4 log 型関数

先に書いたように、 高校では数式の書き方や優先順位の話はほとんどやらないが、 カッコなどの式の書き方に関しては、 高校で習う新しい関数である log, sin, cos などの いわゆる「log 型関数」にもかなり問題が含まれていて、 あいまいさがかなり残っているように常々感じている。

log や sin などは、$f(x)$ のようなカッコのついた書き方、 すなわち $\log(x)$$\sin(x)$ のような書き方はせず、 慣習によりカッコは使わずに $\log x$, $\sin x$ のように 書くことになっている。 さらに、それぞれに単項式を代入した場合も通常はカッコは書かずに

\begin{displaymath}
\log 2xy  (=\log(2xy)),
\hspace{1zw}
\sin 2xy  (=\sin(2xy))
\end{displaymath}

のように書く。 つまり、この場合計算の優先順位は $2xy$ の積の方が先になる。

そこで問題になるのが、 例えば「$\log 2xy$」と「$z$」の積のような場合である。 これに対して、次のような 9 つの書き方をあげてみる:


    1. $\log 2xyz$          2. $\log 2xy \cdot z$          3. $\log 2xy\times z$    

4. $\log(2xy)z$ 5. $\log(2xy)\cdot z$ 6. $\log(2xy)\times z$
7. $(\log 2xy)z$ 8. $(\log 2xy)\cdot z$ 9. $(\log 2xy)\times z$
もちろん、これ以外に、$z\log 2xy$ のように前置する書き方があり、 これならカッコのことを考える必要はないのであるが、 それはまた別問題であると考えていただきたい。

まず 1. は、もちろん $\log(2xyz)$ との区別がつかないので論外であるが、 2., 3. と 1. との違いはかなり微妙な気がする。

中学で、数式の中の積の記号 $\times$ は省略できる、と習うため、 積を意味する $\times$、およびその代用である $\cdot$ は、 $3\times 5$, $3\cdot 5$ のように、 主に数字同士の積の際に用いられる程度になる。

余談であるが、同じ理由のために中学以降では $\displaystyle 2 \frac{3}{4}$ (2 と 3/4 の和) のような帯分数は 積とまぎらわしいので使われなくなるが、特定の分野で使っているのか、 この書き方を使う学生が、例年少数ではあるがポツポツ見られる。

このため、1. と 2., 3. との違いを説明するのは あまりやさしくはないと思う (少なくとも私にはできそうにはない) のだが、 この 2., 3. のような書き方が大学生用の多くの教科書で実際に使われている。 つまり、これがある種の慣用的な書き方であるらしい。

これに対し、4., 5., 6. は log にカッコを書くようにすることで、 関数に代入されているのは $2xy$ のみ、と一見明示しているようだが、 まだあいまいさが残る。

もし、コンピュータプログラムのように、 すべての対数を $\log(x)$ のようにカッコをつけて書くことにするならば、 4., 5., 6. で $z$ は関数の外だとわかることになるが、 実際はそういう書き方が普通には行われていない以上、 そうは思ってもらえない可能性は十分ある。 また、ある授業だけ $\log(x)$ のように書くこととすることは、 特に $\log x$ を初めて学ぶ人に対しては教育的とは言えず、 もしそういう書き方に慣れてしまったら 他の人と正しい式のやり取りができなくなってしまう可能性を 生んでしまうことになるので、 そのように教えることには少し抵抗を感じる。

7., 8., 9. であれば、誰もが間違えることなく $z$ は対数の外にあることがわかると思うし、 log の後ろの単項式にはカッコをつけない、 という慣用表現にも合致するので、 本来は 7., 8., 9. が一番自然だろうと思うし、 逆にこれらのカッコを 1., 2., 3. のように 容易に省略してよいものだとは思わない。

同じ理由で、

\begin{displaymath}
\sin u\cdot 2x,
\hspace{1zw}
\sin u\times 2x
\end{displaymath}

なども、正しくは $(\sin u) 2x$ のようにカッコを用いて書くべきだと思うが、 1., 2., 3. と同様、実はこのカッコのない書き方が 大学の教科書などではよく用いられている。

そして、最初の方にも書いたが、 こういった問題を避けるために、 高校の教科書でも大学の教科書でも、実はむしろ

\begin{displaymath}
z\log 2xy,
\hspace{1zw}
2x\sin u
\end{displaymath}

のような、カッコを使わずに済む「前出し」記法がよく用いられる。

しかし、学生、特に初学者にはそのような背景はわからないので、 なぜ式の前後を入れ替えて $z$$2x$ を前に出しているのかは、 式変形を見ただけでは理解しにくいのではないだろうか。 そして、そのような人が前出しの式を見ると、 「積の順序を入れ替えて前出しすることでカッコは省略できる」 と思うのではなく、単に、 「カッコは書かなくていいのね」と誤解してしまうことの方が多いような気がする。

例えば以下のような正答例があるとしよう:

$y=-\cos x^2$ の導関数を合成関数の微分法で求めると、 $u=x^2$ と置けば $y=-\cos u$ なので、
\begin{displaymath}
y'
= \frac{dy}{dx}
= \frac{dy}{du} \frac{du}{dx}
= (-\cos u)'(x^2)'
= 2x \sin u
= 2x\sin x^2」
\end{displaymath}

この正答例の問題点は、$2x\sin u$ にするところで $2x$ を前出しして カッコを書かないようにしている部分であり、 このような式変形を見せることで、学生の答案にはむしろ
\begin{displaymath}
(-\cos u)'(x^2)' = \sin u \cdot 2x
\end{displaymath}

のような書き方が現れてしまう気がする。 この問題は、
\begin{displaymath}
(-\cos u)'(x^2)' = (\sin u)(2x) = 2x\sin u = 2x\sin x^2
\end{displaymath}

のように、順番を入れ替えずにカッコを使った中間式を一つ追加することで 多少解消するように思うし、 カッコを減らすことを必須と考えなければ、むしろ
\begin{displaymath}
(-\cos u)'(x^2)' = (\sin u)(2x) = (\sin x^2)2x
\end{displaymath}

のような形で終わりとする方が カッコを略すためだけの式変形を考えずに済み、より教育的な気がする。 ただし、中学校の式変形で、 「数は文字式の前に出す」というものがあるので、 そこからすると 2 だけは前に出した方がいいのかもしれない。

なお三角関数には、もう一つ解消しがたい問題がある。 三角関数の慣用記法として、$\sin x$$\sin y$ の積にもカッコを使わず、

\begin{displaymath}
\sin x\sin y
\end{displaymath}

と書く、というものがある。 しかしこれは、sin の後ろの単項式はその関数の中に代入されているものと見る、 という慣例からすれば $\sin (x\sin y)$ という式にも見えなくはない。 つまり、慣用記法を
「log, sin には単項式が入る場合にはカッコはいらず、 逆にそれ以外の場合はカッコが必要になる」
と考えるなら、$\sin u$$x$ との積は「$\sin u\cdot x$」ではなく 「$(\sin u)x$」と書くべきで、 そう見ると $\sin x$$\sin y$ の積も、 「 $(\sin x)(\sin y)$」か「 $(\sin x)\sin y$」と書かなければいけなくなり、 「$\sin x\sin y$」という慣用記法が説明できなくなってしまう。

逆に、「$\sin x\sin y$」の書き方を認めると 「単項式にはカッコがいらない」ということが通らなくなってしまうが、 無理矢理屁理屈をつけるとすれば、

「log 型関数同士は同レベルと見て、 そしてそこで一旦単項式からは切れることにする」
などとなるかもしれない。しかし、これもやや苦しく、例えば
\begin{displaymath}
\log x\sin y
\end{displaymath}

は、上の苦しまぎれの規則からすれば $(\log x)(\sin y)$ を 意味することになるが、実際は $(\log x)(\sin y)$ なのか、 $\log(x\sin y)$ なのか、多分多くの人が迷うことだろう。 これは、本では
\begin{displaymath}
\log x\cdot \sin y,\hspace{1zw}\log x\times \sin y
\end{displaymath}

のようにする書き方も見られるが、 $\cdot$$\times$ がどこまでを分離していると見るか 統一的な説明を与えるのはかなり難しいのではないかと思う。 例えば、
\begin{displaymath}
\log 3\cdot 6^2
\end{displaymath}

のように、省略できない $\cdot$ を持つ式の場合はなおさらである。

ちなみに、コンピュータプログラムでは、

log(x), sin(2*x*y)
のように、関数名の後ろに必ずカッコを書く記法を取るので、 普通の数式に現れるようなあいまいさはなく、
log(x)*y ($=(\log x)y$), log(2*x*y)*z ($=(\log 2xy)z$),
sin(2*x)*sin(2*y) ( $=\sin 2x\sin 2y$)
のようになる。 私自身もコンピュータプログラムを書くせいか、 個人的には慣用記法よりもこのような記法の方があいまいさを排除でき、 誤解も起こらず、正誤の判断もしやすいので、 ずっと良いのではないかと感じる。

竹野茂治@新潟工科大学
2013年11月3日