5 行列値関数と導関数

本節の内容は、行列が正方行列である必要はない。

定義 5.1

  1. 成分が実数変数 $t$ の関数 $a_{ij}(t)$ (関数値は実数でも 複素数でも構わない) である行列 $A(t)=[a_{ij}(t)]_{i,j}$行列値関数と呼ぶ。
  2. 行列値関数 $A(t)$ に対し、 極限 $\displaystyle \lim_{t\rightarrow t_0}{A(t)}=B\ (=[b_{ij}]_{i,j})$ を、 $\displaystyle \lim_{t\rightarrow t_0}{\Vert A(t)-B\Vert}=0$ で定義する。 これは、すべての成分に対し $\displaystyle \lim_{t\rightarrow t_0}{a_{ij}(t)}=b_{ij}$ となることと同値である。
  3. 行列値関数 $A(t)$$t=t_0$ で連続であるとは、 $A(t)$$t_0$ の近傍で定義され、 かつ $\displaystyle \lim_{t\rightarrow t_0}{A(t)}=A(t_0)$ を満たすこととする。 これは、すべての成分が $t=t_0$ で連続であることと同値である。

    これは通常の 1 変数関数と同様の定義であるが、区間での連続性や、 半連続性なども通常の 1 変数関数と同様に定義する。

  4. 行列値関数 $A(t)$$t=t_0$ で微分可能であるとは、 $A(t)$$t_0$ の近傍で定義され、 かつ極限 (微分係数)
    $\displaystyle A'(t_0)=\lim_{h\rightarrow 0}\frac{A(t_0+h)-A(t_0)}{h}
$
    が存在することを意味する。 これは、すべての成分が $t=t_0$ で微分可能であることと同値であり、 $A'(t_0)=[a_{ij}'(t_0)]_{i,j}$ となる。

    高階導関数や $C^n$ 性 ($n$ 階連続微分可能性) なども 通常の 1 変数関数と同様に定義する。

定理 5.2
行列の導関数について次が成り立つ。$A(t)$, $B(t)$ 等は微分可能な行列値関数、 $p$, $P$ はそれぞれ定数値、定数行列とし、行列の和や積などは それらが計算できる場合に成立するものとする。
  1. $(A(t)\pm B(t))'=A'(t)\pm B'(t)$
  2. $(pA(t))'=pA'(t)$, $(PA(t))'=PA'(t)$, $(A(t)P)'=A'(t)P$
  3. $(A(t)B(t))'=A'(t)B(t)+A(t)B'(t)$
  4. $({}^T\!{A(t)})'={}^T\!{A'(t)}$
  5. $(A(t)^{-1})' = -A(t)^{-1}A'(t)A(t)^{-1}$
  6. 区間 $I$ 内のすべての $t,s\in I$ に対して $A(t)$$A(s)$ が可換であれば、 $m\geq 1$ に対して $A(t)^m$$A'(t)$ は可換。
  7. 区間 $I$ 内のすべての $t$$A(t)$ が正則で、 $t,s\in I$ に対して $A(t)$$A(s)$ が可換であれば、 $m\geq 1$ に対して $(A(t)^{-1})^m$$A'(t)$ はそれぞれ可換。
証明

1., 2., 3., 4., は易しいので (成分を考えれば明らか) 省略。 5. 以降を示す。

5. $A(t)A(t)^{-1}=E$ の両辺を $t$ で微分すれば、3. により

$\displaystyle A'(t)A(t)^{-1}+A(t)(A(t)^{-1})' = O
$
となるので、両辺左から $A(t)^{-1}$ 倍すれば得られる。

6. $A(t)A(s)=A(s)A(t)$ であれば、両辺を $s$ で微分して $s=t$ とすれば

$\displaystyle A(t)A'(t)=A'(t)A(t)
$
となり、$A(t)$$A'(t)$ は可換になる。 よって、容易に $A(t)^mA'(t)=A'(t)A(t)^m$ が得られる。

7. 6. により $A(t)A'(t)=A'(t)A(t)$ が成り立つので、 この両辺に左からと右から $A(t)^{-1}$ をかければ、

$\displaystyle A'(t)A(t)^{-1}=A(t)^{-1}A'(t)
$
となり、$A(t)^{-1}$$A'(t)$ は可換になるので、 容易に $(A(t)^{-1})^mA'(t)=A'(t)(A(t)^{-1})^m$ が得られる。


なお、一般には $A(t)$$A'(t)$ は可換ではない。例えば、

$\displaystyle A(t)=\left[\begin{array}{cc}t & \sin t\\ 0 & 1\end{array}\right]
$
の場合、
$\displaystyle A'(t)=\left[\begin{array}{cc}1 & \cos t\\ 0 & 0\end{array}\right]...
...e{1zw}
A'A=\left[\begin{array}{cc}t & \sin t +\cos t\\ 0 & 0\end{array}\right]
$
となるので可換ではない。

定理 5.3

  1. $A$ が定数行列の場合、 $(e^{At})'=Ae^{At}=e^{At}A$
  2. $A(t)$ が区間 $I$ 内で微分可能で、すべての $t,s\in I$ に対して $A(t)$$A(s)$ が可換であれば、 $(e^{A(t)})'=A'(t)e^{A(t)}=e^{A(t)}A'(t)$
証明

2. のみを示せばよい。$t_0\in I$ に対して

$\displaystyle J(h) = \frac{e^{A(t_0+h)}-e^{A(t_0)}}{h}
$
とすると、 $e^{-A(t_0)}=(e^{A(t_0)})^{-1}$ より
$\displaystyle J(h)
= e^{A(t_0)}\,\frac{e^{-A(t_0)}e^{A(t_0+h)}-E}{h}
= \frac{e^{A(t_0+h)}e^{-A(t_0)}-E}{h}\,e^{A(t_0)}
$
となるが、仮定より $A(t_0+h)$$-A(t_0)$ は可換なので 定理 4.2 より
$\displaystyle e^{-A(t_0)}e^{A(t_0+h)} = e^{A(t_0+h)}e^{-A(t_0)} = e^{A(t_0+h)-A(t_0)}
$
となるので、 $\Delta A=A(t_0+h)-A(t_0)$ とすれば、
  $\displaystyle
J(h)
= e^{A(t_0)}\,\frac{e^{\Delta A}-E}{h}
= \frac{e^{\Delta A}-E}{h}\,e^{A(t_0)}
$ (11)
となる。今、
$\displaystyle K(h) = \frac{e^{\Delta A}-E}{h}
$
とすると、
\begin{eqnarray*}K(h)
&=&
\frac{1}{h}\left\{\sum_{m=0}^\infty\frac{1}{m!}\,(\D...
...Delta A\sum_{m=2}^\infty
\frac{1}{m!}\,(\Delta A)^{m-2}\right)
\end{eqnarray*}
と書ける。ここで、$A(t)$ の微分可能性により、 ある $\delta_0>0$, $M_1>0$ が取れて、 $\vert h\vert\leq\delta_0$ である 任意の $h$ に対して
$\displaystyle \left\Vert\frac{\Delta A}{h}\right\Vert
=\left\Vert\frac{A(t_0+h)-A(t_0)}{h}\right\Vert\leq M_1
$
とできる。よって、 $\Vert\Delta A\Vert\leq M_1\vert h\vert\leq M_1\delta_0$ となるので、
\begin{eqnarray*}\left\Vert\sum_{m=2}^\infty\frac{1}{m!}\,(\Delta A)^{m-2}\right...
...1\delta_0}-1-M_1\delta_0-M_1^2\delta_0^2/2}%
{M_1^2\delta_0^2}
\end{eqnarray*}
となる。よって、この最後の右辺を $M_2$ とすれば、
$\displaystyle \left\Vert K(h)-\,\frac{\Delta A}{h}\right\Vert
= \left\Vert\fra...
...\infty
\frac{1}{m!}\,(\Delta A)^{m-2}\right\Vert
\leq M_1^2\vert h\vert M_2
$
となるので、これは $h\rightarrow 0$ のときに 0 に収束する。 また、 $\Delta A/h\rightarrow A'(t_0)$ となるので、 よって $K(h)\rightarrow A'(t_0)$ となることがわかる。

結局、(11) より、 $J(h)\rightarrow e^{A(t_0)}A'(t_0)=A'(t_0)e^{A(t_0)}$ となる。


竹野茂治@新潟工科大学
2022-05-02