{r^2-r^2\sin^2\theta}\,r\cos\theta\, d...
...2\theta\, d\theta
=
2r^2\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\frac{1+\cos 2\theta}{2}\, d\theta$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 2r^2\left[\frac{\theta}{2}+\frac{\sin 2\theta}{4}\right]_{-\pi/2}^{\pi/2}
=
\pi r^2$ (7)

となる。

さて、(1) の証明であるが、 まず、 $x\rightarrow -0$ に対しては、 $x=-t$ とすれば $t\rightarrow +0$ となり、

\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow -0}\frac{\sin x}{x}
=
\lim_{t\rightarr...
...}\frac{\sin(-t)}{-t}
=
\lim_{t\rightarrow +0}\frac{\sin t}{t}\end{displaymath} (8)

となるので、 $x\rightarrow +0$ の方だけを考えればよい。

そして、その極限が 1 にあることを示すには「はさみうちの原理」を 使うのであるが、扇形の面積を使う方法は以下の通り (図 1)。

図 1: はさみうちの図
\includegraphics[width=0.6\textwidth]{triang1.eps}

中心角 $x$ (ラジアン)、半径 1 の扇形で、

\begin{displaymath}
\mbox{$\triangle$OAC} <\ 扇形\ \mathrm{OBC} < \mbox{$\triangle$OBD}\end{displaymath} (9)

という面積に関する不等式を考えれば、
\begin{displaymath}
\frac{1}{2}\,\sin x\cos x < \frac{1}{2}\,x < \frac{1}{2}\,\tan x\end{displaymath} (10)

なので、$\sin x/2$ で割れば、
\begin{displaymath}
\cos x < \frac{x}{\sin x} < \frac{1}{\cos x}
\end{displaymath}

となり、 $x\rightarrow +0$ とすれば、はさみうちの原理によって
\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow +0}\frac{\sin x}{x}=1\end{displaymath} (11)

が得られる、という論法である。

$\triangle $OAC の代わりに $\triangle $OBC (=$\sin x/2$) を使うこともあるが、 違いはほとんどない。

そして、(1) を元にして、

\begin{displaymath}
\lim_{x\rightarrow 0}\frac{1-\cos x}{x^2}
=
\lim_{x\right...
...ft(\frac{\sin x}{x}\right)^2\frac{1}{1+\cos x}}
=
\frac{1}{2}\end{displaymath} (12)

が得られ、(1) と (12) により、
\begin{displaymath}
(\sin x)'
=
\lim_{h\rightarrow 0}\frac{\sin(x+h)-\sin x}{...
...\frac{\cos h-1}{h}
+\frac{\sin h}{h}\,\cos x\right)}
= \cos x\end{displaymath} (13)

$\sin x$ の導関数が得られる。

さて、ここまでの話でどこが循環論法かと言えば、 それは (9) で使用した扇形の面積である。

扇形 OBC の面積が $x/2$ になる、ということには、 円の面積の公式 (3) を使っていることになるが、 円の面積は (5) によって定義され、 それは (7) で見たように $\sin x$ の導関数を必要とし、 $\sin x$ の導関数を導くには (1) が必要である、
という構造、すなわち (1) を導くのに (1) が必要になってしまっているのが循環論法である、 という話である。

竹野茂治@新潟工科大学
2015年12月7日