2 極限の存在

本稿では、実数 $x$ に対して、
\begin{displaymath}
\exp (x) = \lim_{n\rightarrow \infty}{\left(1+\frac{x}{n}\right)^{n}}\end{displaymath} (3)

の極限により $\exp(x)$ を定義し、 これが通常の「$e^x$」が持つべき性質を持つことを色々示していく。

まず最初に、(3) の右辺の極限が すべての実数 $x$ に対して存在することを示すが、 そのために、次の定理を用いる。

定理 1. (単調収束定理)

実数列 $\{a_n\}_n$ が単調増加 ( $a_1\leq a_2\leq a_3\leq \ldots$) で、 かつ上に有界、すなわちすべての $n$ に対して $a_n\leq b$ となるような 有限な実数 $b$ が取れるとき、$\{a_n\}$ は有限な極限値 $\alpha$ を持つ:

\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{a_n}=\alpha\hspace{1zw}(\leq b)
\end{displaymath}

これは、実数論 (実数の定義) とも深く関わっていて、 簡単に証明できる定理ではないので (例えば [1] 第 2 章)、 ここではこれが成り立つことを認めることとする。

以後

\begin{displaymath}
f_n(x) = \left(1+\frac{x}{n}\right)^{n}\end{displaymath} (4)

と置く。 まず、$x>0$ を固定すると、数列 $\{f_n(x)\}_n$ が単調増加であること、 すなわち、$x>0$, $n\geq 1$ に対して、
\begin{displaymath}
f_n(x) = \left(1+\frac{x}{n}\right)^{n} < f_{n+1}(x) = \left(1+\frac{x}{n+1}\right)^{n+1}\end{displaymath} (5)

が成り立つことを示す。

$f_n(x)$$n$ 次式、$f_{n+1}(x)$$(n+1)$ 次式であるが、 まずその各 $k$ 次 ($0\leq k\leq n$) の係数を比較する。 2 項定理より、$f_n(x)$$x^k$ の係数 $b^n_k$

\begin{displaymath}
b^n_k = {}_{n}\mathrm{C}_{k}\frac{1}{n^k}\end{displaymath} (6)

であり、これは $k\geq 2$ ならば
$\displaystyle b^n_k$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{n(n-1)(n-2)\cdots(n-k+1)}{k!}\,\frac{1}{n^k}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{1}{k!}\cdot\frac{n}{n}\cdot\frac{n-1}{n}\cdot\frac{n-2}{n}
\cdots\frac{n-k+1}{n}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{1}{k!}\left(1-\frac{1}{n}\right)\left(1-\frac{2}{n}\right)
\cdots\left(1-\frac{k-1}{n}\right)$ (7)

と変形できる。 同様に、$f_{n+1}(x)$$x^k$ の係数は $b^{n+1}_k$ で、よって
\begin{displaymath}
b^{n+1}_k
= \frac{1}{k!}\left(1-\frac{1}{n+1}\right)\left(1-\frac{2}{n+1}\right)
\cdots\left(1-\frac{k-1}{n+1}\right)
\end{displaymath}

となる。 この 2 式を見比べれば、$2\leq k\leq n$ に対して $b^n_k<b^{n+1}_k$ が成り立つことが容易にわかる。$k=0, 1$ に対しては、
\begin{displaymath}
b^n_0 = 1,
\hspace{1zw}
b^n_1 = {}_{n}\mathrm{C}_{1}\frac{1}{n} = 1
\end{displaymath}

といずれも $n$ によらずに 1 になるので、 $b^n_k=b^{n+1}_k = 1$ となる。

そして、$f_{n+1}(x)$ の方には、$(n+1)$ 次の正の項

\begin{displaymath}
\frac{x^{n+1}}{(n+1)^{n+1}}
\end{displaymath}

も含まれるので、 よってこれらより確かに (5) が成り立つことがわかる。

次は、$x>0$ を固定したときに $f_n(x)$$n$ に関して上に有界で あることを示す。まず、$b^n_k$ に対して、

\begin{displaymath}
b^n_k \leq \frac{1}{k!}\leq \frac{1}{2^{k-1}}
\hspace{1zw}(0\leq k\leq n)\end{displaymath} (8)

が成り立つことに注意する。これは、$k=0, 1$ に対しては、 $b^n_0=b^n_1=1$, $0!=1$ より確かに成立し、$k\geq 2$ に対しては、 (7) より $b^n_k\leq 1/k!$ が成り立つことがわかる。 $k\geq 2$ に対する $1/k!$$1/2^{k-1}$ の関係は、
\begin{displaymath}
\frac{1}{k!}
= \frac{1}{1\cdot 2\cdot 3\cdot\cdots\cdot k}
...
...frac{1}{1\cdot 2\cdot 2\cdot\cdots\cdot 2}
= \frac{1}{2^{k-1}}
\end{displaymath}

となるので、よってこれで (8) が成り立つことになる。

今、固定した $x>0$ に対して、$2x<N$ となる自然数 $N$ を一つ取って 固定する。このとき、$n\geq N$ となる $n$ に対して、 $f_n(x)\leq A$ となるような有限な値 $A$ が取れることを示す。

なお、$A$$N$, $x$ で表される式となるが、 $N$, $x$ は固定しているため $n$ には無関係な値となるので、 これで $n\geq N$ に対しては $\{f_n(x)\}_n$ は上に有界であることがわかり、 $A$, $f_1(x)$, $f_2(x)$, ...$f_{N-1}(x)$ の中の最大値を $B$ とすれば、 $B$$n$ には無関係で、 かつすべての $n$ に対して $f_n(x)\leq B$ が成り立つことになる。 これで、$x$ を固定すれば $\{f_n(x)\}_n$ はすべての $n$ に対して 上に有界であることが示されることになる。 よって以後 $n\geq N$ の場合のみを考える。

まず、(8) より、

\begin{displaymath}
f_n(x) = \left(1+\frac{x}{n}\right)^{n}
= \sum_{k=0}^n b^n_kx^k
\leq \sum_{k=0}^n \frac{x^k}{k!}
\end{displaymath}

が成り立つことがわかる。 $x<N/2$ より、$k\geq N$ である $k$ に対しては、
\begin{displaymath}
\frac{x^k}{k!}
= \frac{x^{N-1}}{(N-1)!}\cdot\frac{x^{k-N+1}...
...eq \frac{x^{N-1}}{(N-1)!}\cdot\left(\frac{1}{2}\right)^{k-N+1}
\end{displaymath}

となり、よって、
\begin{displaymath}
f_n(x)
\leq \sum_{k=0}^{N-1} \frac{x^k}{k!} + \sum_{k=N}^{n}...
...x^{N-1}}{(N-1)!}\sum_{k=N}^{n}\left(\frac{1}{2}\right)^{k-N+1}
\end{displaymath}

となる。ここで、
\begin{displaymath}
\sum_{k=N}^{n}\left(\frac{1}{2}\right)^{k-N+1}
= \frac{1}{2}...
...+ \cdots + \frac{1}{2^{n-N+1}}
= 1- \frac{1}{2^{n-N+1}}
\leq 1
\end{displaymath}

なので、よって $f_n(x)$ は、
\begin{displaymath}
f_n(x) \leq \sum_{k=0}^{N-1} \frac{x^k}{k!} + \frac{x^{N-1}}{(N-1)!}
\end{displaymath}

となり、確かに $n$ にはよらない値で上から抑えられる。

ゆえに、定理 1 により、$x>0$ に対しては、 (3) の右辺が収束することが示されたことになる。

$x=0$ のときは、(3) の右辺は当然収束し 1 となる。 よって、あとは $x<0$ の場合を考えればよい。 $-x=y$ ($>0$) とすると、

\begin{displaymath}
f_n(x) = \left(1+\frac{x}{n}\right)^{n}
= \left(1-\frac{y...
...^n}
= \frac{1}{\displaystyle \left(1+\frac{y}{n-y}\right)^{n}}\end{displaymath} (9)

となり、この分母はさらに
\begin{displaymath}
\left(1+\frac{y}{n-y}\right)^{n}
= \left(1+\frac{y}{n}\ri...
...t(1+\frac{y}{n}\right)^{n}
\left(\frac{n^2}{n^2-y^2}\right)^n\end{displaymath} (10)

となるが、この最後の項の $c_n(y) = \{n^2/(n^2-y^2)\}^n$ の極限を、 はさみうちの原理を用いて求めてみる。

定理 2. (はさみうちの原理)


  1. 実数列 $\{a_n\}_n$, $\{b_n\}_n$ がすべての $n$ に 対し $a_n\leq b_n$ で、かつ $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{a_n}=\alpha$, $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{b_n}=\beta$ ($\alpha$, $\beta$ は有限値) のとき、 $\alpha\leq\beta$ となる。
  2. 実数列 $\{a_n\}_n$, $\{b_n\}_n$, $\{c_n\}_n$ がすべての $n$ に 対し $a_n\leq b_n\leq c_n$ で、 かつ $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{a_n}=\lim_{n\rightarrow \infty}{c_n}=\alpha$ のとき、 $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{b_n}$ も存在して $\alpha$ になる。

この定理 2 の成立も認めることとする (詳しくは [1] 第 1 章)。

$n>\sqrt{2}\,y$ である $n$ を考えると、$n^2>2y^2$ なので、

\begin{displaymath}
n^2-y^2 > n^2 - \frac{n^2}{2} = \frac{n^2}{2},
\hspace{1zw}n^2-y^2 < n^2
\end{displaymath}

より、 $c_n(y) = \{n^2/(n^2-y^2)\}^n = \{1+y^2/(n^2-y^2)\}^n$$n>\sqrt{2}y$ に対して
\begin{displaymath}
1< c_n(y) <\left(1+\frac{2y^2}{n^2}\right)^{n}\end{displaymath} (11)

とはさまれることがわかる。 次の命題 3 を用いると この右辺の極限が 1 であることがわかり、 よって定理 2 により $c_n(y)$ の極限は 1 となる。

命題 3.
$a_n>0$ $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{a_n}=\alpha>0$ のとき、
\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{\sqrt[n]{a_n}}=1
\end{displaymath} (12)

この命題 3 は、 $\sqrt[n]{a_n}={a_n}^{1/n}$ と考えれば簡単そうに見えるかもしれないが、 そのような極限の計算では指数関数 $a^x$$x=0$ での連続性を 用いることになる。本稿では、まだ指数関数を導入する前の話であるし、 本稿では有理数乗も用いないので、 それらを使わずに命題 3 を示す必要がある。

証明 (命題 3)

極限の話なので、あるところから先の $n$ のみを考えればよいが、 $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{a_n}=\alpha$ より $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{\vert}a_n-\alpha\vert=0$ であり、また $\alpha>0$ なので、 あるところから先の $n$ に対しては $\vert a_n-\alpha\vert<\alpha/2$ で あるとしてよい (厳密には、[1] 等の極限の定義による)。

このとき、 $-\alpha/2<a_n-\alpha<\alpha/2$ より

\begin{displaymath}
\frac{\alpha}{2}<a_n<\frac{3\alpha}{2}
\end{displaymath} (13)

となる。$n$ 乗は単調であるからその逆である $n$ 乗根も単調、 よって (13) より
\begin{displaymath}
\sqrt[n]{\frac{\alpha}{2}}<\sqrt[n]{a_n}<\sqrt[n]{\frac{3\alpha}{2}}
\end{displaymath} (14)

となるから、あとは任意の正の定数 $\beta$ ($>0$) に対して
\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{\sqrt[n]{\beta}}=1
\end{displaymath} (15)

が言えれば、(14) と はさみうちの原理により (12) が成り立つことがわかる。 よって (15) を示す。

まず、$\beta=1$ ならば $\sqrt[n]{\beta}=1$ より (15) は成立する。

$\beta>1$ のときは、 $\sqrt[n]{\beta}>\sqrt[n]{1}=1$ より、 $\sqrt[n]{\beta}-1 = p_n$ とすると $p_n>0$ であり、 よって $n\geq 1$ に対して

\begin{displaymath}
\beta = (1+p_n)^n = 1 + np_n + \cdots + p_n^n \geq 1 + np_n
\end{displaymath}

となり、よって
\begin{displaymath}
\frac{\beta-1}{n}\geq p_n > 0
\end{displaymath}

となるので、はさみうちの原理により $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{p_n}=0$ と なることがわかる。 これで (15) が示される。

最後に、$0<\beta<1$ の場合は、 $1/\beta = \gamma$ とすれば $\gamma>1$ で、

\begin{displaymath}
\sqrt[n]{\beta}
= \sqrt[n]{\frac{1}{\gamma}}
= \frac{1}{\sqrt[n]{\gamma}}
\end{displaymath}

であり (最後の等式は、$n$ 乗すれば いずれも $1/\gamma$ になることからわかる)、 この最後の分母は上に示したことにより 1 に収束するから、 よって $0<\beta<1$ の場合も (15) が 成り立つことがわかる。

命題 3 を不等式 (11) に適用する。 (11) の右辺は

\begin{displaymath}
\left(1+\frac{2y^2}{n^2}\right)^{n} = \sqrt[n]{\left(1+\frac...
...ow \infty}{\left(1+\frac{2y^2}{n^2}\right)^{n^2}} = \exp(2y^2)
\end{displaymath}

であり、この極限が存在することは $y^2>0$ より既に保証されている。 よって命題 3 より
\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{\left(1+\frac{2y^2}{n^2}\right)^{n}} = 1
\end{displaymath}

となるので、はさみうちの原理により、 $\displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}{c_n(y)}=1$ となる。

(10) に戻ると、 結局 (10) の極限は $\exp(y)\cdot 1$ となるので、 よって、(9) より

\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{f_n(x)} = \frac{1}{\exp(y)} = \frac{1}{\exp(-x)}
\end{displaymath}

となる。 すなわち、$x<0$ の場合も (3) の右辺は収束し、
\begin{displaymath}
\exp(x) = \frac{1}{\exp(-x)}\end{displaymath} (16)

が成り立つ。これは、「$e^{-x}=1/e^x$」の指数法則に対応する。 なお、(16) の逆数を取ればわかるが、 これは $x$ が正か負かに関わらずに成り立つ。

また、上の $c_n(y)$ の収束性の議論を少し一般化させると、 次が成り立つことを示すことができる。

命題 4.
定数 $A$, $B$ に対して、
\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{\left(1+\frac{B}{n^2+nA}\right)^{n}}=1
\end{displaymath} (17)

証明

$n\geq 2\vert A\vert$ である $n$ に対し、

\begin{displaymath}
n^2+An \geq n^2-\vert A\vert n\geq n^2-\frac{n^2}{2} = \frac{n^2}{2}
\end{displaymath}

なので、
\begin{eqnarray*}1+\frac{B}{n^2+nA}
&\leq & 1+\frac{\vert B\vert}{n^2+nA}
\ \...
...rac{\vert B\vert}{n^2+nA}
\ \geq \ 1-\frac{2\vert B\vert}{n^2}
\end{eqnarray*}


となるから、さらに $n>\sqrt{2\vert B\vert}$ でもあるとすれば $1-2\vert B\vert/n^2> 0$ であり、 よって
\begin{displaymath}
\left(1-\frac{2\vert B\vert}{n^2}\right)^n\leq \left(1+\fra...
...right)^{n}
\leq \left(1+\frac{2\vert B\vert}{n^2}\right)^{n}
\end{displaymath}

が成り立ち、
\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow \infty}{\left(1-\frac{2\vert B\vert}{n^2...
...1+\frac{2\vert B\vert}{n^2}\right)^{n^2}}=\exp(2\vert B\vert)
\end{displaymath}

なので、命題 3 とはさみうちの原理により (17) が成り立つことがわかる。

竹野茂治@新潟工科大学
2017年2月2日