6 行列の積

帰納的な行列式の定義の場合、一番厄介なのは「行列式の積が、積の行列式」 になるという性質の証明であろう。 この事実を、帰納法が使えるように拡張した形で証明する。

まず、次のような記法を導入する。 $m\times n$ 行列 $A$ に対し、

例えば、
\begin{eqnarray*}&& \Delta_{ij}(A)=
\left\vert A^{1,2,\ldots,i-1,i+1,\ldots,n}_...
...ldots,j_l}
=
(A^{i_1,i_2,\ldots,i_k})
(B_{j_1,j_2,\ldots,j_l})\end{eqnarray*}


となることに注意せよ。

また、多重数列 $b_{i_1,i_2,\ldots,i_n}$ に対して、 $1\leq i_1<i_2<\cdots<i_n\leq m$ となる $i_1,i_2,\ldots,i_n$ すべて の組合せに対する和

\begin{displaymath}
\sum_{i_1=1}^{m-n+1}\sum_{i_2=i_1+1}^{m-n+2}\cdots\sum_{i_n=i_{n-1}+1}^{m}
b_{i_1,i_2,\ldots,i_n}
\end{displaymath}

を、簡単に
\begin{displaymath}
\sum_{i_1<\cdots<i_n}b_{i_1,\ldots,i_n}
\end{displaymath}

と書くことにする。このとき、
\begin{displaymath}
\sum_{i_1<\cdots<i_n}\sum_{k=i_s+1}^{i_{s+1}-1}b_{i_1,\ldot...
...=\sum_{i_1<\cdots<i_s<k<i_{s+1}<\cdots<i_n}b_{i_1,\ldots,i_n,k}\end{displaymath} (15)

が成り立つ。簡単のため、$n=3$, $s=1$ の場合を考えれば、
\begin{eqnarray*}\lefteqn{\sum_{i_1<i_2<i_3}\sum_{k=i_1+1}^{i_2-1}b_{i_1,i_2,i_3...
...b_{i_1,i_2,i_3,k}
\\ &=&
\sum_{i_1<k<i_2<i_3}b_{i_1,i_2,i_3,k}\end{eqnarray*}


のようになるからである。同様に、
\begin{displaymath}
\left\{\begin{array}{ll}
\displaystyle
\sum_{i_1<\cdots<...
...\sum_{i_1<\cdots<i_n<k}b_{i_1,\ldots,i_n,k}
\end{array}\right.\end{displaymath} (16)

も成り立つ。

この節では、以下の定理を示す。


定理 7

$m\times n$ 行列 $A$$n\times m$ 行列 B に対して、

\begin{displaymath}
\vert AB\vert=\left\{\begin{array}{ll}
0 & (n<m\mbox{ のと...
..._1,\ldots,i_m}\vert
& (n>m\mbox{ のとき})
\end{array}\right. \end{displaymath} (17)


これを、$n$ を固定して、$m$ に関する帰納法で証明する。

まず、$m=1$ のときは、$A$$1\times n$ 行列、$B$$n\times 1$ 行列なので、

\begin{eqnarray*}\vert AB\vert
&=&
\left\vert[a_{11}\cdots a_{1n}]\left[\begin...
...n a_{1i}b_{i1}
\\ &=&
\sum_{i=1}^n \vert A_i\vert\vert B^i\vert\end{eqnarray*}


となるので確かに成り立つ。 よって $(m-1)$ までは成り立つとして $m$ の場合を示す。

$C=AB$ とすると $C$$m\times m$ 行列なので、

\begin{displaymath}
\vert C\vert
=
\sum_{p=1}^m (-1)^{p+1}c_{p1}\Delta_{p1}(C)
=...
...t\vert A^{1,\ldots,p-1,p+1,\ldots,m}B_{2,3\ldots,m}\right\vert
\end{displaymath}

となるが、 $A^{1,\ldots,p-1,p+1,\ldots,m}$$(m-1)\times n$ 行列、 $B_{2,3\ldots,m}$$n\times (m-1)$ 行列なので、 この積の行列式には帰納法の仮定を適用できる。 まず $m\geq n+2$、すなわち $(m-1)>n$ の場合は
\begin{displaymath}
\left\vert A^{1,\ldots,p-1,p+1,\ldots,m}B_{2,3\ldots,m}\right\vert=0
\end{displaymath}

となるので、よって $\vert C\vert=0$ が言える。 $m\leq n+1$ の場合は、
\begin{displaymath}
\left\vert A^{1,\ldots,p-1,p+1,\ldots,m}B_{2,3\ldots,m}\righ...
...ert
\left\vert B^{i_1,\ldots,i_{m-1}}_{2,3\ldots,m}\right\vert
\end{displaymath}

となる。ここで、 $\displaystyle c_{p1}=\sum_{k=1}^n a_{pk}b_{k1}$ より、
\begin{eqnarray*}\vert C\vert
&=&
\sum_{p=1}^m (-1)^{p+1}\sum_{k=1}^n a_{pk}b_...
...ert A^{1,\ldots,p-1,p+1,\ldots,m}_{i_1,\ldots,i_{m-1}}\right\vert\end{eqnarray*}


となるが、
\begin{displaymath}
\left\vert A^{1,\ldots,p-1,p+1,\ldots,m}_{i_1,\ldots,i_{m-1}...
...m-1}}\right]\right)
\hspace{1zw}(\mbox{$\ast$\ は任意の 1 列})
\end{displaymath}

と見ることもできるので、よって、
\begin{displaymath}
\sum_{p=1}^m (-1)^{p+1} a_{pk}
\left\vert A^{1,\ldots,p-1,p+...
...& \end{array}\right\vert
=
\vert A_{k,i_1,\ldots,i_{m-1}}\vert
\end{displaymath}

となり、
\begin{displaymath}
\vert C\vert
=
\sum_{i_1<\cdots<i_{m-1}}
\left\vert B^{i...
...t\vert
\sum_{k=1}^n b_{k1} \vert A_{k,i_1,\ldots,i_{m-1}}\vert\end{displaymath} (18)

となる。 ここで、$m=n+1$ の場合は、
\begin{displaymath}
(i_1,\ldots,i_{m-1})=(i_1,\ldots,i_n)=(1,\ldots,n)
\end{displaymath}

となるので、
\begin{displaymath}
\vert A_{k,i_1,\ldots,i_{m-1}}\vert=\vert\mbox{\boldmath$a$}...
...{1zw}(A=[\mbox{\boldmath$a$}_1\ \cdots \mbox{\boldmath$a$}_n])
\end{displaymath}

となり、1 列目の $\mbox{\boldmath$a$}_k$$(k+1)$ 列目が必ず等しくなるので、 よって系 6 より すべての $k$ に対して $\vert\mbox{\boldmath$a$}_k\ A\vert=0$ となり、 よって $\vert C\vert=0$ となる。

よって、後は $1\leq m\leq n$ の場合のみ考えればよい。

上に述べたことと同様に、$k$ $i_1,\ldots,i_{m-1}$ のいずれかと 一致すれば $\vert A_{k,i_1,\ldots,i_{m-1}}\vert=0$ となるので、よって、

\begin{displaymath}
\sum_{k=1}^n b_{k1} \vert A_{k,i_1,\ldots,i_{m-1}}\vert
=
...
...{m-1}+1}^{n}\right)
b_{k1} \vert A_{k,i_1,\ldots,i_{m-1}}\vert\end{displaymath} (19)

となる。列の入れ換え (定理 5) を順に行なえば、
\begin{displaymath}
\vert A_{k,i_1,i_2,\ldots,i_{m-1}}\vert
=-\vert A_{i_1,k,i_2...
...}}\vert
=(-1)^2\vert A_{i_1,i_2,k,\ldots,i_{m-1}}\vert
=\cdots
\end{displaymath}

のようになり、よって $i_s<k<i_{s+1}$ のとき
\begin{displaymath}
\vert A_{k,i_1,i_2,\ldots,i_{m-1}}\vert
=(-1)^s \vert A_{i_1,\ldots,i_s,k,i_{s+1},\ldots,i_{m-1}}\vert
\end{displaymath}

とできるので、(18) に (19) を 代入すれば、 (15), (16)、および $\{i_i,\ldots,i_{m-1},k\}$ $\{j_1,\ldots,j_m\}$ と書くことにより、
\begin{eqnarray*}\vert C\vert
&=&
\sum_{i_1<\cdots<i_{m-1}}
\sum_{k=1}^n b_{k...
...B^{j_1,\ldots,j_{k-1},j_{k+1}\ldots,j_m}_{2,3\ldots,m}\right\vert\end{eqnarray*}


のようにすることができる。この、最後の行列式は、
\begin{displaymath}
\left\vert B^{j_1,\ldots,j_{k-1},j_{k+1}\ldots,j_m}_{2,3\ldo...
...eft(\left[\ast\ B^{j_1,\ldots j_m}_{2,3\ldots,m}\right]\right)
\end{displaymath}

なので、
\begin{displaymath}
I=
\left\vert\begin{array}{cc}
b_{j_11} & \\
\vdots & B^{...
...j_m1} & \end{array}\right\vert
=
\vert B^{j_1,\ldots,j_m}\vert
\end{displaymath}

となる。よって、結局、
\begin{displaymath}
\vert C\vert=\sum_{j_1<\cdots<j_m}\vert A_{j_1,\ldots,j_m}\vert\vert B^{j_1,\ldots,j_m}\vert
\end{displaymath}

が得られたことになり、これで定理 7 の証明が終了する。

竹野茂治@新潟工科大学
2006年12月8日