4.4 例 4

(7) の応用例を一つ紹介する。

$n$ 次正方行列 $A$ に対して、スカラー $\lambda$ と、 $\mbox{\boldmath$0$}$ でない $n$ 次元数ベクトル $\mbox{\boldmath$x$}$ が、

$\displaystyle A\mbox{\boldmath$x$} = \lambda\mbox{\boldmath$x$}
$

を満たすとき、$\lambda$$A$固有値 $\mbox{\boldmath$x$}$$A$ の、 $\lambda$ に関する固有ベクトルと言う。

$\lambda$

$\displaystyle f(\lambda) = \vert\lambda E-A\vert = \lambda^n + \ldots = 0
$

という $n$ 次方程式の解であり、一般には複素数となるが、 各 $A$ に対し重複も数えて、$n$ 個存在する。 その各固有値 $\lambda$ に対して、固有ベクトルは少なくとも一つは存在するが、 これも一般には複素数成分の数ベクトルとなる。 $A$ の成分がすべて実数で、$\lambda$ も実数であれば、 それに関する固有ベクトルは実数成分の数ベクトルが取れる。

$\mbox{\boldmath$x$}$$\lambda$ に関する固有ベクトルならば、 $c\mbox{\boldmath$x$}$ ($c\neq 0$) も $\lambda$ に関する固有ベクトル、 $\mbox{\boldmath$x$}$, $\mbox{\boldmath$y$}$$\lambda$ に関する固有ベクトルならば、 $\mbox{\boldmath$x$}+\mbox{\boldmath$y$}$$\lambda$ に関する固有ベクトルとなるので、 $\lambda$ に関する固有ベクトル全体は、 $\mbox{\boldmath$0$}$ も入れれば、 1 次元以上の部分ベクトル空間を作る。

$A$$n$ 個の固有値 $\lambda_1,\lambda_2,\ldots,\lambda_n$ に対する $n$ 個の固有ベクトル $\mbox{\boldmath$x$}_j$ ( $j=1,2,\ldots,n$) が存在するとき、 $\mbox{\boldmath$x$}_j$ を並べた行列を $X=[\mbox{\boldmath$x$}_1\ \mbox{\boldmath$x$}_2\ \cdots\ \mbox{\boldmath$x$}_n]$ とすると、 $A\mbox{\boldmath$x$}_j=\lambda_j\mbox{\boldmath$x$}_j$、および (3), (7) より、

\begin{eqnarray*}AX
&=&
A[\mbox{\boldmath$x$}_1\ \mbox{\boldmath$x$}_2\ \cdot...
...sh{\raisebox{.0ex}{\Large$O$}}& & & \lambda_n
\end{array}\right]\end{eqnarray*}

となる。 よって、もし $\{\mbox{\boldmath$x$}_j\}$ が一次独立であれば $X$ は逆行列を持つので、
  $\displaystyle
X^{-1}AX = \left[\begin{array}{cccc}
\lambda_1 & & & \smash{\ra...
...\
\smash{\raisebox{.0ex}{\Large$O$}}& & & \lambda_n
\end{array}\right]X^{-1}$ (9)
と書ける。これを $A$対角化と呼ぶ。対角化により、例えば $A^m$

\begin{eqnarray*}A^m
&=&
\left(X\left[\begin{array}{cccc}
\lambda_1 & & & \s...
...ebox{.0ex}{\Large$O$}}& & & \lambda_n^m
\end{array}\right]X^{-1}\end{eqnarray*}

のように計算できる。

さらに、行列 $P_j$ ( $j=1,2,\ldots,n$) を

  $\displaystyle
P_j = [\mbox{\boldmath$0$}\ \cdots\ \mbox{\boldmath$x$}_j\ \cdots\ \mbox{\boldmath$0$}]X^{-1}$ (10)
とする。なお、この右辺の左の行列は、$j$ 列目が $\mbox{\boldmath$x$}_j$ で、 それ以外の列はゼロベクトルとしたものである。すると、

$\displaystyle P_jX = [P\mbox{\boldmath$x$}_1\ P\mbox{\boldmath$x$}_2\ \cdots\ P...
...box{\boldmath$0$}\ \cdots\ \mbox{\boldmath$x$}_j\ \cdots\ \mbox{\boldmath$0$}]
$

となるので、この $P_j$ は、

$\displaystyle P_j\mbox{\boldmath$x$}_k = \mbox{\boldmath$0$}\ (j\neq k),
\hspace{1zw}P_j\mbox{\boldmath$x$}_j = \mbox{\boldmath$x$}_j
$

を満たす。すなわち $P_j$ は、 $\mbox{\boldmath$x$}_j$ 方向のベクトルは変えず、 $\mbox{\boldmath$x$}_j$ 以外の方向のベクトルはすべて消すような行列で、 $\mbox{\boldmath$x$}_j$ 方向の射影行列と呼ばれる。 ここにさらに $P_j$ を左からかけると、

$\displaystyle P_j^2\mbox{\boldmath$x$}_k = \mbox{\boldmath$0$}\ (j\neq k),
\hs...
...}P_j^2\mbox{\boldmath$x$}_j = P_j\mbox{\boldmath$x$}_j = \mbox{\boldmath$x$}_j
$

となるから、$P^2_j$ も (10) を満たすことになり、 よって $P_j^2 = P_j$ となる。また、$i\neq j$ に対して、

$\displaystyle P_iP_j\mbox{\boldmath$x$}_k = \mbox{\boldmath$0$}\ (j\neq k),
\hs...
...w}P_iP_j\mbox{\boldmath$x$}_j = P_i\mbox{\boldmath$x$}_j = \mbox{\boldmath$0$}
$

となるので、$P_iP_j=O$ となることもわかる。すなわち射影行列は、
  $\displaystyle
P_j^2 = P_j,\hspace{1zw}P_iP_j = O\ (i\neq j)$ (11)
を満たす。

この射影行列により、$X$

$\displaystyle X
= [\mbox{\boldmath$x$}_1\ \mbox{\boldmath$x$}_2\ \cdots\ \mbox...
...ath$x$}_j\ \cdots\ \mbox{\boldmath$0$}]
= \sum_{j=1}^nP_jX
= (P_1+\cdots+P_n)X
$

と書け、

$\displaystyle AP_jX
= A[\mbox{\boldmath$0$}\ \cdots\ \mbox{\boldmath$x$}_j\ \c...
...\ \lambda_j\mbox{\boldmath$x$}_j\ \cdots\ \mbox{\boldmath$0$}]
= \lambda_jP_jX
$

となるので、結局、

$\displaystyle AX
= A\left(\sum_{j=1}^nP_jX\right)
= \sum_{j=1}^nAP_jX
= \sum_{j=1}^n\lambda_j P_jX
$

となり、$X^{-1}$ を右からかければ、
  $\displaystyle
A = \sum_{j=1}^n\lambda_j P_j
= \lambda_1P_1+\lambda_2P_2+\cdots+\lambda_nP_n$ (12)
が得られる。これは、$A$ の対角化 (9) の射影行列による 表現であり、行列のスペクトル分解とも呼ばれる。 この場合も、例えば $A^m$ は、(11) の性質により、

$\displaystyle A^m
= \left(\sum_{j=1}^n\lambda_j P_j\right)^m
= \sum_{j=1}^n\la...
...m P_j^m
= \sum_{j=1}^n\lambda_j^m P_j
= \lambda_1^m P_1+\cdots+\lambda_n^m P_n
$

のように固有値の累乗のみで求まることになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2021-09-10